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SciREXオープンフォーラム2022 シリーズ第2回 バイデン政権の科学技術イノベーション政策
―Science Integrityの視点—

STI政策を重視するバイデン政権―科学の公正性の担保が必要な時代

『科学―果てしなきフロンティア』が出されてから75年が経過し、バイデン政権下のSTI政策では何が起こっているのでしょうか。新型コロナウイルス感染症のパンデミック、気候変動、中国の台頭による米国の経済的競争力の低下、国家安全保障など、科学技術によって解決すべき問題は山積みです。「バイデン大統領は、科学技術の重要性に早くに気付き、就任前に当時の科学アドバイザーのエリック・ランダー博士に、第二次世界大戦後にルーズベルト大統領がブッシュ博士に送ったのと同様の手紙を送りました」とトゥレキアン博士。

ランダー博士は、科学技術戦略を再活性化し、『科学―果てしなきフロンティア』に代わって今後75年のSTI政策の道しるべとなる指針を立てるべきだとして、5つの最優先事項をあげました。それが現在のバイデン政権のSTI政策の中核となっています。

  • 新型コロナウイルス感染症パンデミックへの対処
    巨額の投資が行われmRNAワクチンも開発されましたが、この政策は単に今回のパンデミックに対処するものではなく、長期的な公衆衛生の取り組みへとつながっていく点が重要です。
  • 気候変動への対策
    新型コロナウイルス感染症パンデミックをはじめ多くの問題で、その根本的な原因は気候変動だとされます。気候変動の解決は急務です。
  • 科学の公正性(Science Integrity)の担保と、全世界共通のルールの下での基礎研究のオープンネス これは、バイデン大統領の「米国が技術や産業の世界的なリーダーであり続けるためにはどうしたらいいのか」という問いに対する答えでした。
  • 科学技術が生み出す成果や富の分配
    一部の特別な人たちでなく、米国民すべてが享受できるようにしなければなりません。
  • またSTI政策には、次世代へとつながる科学技術を確立することが求められます。

これらの実現にあたり、トゥレキアン博士が懸念しているのは、さまざまな国が集まる国際社会で、各国の科学システムが並行して進んでいけるのかという点と、基礎研究は今のままオープンでよいのかという点です。そして、特に前者の問題に対して、米国が、科学技術への投資を増やしている中国と並行して進んでいけるだけの競争力を維持するために成立させようとしているのが、冒頭で紹介した上院と下院それぞれで可決された法案だと説明しました。これらの法案には基礎研究への投資の増額が盛り込まれています。

また、バイデン政権は、科学の公正性の担保にも注力しています。各省庁に意志決定には積極的に科学の公正性の下で得られたデータやエビデンスを利用するよう要請したり、科学システムの国際的な標準やルールづくりの検討を始めたりしており、こうした動きを駆動力に推し進めています。

日本のSTI政策—世界との協働の重要性に言及

日本のSTI政策—世界との協働の重要性に言及

続いて大野副大臣が日本のSTI政策について話しました。まず、「戦後、日本では、科学を軍事あるいは国家安全保障に利用することが禁じられたため、科学の二面性が積極的に議論されることはありませんでした。また、経済成長期には科学技術政策が戦略的に実施されることもありませんでした。政府が司令塔となって科学技術政策を戦略的に進めるようになったのは、1995年に科学技術基本法が制定されてからのことです」と日本と米国の科学技術政策の歴史の違いに触れました。

以来、日本では科学技術基本法に基づいて5年ごとに基本計画が立てられており、現在は、「第6期科学技術・イノベーション基本計画」の下でSTI政策が進められています。第5期のコンセプト「Society 5.0」*を引き継ぎ、「持続可能性と強靱性を備え、国⺠の安全と安⼼を確保するとともに、⼀⼈ひとりが多様な幸せ(well-being)を実現できる社会」を目指しています。

大野副大臣は、「この中で大事なのは、“安全”と“安心”という言葉です」と特に取り上げ、「それはかつてのように科学の“軍事的利用”を切り離してしまうのではなく、平和的利用とともにそれを受け入れ、科学のデュアルユースに向き合うことで成り立つ“安全”と“安心”だと捉えています」と説明しました。この点に関しては、国会でさらに議論し理解を深める必要があるとも指摘しました。

さらに日本の最近のSTI政策について、新しいテクノロジーを生み出す資金を捻出するために、10兆円の基金を積み、その運用益を、先進的な取り組みを行う大学に優先的に配分する「10兆円ファンド」の運用がまもなく始まることや、研究成果を産業につなげていくには「官民の協調体制の一層の強化」が必要であることなどと話しました。

トゥレキアン博士の講演に対するコメントでは、「戦後、科学技術に関するルールは、西側諸国の価値を共有する国々でつくってきました。その中核を成すオープンネスはイノベーションを起こし続けるために重要ではありますが、時代に合った、世界が共有できる科学の公正性の仕組みをつくるためにも、見直しの時期が来ていると私も感じているところです」とトゥレキアン博士と同じ考えであることを表明しました。

この大野副大臣の発言に対して、トゥレキアン博士は次のように応じました。「経済成長や人々の安全安心につながるはずの科学が、間違った使い方をされることがあるのは、科学における最も複雑な問題です。今後は、基礎研究が意図しない結果にならないように、マネージメントされたオープンネスが求められることでしょう。そのために政治的な原則より一歩進んだ、実務に実装できるルールを国際的につくっていく必要性があります」。また、このような科学システムをどう再構築するかという議論は、2021年にG7で始まっており、オーストラリアやインドも加わっていると現状を話しました。

そして、トゥレキアン博士と大野副大臣が「世界がいかに協働しながらSTI政策を進めていけるかが今後の大きな課題である」という共通認識をもっていることが確認され、今後も日米間で密に協力・議論を続けていくことが約束されました。

*サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会。

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