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SciREX インタビュー研究と政策を繋ぐ「中間人材」の経験の活かし方

SciREX 事業が育成する人材の一つとして、科学技術・イノベーション政策の立案現場と研究とを繋ぐ中間人材があります。SciREXの研究拠点や関係機関で活動する中間人材はどのような経験を積み、その後のキャリアへ活かしているのか。事業の中で公募型研究開発プログラムを担う科学技術振興機構 社会技術研究開発センター(RISTEX)へ長く関わる黒河昭雄さんにお話を伺いました。

研究と政策を繋ぐ「中間人材」の経験の活かし方
黒河昭雄さん

JST-RISTEX「科学技術イノベーション政策のための科学 研究開発プログラム」研究推進委員、神奈川県立保健福祉大学イノベーション政策研究センター 研究員(シニアマネージャー)

黒河昭雄さん
(くろかわ あきお)

―SciREX事業に関わるようになった経緯を教えてください。

黒河: 最初は大学院時代にご指導いただいた森田朗先生がRISTEXのプログラム総括を務められていたことがSciREX事業を知るきっかけでした。行政組織がこれまで経験と勘をもとにした「調整」で営まれてきたところを、様々な科学技術を用いてエビデンスを作り出し、より効果的な政策をデザインするんだという事業の趣旨を聞いてとても面白そうだと思ったのを覚えています。ただ思い返してみると、どこまでいっても政策形成は行政官の経験と勘と度胸によるもので、そんなに簡単に変わらないんじゃないか、と若干斜に構えていたところもあったかもしれません。

それから数年経ち、当時東京大学の政策ビジョン研究センターで医療イノベーション関連のプロジェクトに所属していたのですが、縁があって当時RISTEXのプログラムで採択されたばかりであった東京大学の加納信吾准教授(当時)のプロジェクト*に参加することになりました。プロジェクトメンバーに法学や政治学系のメンバーが足りないということで、故佐藤智晶先生とともにお声かけいただき参加させていただくことになりました。
*加納PJ「先端医療を対象とした規制・技術標準整備のための政策シミュレーション」(H25採択)

―研究プロジェクトに参加してSciREXへの印象は変わりましたか?もし何か得るものがあったら教えてください。

黒河: プロジェクトに参加しての最初の印象は、これまで前提としてきた言葉や発想が通じないという点です。自分のこれまでの知識や経験だけで世の中の大半のことが説明できるような気になっていましたが、まったくそんなことはないという当たり前のことにあらためて気づかされました。MOTの分野をバックグラウンドにされている加納先生をはじめ、レギュラトリーサイエンスを中心に評価研究をなされてきた研究者、標準化等を実務として担われている方々の発想やアプローチはそれまでの自分には全く経験のなかったものばかりであり、大変勉強になりました。プロジェクトでは、行政がどのようなシステムとメカニズムで駆動しているのか、行政職員のモチベーションとは、といった情報提供にはじまり、現在のプロジェクト*でも主要な論点の一つになっている行政手続としてルールメイキングをどのように制度化していくのかといった政策形成過程上の論点や課題を佐藤先生とともに提示する役割を担いました。

キャリアの早いタイミングで分野や立場ごとに考え方や言語、アプローチが違うことを認識できたのはとても良かったと思っています。その後JSTや他の大学に移っても、異なるバックグラウンド研究者や実務家の方々と話すことにまったく抵抗がなくなったように思います。やはり自分とは異なる考え方や意見には違和感を覚えることもありますが、そうした点にこそ面白い切り口や、組み合わせることではじめて生み出せる新しい価値があるのではないかと、むしろチャンスのように捉えるようになりました。今では、現実の問題を真剣に掘り下げるようとすると、自ずと分野や立場を横断せざるを得ないんだなという認識に至っています。また、公共政策や行政学という自分の専門分野に閉じることなく、他の分野と重ね合わせることで更なる価値を生み出せるのではないかと思い始めたのもこの辺りからです。

政策形成はどこまでいってもステークホルダーとの利益調整とか、意思決定上の合意形成、さらには政治的判断というプロセスを踏まざるを得ないので、科学的な知見から最適解と考えられるような結論に必ずしも至らないことがある、という感覚は今でも変わっていません。ただ、EBPMの推進やCOVID-19への対応を通じて、エビデンス無しに物事を決めるのはまずいのではないか、という問題意識は当時よりもかなり社会的に浸透したのではないかと思います。
*加納PJ「先端医療のレギュレーションのためのメタシステムアプローチ」(H29採択)

―その後RISTEXに入り研究開発プロジェクトのマネジメントを担当するわけですが、ファンディングする側としてどのような経験をしましたか?

