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2021年01月13日-
第3回SciREXオープンフォーラム「科学技術イノベーション政策の新展開」シリーズ第四回『EBPMに向けた自治体との連携による健康データの活用』
STiPS-公共圏における科学技術・教育研究拠点(大阪大学/京都大学), SciREX-科学技術イノベーション政策研究センター, 文部科学省
【開催報告】
第3回SciREXオープンフォーラム シリーズ第四回では、STiPS京都大学拠点が中心となり『EBPMに向けた自治体との連携による健康データの活用』と題したウェビナーを開催しました。
STiPS京都大学拠点の祐野恵助教をモデレータに、ユニット長 川上浩司教授からは、拠点が長年に亘り取り組んでいる学校健診情報の利活用について、省庁・自治体での取り組みについては前文部科学省初等中等教育局健康教育・食育課課長の平山直子氏、STiPSの修了生でもある神戸市役所健康福祉局健康企画課課長の三木竜介氏に紹介いただきました。また、アドバンス・ケア・プランニング(以下、ACP)の普及についてカール・ベッカー特任教授より現在の状況や課題、自治体との連携状況について紹介し、フロアとの議論を経て閉会しました。
(左から川上浩司 京都大学大学院医学研究科教授、平山直子 文化庁文化経済・国際課長、三木竜介 神戸市健康局健康企画課課長、カール・ベッカー 京都大学学祭融合教育研究推進センター特任教授)
・学校健診情報を活用した健康医療のEBPMへ
川上教授のグループが子供の健診情報に注目している理由の一つが、約2万個ある遺伝子のうち生涯でどの遺伝子を使いどの遺伝子を使わないかというスイッチ(エピゲノム)が、周囲の環境に合わせて0歳〜7歳までの間に7割程度決まってしまうというという点です。この時点で生涯を通しての体質、少なくともその傾向が決まってしまうため、成長後どのような病気にかかるのか、ある程度決まってしまいます。
例えば、2015 年に川上教授らが発表した論文では、喫煙者がいる家庭の子供は3歳時点での虫歯の数が非喫煙家庭よりも多いと報告しています。これは、乳幼児が周囲の環境に適応するため、つまりタバコを毒と認識しないように唾液の抗菌作用を下げている遺伝的スイッチが働いていることが理由です。このように、母子保健、乳幼児期、学童期の健診情報を繋ぐことで様々なことが分かるため、自治体の健康政策へ活用することができないかと活動してきたといいます。
乳幼児、学童期の健診の重要性を指摘する一方で、川上教授は現行の健診の問題点も指摘します。「一つ目が、母子保健は厚生労働省、学校健診は文科省という分担が違い連携も取れておらず断裂していたという点。もう一つが、小学校・中学校は市町村、高校は都道府県と所管が異なり、高校進学を境に健康診断の情報は都道府県へ送られるものの、高校卒業後5年が経つと廃棄されてしまうという、健康診断が十分には活用されていない。」と現状を指摘します。これらの情報は本人の健康管理はもちろん、地域の健康政策や福祉政策のEBPMには必須だと訴えます。そのために川上教授は「一般社団法人健康・医療・教育情報評価推進機構」を設立し、全国の自治体と連携のうえで今まで捨てられてきたデータを分析し、本人や自治体へ返す活動をしてきました。サービス内容も、本人がQRコードを読み込むことで、小中学校9年間の健診情報を電子データとして保管できるよう改善し、電子生涯健康手帳の一環として活用してもらえるよう整えたといいます。こういうものを持っていることで、病気にかかった時にすぐに体質がわかるため、将来的に医師の診断を迅速かつ正確にさせる可能性も指摘します。
今後の構想として、例えば母子手帳を電子化し小中学校入学後の健診データと繋げることで子育て支援の結果を測るといった事例や自治体との連携をどのように進めていくか、一生を通じたライフコースデータをどのように整備して疫学研究へとつなげていくのか、といった点について紹介しました。
・学校の健診情報をいかにデジタル化するか-文部科学省の取り組み
川上教授の講演を受け、元文部科学省初等中等教育局健康教育・食育課長の平山直子氏から、児童や学生の健康データをデジタル化していくにはどのような取り組みが必要か、特にいままで学校が紙で持っていたデータをどうやって外に出して利活用していくのか、という観点から国の施策を紹介しました。
