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2016年07月26日

SciREXセミナー シリーズ「変革期における科学技術イノベーション政策」 第1回:グローバリズムの行方 ~「価値」の変容を考える~ 開催レポート

SciREX-科学技術イノベーション政策研究センター

グローバリズムを支える重要な価値観である「民主主義」、「市場主義」、「科学技術」は、21世紀に入ってからの政治、経済、社会の大きな変動を受け、その規範としての価値が揺さぶられ始めています。特に2008年 のリーマンショック以降、これまでグローバリズムを支えてきた価値観への信頼が大きく崩れてきているといえます。本セミナーでは、中国やイスラム圏の国々の台頭が、3つの価値観へどのような影響を与えているのか 、またこのような中、国際社会で日本が果たす役割をどう考えていくべきかについて、藤山知彦さんに話題提供いただきました。その後、参加者との間でディスカッションを行いました。
場所

霞が関ナレッジスクエア エキスパート倶楽部

出席者

28名(行政:7名 研究・大学:15名 民間:6名)

話題提供者・ファシリテーター

藤山知彦氏 科学技術振興機構研究開発戦略センター上席フェロー

奥和田久美氏 文部科学省 科学技術・学術政策研究所上席フェロー

講義資料
講演内容

グローバリズムとは?

グローバリズムは、主に4つの要素から構成されていると思います。それは、① 市場主義、② 民主主義、③ 科学技術への信頼、④ ギリシャ・ローマ・キリスト教的リベラルアーツの4つです。ただ、④はグローバリズムを推進している国々は、それぞれに多文化主義を認めていることから、ここでは①、②、③を構成要素として考えていきたいと思います。

では、なぜグローバリズムを考えることが重要なのでしょうか。それは、現代の政治、経済、社会の様々な制度やルールが、これら3つの価値に基づいて作られているからです。グローバリズムを考えることは、この3つの価値に基づいて、先進国が作り上げてきたルールに、他の新興国がいかに入り込んでいこうとしてきているのかを学ぶことである。

 

リーマンショック後の世界

ところが、2008年のリーマンショック以降、このグローバリズムに基づく世界観が大きく変わってきました。リーマンショック後の世界について概観してみましょう。まず、①先進国の財政赤字によって成長戦略がうまく働かず、②ファンドや市場の規制改革が遅れ、金融規制改革が中途半端な状態にあります。その一方で、③金融資産の対GDP比3倍超え、約280兆ドルにも及びます。この莫大な金融資産が運用を求めている状態です。また、④先進国では低成長が続いており、それが新興国の低成長、世界経済の低成長(約2%)を招いていると言われています。

このような低成長に対して世界規模で需要を喚起していくためには、「価値観の正統性」を伴う人類の共通課題となるようなものに対する投資が促される仕組みづくりが必要だと考えます。例えば、これまででは米国大統領オバマが提唱した「環境問題と再生可能エネルギー戦略」(2010年初頭)が、成長戦略になる兆しがありました。これは、①ギリシャ危機によるEU経済の低迷、②2010年11月の米国中間選挙での民主党の大敗、③シェールガスの登場により、大きな需要喚起をもたらずまでには至りませんでした。ただこれはひとつのヒントになります。需要を喚起する目標として、「貧困撲滅」、「格差緩和」などの人類が共通に持つ課題を設定し、それに伴った成長戦略を作ることができれば、自然と資金が流れていくことになります。

 

世界経済の見通し

世界経済に占める日米欧のGDP比率を見てみると、2000年時点で71%もありましたが、2015年には52%まで落ちています。一方で、日米欧以外の国々は2000年に29%でしたが、2015年には48%まで上がってきています。世界経済に占めるGDP比率の低下は、これまで世界のルールメイキングの中心にいた日米欧のパワーを相対的に低下させているといえます。これまでの経済の重心が日米欧中心から日米欧以外の国々へとシフトしてきていることの現れだと言えるでしょう。しかし、このことは日米欧がこれまで築き上げていたものが、即座にそれ以外の国々に奪われてしまうということではありません。日米欧以外の国々は、価値観において決して一枚岩ではないからです。

 