黒河: 研究プロジェクトを採択すると、当然研究者の方々は良い研究成果を作ろうとします。みなさん素晴らしい研究を進めておられ、とても魅力的に思うと同時に少し心配になることも多くありました。実際の政策形成の実態をみれば、良い研究成果を作ればそれが政策に活用されるわけではないことがわかります。研究者の中には「こんなに良い研究なのにその成果を使おうとしない役人のほうががけしからん」という感覚の方もおられるわけです。しかし、成果が活用されないのには何らかの理由があるはずですよね。

もしかすると、研究成果の価値を研究者はきちんと受け手に伝えられていないのではないか、誰かがそれを仲介する役割を果たすことなく単に研究開発を進めるだけではSciREXやRISTEXの事業としてのゴールには辿り着けないのではないかと、ファンディングする側の立場にたってみて一層強く思うようになりました。実際、多くのプロジェクトでは研究者が漠然と「実装」の相手先として「政策」「政府」と考えていて、政策形成過程のうちの具体的にどこの誰が担当しているどのような政策が実際に成果の利用を期待する対象なのか、またその政策がこれまでどのようなコンテクストのうえに形成され運用されてきたのか、こうしたある意味で「政策」を語るうえで当たり前のように思われることが必ずしもよく理解されていないという状況に直面したのが印象的でした。単に「政府」や「政策担当者」という解像度で成果の届け先をイメージしている関係者も多いので、この「誰に、何を」を明確にして、どのようにすればその人たちに研究者の提案が需要されるのか、という点はプログラム側からプロジェクト側へ一貫してアドバイスをしなければならない重要なポイントだと考えています。なかなかうまく理解されないことも多いのですが、個人的にはとても大切にしている視点です。

やはり元々は研究プロジェクトの側にいたこともあり、プログラムとして研究者の事情にいかに寄り添えるかということを最も大切にしてきました。特に、ファンディング・エージェンシー(FA)のいわゆる「事務局」がしばしば陥りやすい「罠」に非常に気をつけて対応してきました。ともすれば、ファンディングする側は、単に論文数や特許の出願数、アウトリーチの実施状況をチェックしたり、スケジュールが遅延していないか、計画書通りに研究が進んでいるか確認することに終始しがちです。またお金を配っているという性質上、いくら補助事業ではなく委託研究契約という双務契約に基づく研究の推進とはいっても、どうしてもFAの方が立場が強くなってしまう。立場の強さを背景に、杓子定規に「成果を出せ、研究をもっと効果的に進めろ」ということを研究者に求めることだけは絶対に避けたいと考えていました。よく例に出すのですが、FAはあくまでも「水やり」をする主体であり、芽吹き花を咲かせるのはあくまで研究者です。ときどきFAこそが植物であるかのような考えをされる方も目にするのですが、FAはあくまでも研究者が彩り鮮やかな花を咲かせることを手伝うことが本来のミッションのはずです。ただ、実はこの「水やり」という試みはあらためて非常に難しいアート(技)だと感じます。いたずらに水をやりすぎたり、逆に適度に水をやらずに放置していると、どれだけ質の良い素晴らしい植物であったとしても枯れてしまうでしょう。

そうした思いもあって、フェローとしては、研究者が政策への成果の実装に向けてどのように悩んでいるのか、またどう伴走してサポートしていくことができるかという点に一番心血を注ぎました。どうすれば政策に届くのか、届かないのかというのは、我々プログラム側の悩みであり、彼ら研究者の悩みなんですよね。それを媒介していくのがまさに「中間人材」としてのフェローの腕の見せ所だと思い取り組みました。やはり研究者と政策立案者との良好な関係が継続されていないと、そもそも研究成果は届かないですし、その政策のための唯一のエビデンスというものが必ずしも存在するわけではないと思いますので、やはり人(研究者)と人(行政官)とのコミュニケーションやマッチングというのが最終的には一番重要になってくると考えています。