「個人の一生分の健康データをつなげ健康増進に活用するという政策自体は進んでおり、現在は乳幼児検診のデータがマイナポータルで見られる状態です。今後は事業主検診なども繋げ、マイナポータルに行けば、自分の健診データが全部見られるようにしようという方向で政策が進んでいます。」と現状の政策を解説。一方で、やはり行政としては本人へ返すということの上に、巨大なデータが蓄積されることで今後どういうことができるのか、といったことに関心があるといいます。
また、先に指摘されたように学校で入力したデータをどうやって引き継いでいくのかというのも政策として大きな問題です。「別の自治体へ転校した場合、個人情報は電子化されていたとしてもメールでは送ってはいけないというルールで運用している学校がほとんどです。するとやはり紙にして送るしかない。データを媒体に入れて送る場合でも、校務支援システムが市町村間で互換性が少なく、再入力が必要になるケースがほとんどです。そうすると、やはりなかなかデータが繋げない、送れないという状況です。」と課題を指摘します。更に、「全国すべての学校が一つのシステムに共通でアクセスできるような仕組みがあれば良いのですが、現在は整備されていません。校務支援システムに入れた情報が他の自治体とすぐに同期できるデータフォーマットの標準化など様々な施策を進めていかなければいけません。」と、情報基盤の部分でまだまだ整備する余地があるといいます。
・健康情報を用いた政策づくり-自治体での実践
STiPS京都大学拠点が取り組む健康情報の利活用について、自治体との連携の代表事例が神戸市です。10年ほど前から神戸市の母子保健、赤ちゃんの検診の結果をデジタルデータとして保管し、京都大学とで提携して健診のデータを分析研究してきたとのこと。今回のセッションでは、こういったデータも用いた神戸市の「ヘルスケアイノベーション拠点構想」について、STiPSの修了生でもある三木竜介 神戸市健康局健康企画課課長が紹介しました。
神戸市は「誰もが健康になれるまち」を目指し、健康寿命の延伸、健康格差の縮小、健康づくりによる経済の活性化といった一連の活動を「健康創造都市KOBE」としてパッケージ化し、都市ブランディングに取り組んでいるといいます。
政策を進めていく上で感じる課題としてまず挙がったのが、「誰もが」の難しさです。「サービスを提供する行政は超高齢社会の中で財源に余裕がない。一方でサービスを受ける側は、どうしても健康の優先順位が高くない方もいる。そして健康の優先順位が高くない人たちは往々にして健康リスクが高い人たちだったりするわけです。この二つの課題を解決していくためには従来型の健康づくり施策だとこの先うまくいかないのではないかと考えられます。より低コストでより多様な人たちに健康づくりに取り組んでもらえるような、新しい価値を健康づくりサービスの中に加えていく必要があると考えています。」と、課題意識と施策のコンセプトを語ります。
その中で試験的に開発、運用しているのが開発したのがCONDITION KOBEです。健康診断や体重、血圧などを市民に自分で入力してもらい、それに沿ったアドバイスが提供されるシステムですが、こういったことを人力でやると大変お金と時間がかかります。これをデジタル化することで、様々なコストをかなり圧縮できる見込みだといいます。
加えて神戸市が取り組むのが開発や研究、そして実証などによるEBPMの実践やイノベーション創出です。新たな価値を提供して、多様な価値観の方々により合った健康づくり施策というものを試し、実際に効果があるものを社会実装していくための仕組みです。
例えばMY CONDITION KOBEの場合はキャラクターがリアルタイムで具体的な健康アドバイスを出してきてくれます。筋肉をつけたい、ダイエットなど本人の希望に沿ったアドバイスを受けられる、さらに健康ポイントというリワードを設定するという付加価値をつけるという趣旨で事業を回しているとのこと。