グローバリズムの揺らぎ

しかし経済規模で見れば、日米欧以外の国々、特にイスラム圏の国々や中国は大きな成長を見せており、これによって、グローバリズムの価値観が大きく揺らぎ始めているといえます。イスラム圏の国々や中国からしてみれば、既存のルールは日欧米諸国のためのルールであり、なぜ自分たちが従わなくてはいけないのか、といった率直な疑問が出てきます。新興国がこういった疑問を持つことは、これまでグローバリズムを支えてきた3つの価値観を大きく揺るがすことに繋がります。これまでグローバリズムを支えてきた3つの要素を守りながら、持続的な成長を続けていくためにはどうすべきなのでしょうか。ハーバード大学教授のアマルティア・セン氏は、グローバリズムをめぐる現在の状況について「グローバリズムの基本原理は不変だが、手直しする必要がある」(2012年世界文明フォーラム)と語っています。日本としても、この「手直し」に上手く参加していくために、戦略を立てていく必要があります。そのとき、欧米の価値観に同化しグローバリズムに追従するのか、それともしないのか、といった単純な二分論では、決してよい結果は生まないでしょう。

 

グローバリズムに内包する課題

では翻ってグローバリズムがそもそも内包する課題についても考えていきたいと思います。まず、市場主義が抱える問題として、3つ挙げられると思います。1つ目がバブルの発生と崩壊を防げないこと、2つ目が市場の公平性に対する疑問、3つ目が政府と市場の関係です。2つ目はこれまでビジネスの世界では、少数の株主に特別の情報を与えるIR活動のようなものは一般的とされてきましが、一方で、こういったことは公平ではないのではないかといった指摘もあります。また3つ目の政府と市場の関係については、米国政府がGMの救済を行ったように、大企業が経営破たんをすると公的資金が投入されて救済されますが、これに対しても公平かといった指摘があります。一方で金融市場など、まだ明確なリスクが目に見えにくいものには、政府がルールメイキングを行っていく必要があるという課題もあり、政府と市場との関係性は微妙な問題を含んでいます。

民主主義が抱える課題は、①ポピュリズムへの対策、②中産階級の衰退、③民主主義教育の不足が挙げられます。英国のEU離脱、米国のトランプ現象、ドイツのナチズムなどの例からも分かるように、民主主義は時にポピュリズムを生む危険性があります。ポピュリズムは、中産階級の衰退から生まれると言われています。衰退した中産階級は、損得勘定に裏打ちされ極めて利己的な投票行動を行います。こういったポピュリズムに孕む危険は、教育で防ぐしかありません。これまでの歴史を学ぶ民主主義教育が極めて重要となってくるでしょう。

科学技術では、科学技術と人文科学、社会科学との相関について課題があります。特に自然科学者からは、科学の受け手とのコミュニケーションは、人文科学者、社会科学者に任せたいとの話を聞きますが、このような部分的な投げかけ方では、人文科学者、社会科学者も応えようがありません。むしろ生命科学、情報通信技術、人工知能といった革新的技術が生み出す価値観の変容の問題こそ、人文科学、社会科学がどう考え、またどういった提案を行えるかが問われているのではないでしょうか。新たな技術は、生物と非生物、リアルとバーチャル、自己と非自己など、これまでの価値観の境界線を曖昧するという問題を含んでいます。これらが人々にどのような影響を与えどのような問題が起こりうるのか、これこそ人文科学、社会科学からの視点が必要になるのではないでしょうか。

 

今後のグローバリズムについて

このようにグローバリズムの3要素は問題を抱えながらも、しかし3要素が規範となってこれまで世界の安定と繁栄を築き上げてきました。アマルティア・セン氏が言うように、グローバリズムの3要素は手直しする必要がある部分はあるものの、一方で守っていく部分があることも事実です。変化に対応しながらも守り続けていくためには、どうすべきなのでしょうか。私たちの持つグローバリズムの価値観から遠いとされる中国やイスラム圏の人々の歴史、思想、政治体制、世界観を多角的に学びながら、彼らがいかなる行動規範を持ち生活しているのかを理解していくことが求められているのではないでしょうか。

最後に、格差・人間開発といった「結果の均等」の問題に目を移してみます。現在アメリカでは格差問題が深刻な社会問題とされています。この格差問題は「結果の不平等」だけでなく「機会不平等」も生みだしているとされています。このような格差問題や貧困問題といった人類共通の課題に対して、投資が向くようになると世界は大きく変わっていくのではないでしょうか。残念ながら現在はこういった問題へ資金が流れるビジネスモデルが確立していないのが現状ですが、もしこういった問題を解決できるビジネスモデルを作ることができれば、グローバリズムを支える3つの価値、① 市場主義、② 民主主義、③ 科学技術の重要性を再確認することが出来ると考えます。