―その中で、中間人材の必要性はどこにあるんでしょうか。

黒河: 大事な点は、行政側が研究者の研究動向や成果に精通しているわけでもなければ、いつも外部からの情報提供や知見の提供を求めているわけではないという実態を良く踏まえたうえで、コミュニケーションをはかることだと思います。行政側にはそれぞれにコンテクストがあり、それとは異なる文脈から研究成果を使いませんか、と交渉するのはある意味でビジネスにおける「営業」に近いコミュニケーションスタイルです。その際に行政官に研究成果の価値についてアピールする能力は、研究者がこれまでトレーニングを受けてきた能力とはまったく異なるわけです。おまけに研究者は一般的にマーケティングがとても苦手です。だからこそ中間人材がそうした役割を担う必要があるのだと思います。少なくともRISTEXのプログラムのようなcuriosity-drivenやシーズベースで研究を進め、その成果の実装を考える場合にはどうしてもこうした媒介者による調節の役割が不可欠になると感じています。そうした観点から、RISTEXのプログラムでは、論文でコミュニケーションする研究者の言葉を、政策を作る人たちに届くレベルに翻訳する必要があるよね、ということでPOLICY DOORという媒体も始めました。

―RISTEXから神奈川県立保健福祉大学へ移り、中間人材としての経験で役に立ったことはありますか?

黒河: 実のところやっていることがそんなに変わったとは思っていないんです。現在所属しているセンターは、神奈川県のシンクタンク機能が期待されていることもあり、相手先がより具体的な主体になっただけという印象です。行政側のニーズが曖昧ではっきりしないとか、データを使って成果を出してほしいというナイーブな期待が研究者側に向けられているといった事情もまったく変わりませんし、研究者の側もデータをもらって研究したいだけだったり、分析結果をうまく使ってほしいとナイーブに考えていたりするわけです。その意味では、やはりSciREX事業での経験が現在の取り組みにおいても基盤となっていると感じます。

センターが発足してから早い段階で、行政側にデータの提供をお願いし、それを起点に研究と政策をつなぐ関係性を構築しようとしたのもSciREX事業から得たアイディアですね。結果的には、交渉から実際にデータを提供してもらうまでそれなりに時間もかかりましたが、相手側のニーズをうまく捉えつつ分析枠組みをデザインし、結果を返していく。そうしたアプローチを当初から取り入れることができたのは、これまで研究プロジェクトやプログラムマネジメントで色々なケースを見ることができたからだと思います。また、実際にデータを提供してもらえるまでのハードルを見通し、ある程度うまく交渉をすることができたのも、これまでRISTEXのプログラムで数々のプロジェクトがデータの取得に向けて悪戦苦闘をされてきた様子をみていたことが大きかったように感じます。関係者のインタレストやニーズを明確にしつつこれをうまく調節し、研究と政策との好循環を発展的に展開させていくのかがこれからのチャレンジのしどころですね。

―最後に今後のSciREX事業、特に中間人材の活用についてご意見があれば。

黒河: 研究者にせよ行政官にせよ、それから中間人材の立場にある人にせよ、SciREXコミュニティの構成員だった人たちが事業の参画拠点以外の事業や機関に移った際に、この事業を通じて得られた知見やネットワークを使って、SciREXが共有する問題意識をスピンアウトさせていくことがとても重要だと思います。私自身もそうした思いで現在の仕事に取り組んでいるところです。将来的には、むしろ現在の立場での経験をSciREX側にインプットできるようになればと願っています。

―ありがとうございました。

プロフィール

黒河 昭雄(くろかわ あきお)

JST-RISTEX「科学技術イノベーション政策のための科学 研究開発プログラム」研究推進委員、神奈川県立保健福祉大学イノベーション政策研究センター 研究員(シニアマネージャー)
東京大学公共政策大学院修了。東京大学政策ビジョン研究センター、明治大学国際総合研究所等にて医療政策、医療イノベーション政策に関する調査研究に従事したのち、2016年8月からJST-RISTEXにてアソシエイト・フェローとして科学技術イノベーション政策における「政策のための科学」プログラムを担当。その後2019年4月からは、神奈川県立保健福祉大学イノベーション政策研究センターにて研究員(シニアマネージャー)を務める。
JST-RISTEXのプログラムにおいても引き続き研究推進委員を務めるほか、政策研究大学院大学客員研究員、東京財団政策研究所主任研究員等としても活動。神奈川県立保健福祉大学ヘルスイノベーション研究科、成城大学社会イノベーション学部、早稲田大学ビジネススクールなどで非常勤講師も務める。

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