タイトル | 1990年代・2000年代の日本における有配偶女性の労働供給 行動の検証 ―ダグラス=有澤の第1法則を中心に― |
英語タイトル | Labor supply behavior of married women for 1990’s and 2000’s in Japan ―Verifying Douglas- Arisawa’s first law― |
著者名 | 小前 和智 (東京大学大学院経済学研究科博士課程/政策研究大学院大学SciREXセンターインターン) |
キーワード | |
発行日 | 2021年6月17日 |
出版者 | 政策研究大学院大学 科学技術イノベーション政策研究センター |
シリーズ番号 | 2021-#01 |
URL | http://doi.org/10.24545/00001813 |
シリーズ名 | SciREX Center Working Paper |
概要 | 本研究は,1990年代から2000年代にかけての日本におけるダグラス=有澤法則を検証し,核所得が与える非核の労働供給への影響を詳細に検討した。誘導系による実証研究では核所得として1次関数が想定されており,高次項の検討がなされてこなかった。本研究ではダグラス=有澤法則の前提となる余暇-所得選好を考慮し,2次項を導入することで所得階層が異なることによって収入の所得効果に差異が生じることを示した。
本研究では「就業構造基本調査」の匿名データにより分析した。政府統計であり,就業に関する豊富な質問を15歳以上の世帯員全員に尋ねており,家計(夫婦)の労働供給を分析する上で強みをもっている。対象とした世帯類型は「夫婦のみ」の世帯,「夫婦と子ども」から成る世帯,「夫婦,子どもとその他の世帯員」から成る世帯の3類型とし,世帯類型別にサブサンプルに分け分析を行った。
ベースラインとなる弾力性分析では,1992~2007年の日本においてダグラス=有澤法則の第1法則が成り立っているが,妻の有業率の夫の年間収入に対する弾力性(の絶対値)が徐々に小さくなっていることが確認された。限定的であるものの,有配偶女性は夫の収入によらず就業する傾向がみられるようになった。その内実として,正社員として働く者が相対的に増えており,末子出産前後での就業継続率が上昇してきていることが示唆された。
続いて,余暇-所得選好を念頭に置き,夫の年間収入(実質)の1次項に加え2次項を導入し,妻の有業率の限界値を推定した。限界効果の推定値から描かれる限界効果曲線を1992年と2007年で比較すると,夫の年間収入(実質)が同一の場合,夫の限界的な収入増加に対して妻の有業率の低下が2007年時点でより緩やかであった。この傾向は,3つの世帯類型いずれでも観測された。加えて,2次項を導入することで限界値が夫の所得に依存するモデルを考えることができた。その結果によれば,夫の限界的な収入増加に対して妻の有業率の低下幅が高所得側でより大きくなる。つまり,所得階層によって所得効果に差異が生じている。
続いて,妻の有業率の限界値(平均値)を夫の年間収入(実質)の構成要因と妻の有業率の限界効果要因に分解した。その結果,仮に1992年から2007年にかけて限界効果曲線にシフトがみられなかったとすれば,妻の有業率は低下していたが,実際には限界効果曲線は上にシフトしたため,夫の年間収入の増加による効果は打ち消され,いずれの世帯類型でも妻の有業率は上昇していたことがわかった。
最後に,収入階級別の有配偶率を確認した。男性ではいずれの生年コホートにおいても高い収入階級ほど有配偶率が高く,女性ではそのような相関がみられなかった。高収入の男性の方が結婚の機会に恵まれるというのは,結婚に際してその多くで男性には所得の高さが求められることを示す。(そのような社会通念が一般的であるほど)女性からみて高収入の男性と結婚すれば働く必要性が相対的に薄れ,結果として有配偶女性の夫の収入に対する有業率弾力性は保たれる。そうした選択は,単なる社会通念や意識といったものでなく,男性の方が収益率の高い状況からすれば経済合理的な選択の結果であると考えられる。
ただし,本研究には克服すべき多くの課題が存在しており,今後それらの課題点を改善していく必要がある。 |