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2016年12月25日

【世界の大学事情】第2回 「研究大学における学術的生産性の中身とは」「大学イノベーションの"隠し味"とは何か」

SciREX-科学技術イノベーション政策研究センター

「世界の大学事情」は、文部科学省「イノベーション経営人材育成システム構築事業」大学トップマネジメント研修で連携をしているボストンカレッジ国際高等教育センター(Boston College Center for International Higher Education)が、定期的に刊行している「International Higher Education」に掲載されている記事を翻訳し、世界の大学事情や、アカデミアを取り巻く主要なトピックを紹介するものです。

その1:研究大学における学術的生産性の中身とは(What Counts for Academic Productivity in Research Universities?)
フィリップ・G・アルトバック(ボストンカレッジ国際高等教育センター・教授)
 
 一流の査読付学術誌へ論文を掲載させることが、競争の厳しいグローバルな高等教育環境における学術的成功の一つの重要条件となっている。国際的に著名な英文学術誌に論文が掲載されることは、特に名誉なこととされる。各地の大学は、学術誌への論文掲載という世界的な競争に余念がなく、その先陣に立たされているのが学者たちである。この競争には、世界大学ランキングの順位、政府からの予算配分、国家の威信、有能な学生や教員の獲得、また学者としての格付けなどが懸かっている。
 注意しなければならないのは、学術誌への論文掲載や、大学ランキングの競争に加われるのは、どの国においても ごく一部の学術機関に限られているということだ。それ以外のほとんどの大学は教育活動を中心とした機関であり、研究活動に関する使命や実績は、あるとしても非常に限られている。全世界に18,000校ある大学のうち、世界ランキングに名を連ねるのはわずか1,000校ほどに止まる。実際に大多数の大学は教育機関であるとの認識が必要であり、そのような大学では研究や出版の実績を伸ばすことよりも、教えることや学ぶことに重点が置かれなければならない。そのため、ほとんどの学術機関においては、その生産性を測る上で、教員による効果的な教育、学生の学び対する細やかな理解、さらには高等教育に進学してきた学生を確実に卒業させることに関する測定が行われるべきである。したがって、以降で述べる議論は、大変重要な機関ではあるものの、大学全体の内ごく少数にあたる研究中心の学術機関に絞って進めることにする。

研究の生産性の測定
 研究集約型の大学やそこに所属する学者にとって、学術的生産性の測定は簡単ではない。まず、教育の質に関する主要な機能について、適正な評価が行われることは滅多にない。それは、教育の有効性についての評価が容易ではなく、また広く公認されたパラメータが存在しないということが理由として挙げられる。各授業に対して学生アンケート等により意見を聴取するというような一般的な測定手法は、適正ではないとの認識が定説である。さらに、今日の議論では、学生の学び、つまり、一人の学生が勉学の結果どのような「付加価値」を得られたのかという点が、教えることと同じくらい重要であるということが強調されている。しかし、教えることと学ぶことに関する測定方法についての共通認識というものはほとんど存在しない。
 研究大学は、研究業績に重点をおく場合が多い。これが自らのミッションであり、世界大学ランキングへの掲載や、世界的に高い地位を確立する鍵となる。研究活動における生産性は、学術活動の中では最も測りやすいものである。それに対し、先に述べた教育をはじめ、地域貢献や、学産連携といった大変重要な機能については、その定義や数量化が非常に困難である。そうした理由から、研究活動が学術的生産性における評価指標の王道であるだけではなく、ほとんど唯一、半ば信頼できる変数であるとも言える。
 しかし、研究における生産性の測定ですら、問題がないわけではない。世界大学ランキングでは、Science Citation Index、Web of science、Scopusおよびその他各分野における主だったグローバルインデックスに含まれる学術誌のみが考慮される。こうしたインデックスに含まれる学術誌の数は少なく、また科学における世界共通語である英語の出版物がより注目を集める傾向にある。また、研究助成金や賞の獲得なども、世界大学ランキングや国家レベルでの評価の上で勘案される。この点についても、ハードサイエンスについては適正と言えるかもしれないが、その他の学問分野では妥当であるとは限らない。また世界大学ランキングにおいては、それぞれの国や学術機関が持つ資金の量に大きな差があることも看過される。グローバルインデックスの運営機関やほとんどの大学においては、生産性を測るための他の尺度に対する認識だけでなく、近年、知識の分布に重大な変化が生じていることに関する認識も欠けている。
 