質疑応答



コメンテーターの奥和田 NISTEP 上席フェロー



コメント 
今回お話しいただいた内容を科学技術イノベーション政策の観点から考えてみたいと思います。これまで科学技術イノベーション政策のためにどういった政策を行うべきか、どこに重点をおくべきかについて議論してきましたが、グローバリズムの3つの要素のうち市場主義の課題、民主主義の課題に対して、科学技術イノベーションがどう対応するのかといった点は議論されてきませんでした。このような視点で科学技術のイノベーション政策で何をしていくべきかを考えると新たらしいアイディアがでてくるのではないでしょうか。

 

Q1 現象としてのグローバライゼーションと思想としてのグローバリズムとは区別して考えるべきなのでしょうか。

 

A グローバリズムは哲学的バックグラウンドによって分けると、3つの要素に分けることができますが、ローバライゼーションは変化そのものを指すのだと考えます。思想のような根源的な問題と変化の方向性の問題として、両者は分けて考えた方がいいと思います。グローバリズムは哲学的課題であり、グローバライゼーションは現代政治の課題といえるのではないでしょうか。

 

Q2 確かに国連で設定したSDGs(持続可能な開発目標)のような課題を市場化できれば倫理的に正しくかつ利益を生むことができると思いますが、とても難しい課題だと思います。何が問題なのでしょうか。

 

A 科学技術関係者は、科学技術のことだけで課題解決ができると考え、またビジネスマンもビジネスモデルだけで解決できると思っているところがある。例えば、CSRを守っている企業へのファンドや先端科学技術を研究開発している企業へのファンドはあるのに、人類的な課題に対してイノベーションと思われるものに対して研究開発をする企業の株価が上がるようなファンドはないですよね。科学技術とビジネスを組み合わせた議論が必要だし、まだまだ考える余地があると思います。こういったことを考えることが今後のわれわれの責任でしょうし、夢もある話ではないでしょうか。

 

Q3 日米欧以外の国々を日米欧の経済的な枠組みに取り込んでいこうとしたのがG20だと思うが、それは失敗に終わっているのではないでしょうか。

A G20が決定機関としての機能を果たせていないという点には賛成できますが、それだけでG20そのものが失敗しているというのは短絡的ではないでしょうか。G20に参加している国々は、メンバーであることでその発言が注目されたり、新たな世界スタンダードを作る場であると認識する官学の人が増えているのも事実です。G20が政治的に機能しないから失敗というのは短絡的だろう。評価は急ぐべきではないように考えます。

 





Q4 「民主主義」、「市場主義」への信頼というのはそれに代替する思想が出てくる可能性があると思いますが、科学技術というのは、万有引力の法則や三平方の定理のように普遍的であり、その原理までは否定できないと思います。時代、地域が変わっても共有できるのではないでしょうか。

 

A 先進国の中では、「今後科学が科学技術をコントロールできなくなるのではないか」、や「国と国とが議論をしながら科学技術の方向性を決めていくプロセスコントロールも難しくなってきているのではないか」、といった科学への恐れから科学技術はこれ以上進歩しなくてもいいと考える人が増えてきています。テロ集団や企業が先端的な技術を持ち、世界を支配していくことも夢物語ではないところまできていることを考えると、こういったところまで幅を広げて問題を考えていく必要があるでしょう。「民主主義」、「市場主義」「科学技術」を個々に議論するのではなく、3つが合わさったときの強さ、それに対する危機感を共有してく必要がありますね。

 

Q5 日本の可能性についてお聞きします。確かにグローバリズムへ挑戦するアクターとしてインドや中国の活動が積極的であることは実感できます。このような中、日本はなかなかルールメーカー側に立てていないのではないか、というのが実感としてあります。日本のポテンシャルを活かしていくにはどうしたらいいのでしょうか。

 

A 日本には世界に比べ強い学問分野(海洋学、防災工学など)とソフトな側面(おもてなしや工夫する力)があります。これらの日本固有の学問分野、ソフト面そしてビジネスモデルを並べ、そして融合させていくことで、日本ブランドとしてパッケージ化して推進していくことが1つの手段だと思います。

また価値観の転換とうい部分では、東洋文化を発信していくことも日本の役割の1つだと思います。東洋文化は、直感的に全体を把握してくこと、そこから議論していくところに特徴があり、これは極めてユニークな発想です。東洋学、東洋思想など東洋文化に関係するものはセットにし、人材や文献などトップのものを揃えることで、世界一の東洋文化発信地となることも重要だと思います。

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