「このサービスは2年やりまして、いま6000人くらいの方にご利用いただいております。この方々を対象にデータ利活用のための情報基盤の機能整備をやってきました。利用規約の中に、学術研究目的のデータ利用の項目を入れており、既存データに関してはオプトアウトの機会を設けて、研究機関への提供を前提にデータの収集をしています。スマホアプリから収集される、食事や運動、体や生活に関する日々のデータが研究や政策立案に使えるようになっているということです。」と施策の意義や今後EBPMへ利活用できる可能性を訴えます。
更に新型コロナウイルスの流行によって外出を控えた高齢者の運動機能への影響をセンサーで計測し、運動プログラムを行ってもらうよう政策介入する地域としない地域を設け効果を検証するといった、EBPMの実践へと繋げる施策も進行中とのことです。
・最期の在り方を自分で決めるために
最後にカール・ベッカー京都大学教授より、自身が取り組んでいるアドバンス・ケア・プランニング(ACP)の普及について紹介しました。
自分がどう言った治療を受けるのか、選択肢が増えた現在、自分で選ぶ必要があります。そのためにあらかじめ用意しておくのがACPです。しかし、海外との比較から「日本の高齢者はあまり自己決定をしていない傾向があり。これが医療費の圧迫につながっている」と指摘します。過去の調査からは、ACPへの関心は高いものの実際に記入している人はわずかに過ぎないとのこと。
ベッカー教授は「事前に決定していないと、意識不明になった場合に望む医療が受けられません。医療従事者も判断に迷います。家族も例えば延命するかどうか意見が二分してその後にしこりを残す場合もあります。医療行政の観点から見ると、本人の意思がわからないことで社会保障費が圧迫される側面もあります。」と、現実にACPが用意されていないことの弊害を説明します。また、ACPを用意しない場合であっても本人に代わり決定を下せる立場の人によくよく相談しておけば良いのですが、こういった方を指名している人も少ないと、日本の状況を説明します。
一方で、英米では蛍光色の指示書をわかりやすい場所に貼っておくことで治療の意思表示をしておくことが一般的だといいます。
近年では神戸市と協力し、に分かりやすい事前指示書に関する情報提供と、信頼できるサイトや窓口を提案しているとのことです。
質疑応答では、医師が現在どの程度検診データを閲覧できるのか、なぜ一般社団法人という形で活動を始めたのか、神戸市の事例では健康には事例で挙げた他にどのような付加価値をつけることができるのか、検診データを集める際の学校の抵抗感への対応など様々な質問が寄せられ、盛会のうちに終了しました。
概要 | 現在、自治体が保有する様々な健康情報の利活用に向けて基盤整備が進められている。これらの基盤整備により、人が生まれてから死亡するまでの期間における健康情報の接合が可能となる。本セッションでは、まず、基盤整備の意義を捉えるうえで重要なライフコースデータの概念を取り上げるとともに、学校健診情報の可視化をはじめとする学童期の健康情報の活用に焦点を当てる。つづいて、3つの視角から健康情報の利活用に関する取り組みに迫る。一つ目は、文部科学省初等中等教育局における「GIGAスクール構想」の推進及びコロナ禍における「学校等欠席者・感染症情報システム」とのデータ連携、二つ目はデータ活用において先進的な取り組みを実施している神戸市の事例、三つ目は終末期における意思表示のあり方及び取り組み事例である。ライフコースデータの概念にくわえて、先進的な取り組みを実施している国及び自治体の事例を交えた多角的な視点から、健康情報の利活用について今後の方向性を提示する。 本セッションのチラシはこちらからご覧ください。 本セッションの公開資料はこちらをご覧ください。 川上先生発表資料: 20210121SciREXオープンフォーラム講義資料(川上).pdf |
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講演者情報 | 川上浩司 京都大学大学院医学研究科 教授/学際融合教育研究推進センター政策のための科学ユニット長 |
日時 |
2021年1月21日(木)18:00~19:30 |
場所 | Zoomにて開催 |
言語 | 日本語 |
主催 | 政策研究大学院大学科学技術イノベーション政策研究センター(SciREXセンター) |
共催、協力 | 文部科学省、SciREX拠点大学・関連機関 |
参加申し込み、お問合せ | 【申込】https://www.scirex-openforum.info/ |