インデックスの束縛
 Science Citation Index(SCI)や、その他の類似インデックスでは、学術的生産性のわずか一つの側面を測っているに過ぎない。そしてこれらは、自然科学と生物医科学において最も良く用いられている。これらの分野においては、研究成果は一般的に査読付学術誌に論文として掲載され、後に他の研究者に引用される。一例を挙げると、アフリカで業績を伸ばしつつある新しい研究大学では、大学における生産性に関する指標に従って各教授の評価を毎年行っているが、その基準においては、著名な「トップ」クラスの国際的な査読付学術誌への掲載論文は、研究を著書として出版するよりも2倍の「ポイント」が加算される仕組みになっている。教授らは毎年特定のポイント数を「生産する」ことが求められ、この点において、審査付学術誌への論文掲載が最も高得点となる。
 また、多くの大学や学術機関では、研究活動の生産性を考慮して、教員に対する報酬を支払う。その際、査読付かつSCIの認める学術誌に掲載された論文に対して最大限の報酬が割り当てられることが多い。時には、給与1か月分を超える額が支給されることもあり、中国のトップの大学にはいくつかそうしたケースが見られる。また、「基本給」に加えて、相当額を支払うケースもある。ロシアの有名大学では、低いと言われる基本給を倍増してあまりあるほどのボーナスを支給している。その場合でも、ロシア語での論文掲載であれば、国際的な学術誌への掲載に対するボーナスの半分以下となる。また、著書を出版する場合は、単著や共著、分担執筆などの形式に関わらず、ボーナスの対象にはならない。
 ただし、他の学問分野では、研究成果の発表方法が違ってくるかもしれない。例えば、人文科学や一部の社会科学においては、著書は、知識の伝達や研究成果の発表の重要なツールである。しかし、著書のインパクトファクター*や知的影響度は、そう簡単に算定できるものではなく、したがって多くの場合、研究活動の生産性測定の対象とはならない。著書出版が知識の伝達において中心的な役割を果たしている学問分野や、著者および編者となる学者は、著書を学術的生産性の測定から外すことは生産性の測定という面では不利になる。それでも、著書が知識伝播の重要な手段である事実には変わりはない。
*インパクトファクター:特定の学術誌に掲載された論文の平均引用頻度を示す尺度であり、その学術誌の影響度を表す(トムソンロイターより)
 
コミュニケーションの混乱と革命
 拡大する高等教育と情報テクノロジーはいずれも、学術的知識の伝播方法に混乱と革命を引き起こす一因となった。半世紀前までは、世界における研究成果や学術的知識の多くは、比較的少数の査読付学術誌や、学術界で名の通った大学出版社または商業出版社によって出版されるのみだった。学術知識は、そのほとんどが、ヨーロッパや北米の少数の国や大学で生み出され消費されてきた。
 これら欧米の昔ながらの知識の拠点が支配的な役割を担い続ける一方、世界の異なる地域におけるより多くの大学や研究者たちも、質の高い科学的な学術成果を生み出しつつある。中国、ブラジル、ロシアなどの国々の学者らは、グローバルな知識ネットワークを通して、知識の創出と消費に参加するようになっている。トップクラスの学術誌は、選考基準がより厳しくなり、欧米の主要な学術の拠点によって独占され、その他の者へは狭き門となっている。さらには、巨大な多国籍企業である出版社がこれらの学術誌をコントロールし、閲覧に高額な料金を支払わなければならない。
 そうした中、インターネットを活用した「オープンアクセス」の学術誌が登場するようになった。ただし、これらの科学的な質や厳格さには疑問の余地がある。他に、料金さえ支払えば何でも掲載するというような「まがいもの」のジャーナルも急速に拡散し、同様に、手数料を支払えば何でも本にして出版する自費出版社の数も急増した。つまり、今日の知識コミュニケーション業界は、相当の混迷、多数の混乱であふれかえっている。
 
研究資金のジレンマ
 学術機関や学術システム、そして多くの世界大学ランキングは、研究資金を研究大学の学術的生産性の評価において考慮に入れている。研究資金の獲得は、実績の測定可能な尺度として有効であるだけでなく、幾つかの学問分野では、資金の獲得自体が研究を行うために不可欠となっている。しかし、ほとんどの学問分野では、資金の獲得は困難であり、リソースはごく限られている。こうした分野には人文科学や社会科学の大半も含まれるが、多くの場合はほぼ外部資金に頼ることなく、優れた研究を成し遂げることもできる。さらに、科学や生物医科学の分野にしても、資金を多く獲得できるのは、優れた研究施設が整った国における世界大学ランキングのトップクラスの大学に所属する科学者であることが多い。よって、学術的生産性の評価において資金獲得を指標にする場合は、細心の注意と精巧さが必要となる。
 
学術研究の生産性評価法
 研究の生産性を「測定」し「評価」することに熱心な人々からは、通常、看過されてはいるものの、問題は明確である。一方、この問題に対する解決方法は明らかではない。特に研究の生産性や、学術的な業績の評価においては、定型の方法ですべてを解決することはできない。評価の手段も必然的に学問分野によって異なる。測定に向いているもの、そうでないものの別もある。例えば、主要な学術誌に掲載された論文などは、書籍出版されたものや、オンラインまたは「オープンアクセス」の出版物より評価しやすいだろう。アカウンタビリティ(説明責任)が過度に求められる時代においては、教授の給与と学術的な将来を左右する判断を下す際に、このような細やかな注意、良心的な裁量、洗練性を望むのは無理な要求なのかもしれない。

※原文はこちらからご覧いただけます。
 
その2:大学イノベーションの「隠し味」とは何か(What it the "Special Sauce" for University Innovation?)
フィリップ・G・アルトバック(ボストンカレッジ国際高等教育センター・教授)
ジャミル・サルミ(世界高等教育専門家、元世界銀行高等教育コーディネーター)

 コーネル大学は、テクニオン・イスラエル工科大学と協定を結び、ニューヨーク市にテクノロジーの新たな拠点となる、コーネル・テックキャンパスの開発に取り組んでいる。Chronicle of Higher Educationの最近の記事によると、その主な理由は、テクニオンにおける先進的精神や起業家精神をコーネル大学にもたらすことにあり、テクニオンが進める特定の組織的なイノベーションを移植することではない。研究・イノベーションに軸足を置く世界トップの大学では同じようなことがすでに進められている。
 ニューヨークキャンパスプロジェクトを率いるテクニオンの教授曰く、新しい機関では「スピンアウト」、つまり子会社的なものを作ろうとしているのではなく、「スピンアウト人材」を育てることに焦点を当てているという。テクニオンはイスラエルにおいて数々の優秀な人材を輩出してきた。卒業生の42%は独立起業している。しかし、それがそのままニューヨークで再現できるかどうかは定かではない。学術的文化やある種のイノベーションを一機関から他へ移植することがうまく運ぶことは稀である。
 
学ぶべきはマサチューセッツ工科大学(MIT)かその他の機関からか
 この点、マサチューセッツ工科大学(MIT)は参考になる。MITは言うまでもなく、世界でも傑出して、聡明でイノベーティブな人材を輩出している。さらに、この大学には起業家精神や新しいアイデアを次々と生み出す独特の文化を有しているようにも見える。MITは世界中から頭脳明晰で創造力に富む教授を雇用し、なおかつそうした人材が大学の精神を体現できるようにしている。そして、キャンパスで発展したアイデアを、実社会で実用性の高い製品やイノベーションへ変換するプロセスを促進する環境を提供している。さらに、アイデアを現実にし、運用することを望む教授陣や学生に対しても、大学としてサポートを提供している。
 こうした理由から、MITには、いわゆる「ミニMIT」を作ろうと世界各国から支援要請が寄せられている。すなわちMITには、「特別ソース」の提供を通して、リソース豊富な一大学を革新的で起業家精神に富んだ世界クラスの大学へと変貌させることが期待されているのだ。MITは様々な共同プログラムを推進し、大学の新規設立や既存大学の大幅な改善に取り組んでいる。MITが新規設立にかかわった大学としては、ロシアのスコルコヴォ工科大学、アブダビのマスダール科学技術大学、シンガポール工科デザイン大学がある。また、MITポルトガルプロジェクトでは科学技術システムの構築を支援し、ケンブリッジ・MITインスティテュートでは、英国ケンブリッジ大学との様々なプログラムを数十年にわたり共同で進めている。
 これらすべてのプログラムを詳細に検証した文献はないが、その全てが何らかの課題に直面しており、どのプログラムもMITを非常に魅力的なものにしている最高秘密のレシピである「特別なソース」をものに出来ていないといっても間違いではないだろう。これらの取組にはすべて、提携先の機関や裕福な後援者により巨額の資金が投入されており、MITに多大な収益をもたらしている。いずれのケースでも、一大学から他へ学術的文化を移植することの難しさを呈しており、背景となる国が異なれば、なおさら複雑となる。
 コーネル・テックキャンパス・プロジェクトの計画担当者にとっては、MITやテクニオンだけが唯一のひな型ではない。イノベーションの創出にむけて大きく成功している他の大学のモデルを検討することも可能だ。例えば、スタンフォード大学について言えば、地元シリコンバレーのIT業界や関連産業に大きく貢献したスタートアップ企業や卒業生を輩出しているという功績は大きい。スイス連邦工科大学チューリッヒ校もまた、その秀でた技術教育とともに、産業界やテクノロジーへのつながりや貢献においても広く知られている。いずれも、MITとはかなり異なったモデルである。優れた質と産業界への貢献をうまく両立している大学の数はかなり少ないが、実効性のある異なったモデルの例は数多く存在する。
 
「主な材料」だけでは不十分
 最高レベルの研究大学を生み出す主要な条件を見出すのは、そう難しいことではない。拙著「The Road to Academic Excellence: The Making of World-Class Research Universities(学術的卓越性への道:世界トップクラスの研究大学の創設)(World Bank出版、2011年)には、成功した新規大学の事例研究を紹介している。いずれの大学も、短期間に見事な研究実績を積み上げている。またその多くが、自国へも貢献しながら、世界大学ランキングでも急速に順位を伸ばしつつある。しかし、それらのどの大学をとっても、その組織や学術面での特徴という観点において、独自性やイノベーション性があるとは言えない。
 新たな研究中心の大学を創設するうえで必要となる主要な材料には、卓越性を導出し持続させるのに十分な資金力、全権ではないまでも教授陣に大きな発言力を持たせたガバナンスモデル、将来のビジョンを持つ学長のみならず、大学のミッションの実現を可能にする実務能力の高い事務職員を伴う強力なリーダーシップ、外部団体への適度なアカウンタビリティーを伴いながらも政府・私的機関の干渉を受けないという独立性、教育・研究・出版における学問の自由、大学のミッション(教育を含む)に熱心で、適正な給与・キャリアアップが保証されたトップレベルの学術スタッフ、優秀でやる気のある学生、そしてあらゆるレベルでの実績主義の徹底が挙げられる。
 この中には、21世紀における大学の卓越性に必要と考えられている「破壊的イノベーション」的な要素は何一つない。どれをとっても、20世紀に成功を収めた大学によって実証された正真正銘の特徴である。完璧な大学などはない。しかし成功している研究大学には、これらの特徴がすべて揃っていなくとも、その大部分は備わっているのだ。これらが卓越性の「普遍的な法則」なのである。
 
破壊的イノベーション
 先に議論した各特徴は、経済意欲やダイナミックなスタートアップの文化を保証するものではない。テクニオンも起業家精神に溢れた文化の輸出において、MITのように困難に直面することも考えられる。その理由は、高度に複雑な学術的文化を一大学から別の大学へ移植することが、極めて困難なものだからだ。他者の成功例(レシピ)を模倣したり、そのまま転写したり、また自身の環境に適応させるということは容易ではない。イノベーティブな大学とは、独創的な価値の提案から生まれる。その提案には根本となるビジョンと、それを現実に移し替える能力が反映されていなければならない。その実現には、(1)新たな学際的分野におけるニッチなプログラム、(2)インタラクティブ性、コラボレーション性、体験性に富んだ教育学習アプローチ、そして何より、(3)21世紀型スキル(イニシアチブ、チームワーク、コミュニケーション)と積極的な性格(好奇心、気概、社会的責任感)のユニークな組み合わせによって、優秀な専門家および成功しているチェンジ・エージェント(変革を主体的に行う人々)を動員することを経て可能となる。
 マサチューセッツ州にあるフランクリン・W・オーリン工科大学は、真にイノベーティブな大学の設立にかかる努力を示す最適な事例といえよう。1999年に開校したオーリン工科大学は、アメリカ合衆国の工学教育改革に向けた試験的なラボを提供するという大胆な憲章を持っている。オーリン工科大学にはいくつかのユニークな特徴がある。そのカリキュラムにおいては、工学と起業家精神、人文科学を独自の方法で組み合わせている。また、オーリン財団からの大規模なスタートアップ資金援助があり、開校当初は学費が無料であった。オーリンでは、大学のイノベーティブなミッションを信頼し、前例のないスタートアップ機関に喜んで自らのキャリアを投資する学部教員や学生を採用している。この大学の成功例は、他所の成功モデルを移植することに対し、「地産」のモデル育成の利点を雄弁に物語るものである。
 
結論
 高等教育におけるイノベーション創出のための普遍的な「特別ソース」など存在しないのかもしれない。また、「破壊的イノベーション」にしても、必ずしも前向きな変化につながるとは限らない。事実、破壊目的の破壊では、かえって非建設的である。つまるところ、大学発展の真理が、イノベーション構築への最良のアプローチなのかもしれない。テクニオンのイノベーティブなDNAが、外部の技術的支援を伴って他所で効果的に再現できるかどうかは、今後に懸かっている。
 
※原文はこちらからご覧いただけます。

<翻訳者>新見有紀子(政策研究大学院大学客員研究員、一橋大学講師)

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