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公共圏における科学技術・教育研究拠点(STiPS) ELSI研究を基盤とした教育と、
社学連携の実践を通じて“つなぐ人材”を育成

―教育する内容や学生側のニーズは、この間変わってきましたか?

平川: 研究プロジェクトに取り組むに当たって、方法論として定量的なデータ解析スキルに対する学びのニーズがあります。例えばテキストマイニングやTwitterの解析などです。新しいニーズではなく、これまでもこういったニーズをもつ学生は居たのですが、これに教員が対応できませんでした。科学技術と社会の問題分野で定量的なデータの分析手法を取り入れた研究を行っている教員が、2020年4月に大阪大学 社会技術共創研究センター(通称、ELSIセンター)に着任しました。これにより今後は、冒頭にお話しした研究手法入門の授業で、データ解析に対するニーズに応えることができる見込みが立ってきました。学際的な交流、他の研究分野、特に文系の学生と議論をしてみたいというニーズはこれまでもありました。広い意味でのニーズ、学生が持つ問題意識のバリエーションは変わっていないように感じています。

川上: 時代の流れに即して、学生の関心は変わってきていると感じます。一方で、教えたいことではなく、教えるべきことを教えるのが教員の仕事だとも思います。私は、学問分野の知識体系(ディシプリン)、そして、事例による知識の浸透が教育の役割と認識しています。もちろん事例は時代とともに変わるとしても、教育(の大筋)は大きく変わるべきではないと思います。
研究の面では、手法へのニーズが変化してきていると思います。手法といえば、意外に文系の方は、仮説が結果と一致するか・しないかを検証する、科学的研究の作法を習っていない場合があります。そのため、大阪大学同様に、私たちも2年前からカール・ベッカー先生による科学的研究方法の基礎を学ぶ新規科目を開講しています。これにより、学生の研究レベル底上げにつなげようとしています。

大学間の交流を図るSciREXサマーキャンプ事前ワークショップでは、グループワークに必要なコミュニケーションについて、大阪大学・京都大学の大学院生たちが一緒に学んだ。

大学間の交流を図るSciREXサマーキャンプ事前ワークショップでは、グループワークに必要なコミュニケーションについて、大阪大学・京都大学の大学院生たちが一緒に学んだ。

―SciREX全体での取り組みがSTiPSの教育プログラムに影響を与えた事例はありますか?

平川: 共進化実現プロジェクト*1)への参画、政策立案ワークショップ*2)への関与です。政策立案ワークショップは、テーマに関連する省庁の行政官や研究者が、省庁の壁や専門分野の枠組みを超えて集い、多角的に科学技術と社会の諸問題を議論する場で、そこでの議論をもとに市民参加型のワークショップも開催しています。後者には学生たちもファシリテーターとして参加し、間接的にではありますが、実際の政策形成の一端に触れ、学問と政策・社会の間を“つなぐ”ことを体験から学ぶ機会となりました。

川上: 私たちは、自治体の健康診断データの分析を研究テーマの1つとして行っています。その中で、自治体との交渉や、教育委員会との折衝、乳幼児を調べる場合には健康福祉部局とのやり取りが発生します。新システムを作る場合には、システム開発にかかる折衝なども必要です。そういったことに興味を持つ学生が結構多いのです。STiPSが縁で、研究へパートタイム的に関わり、社会科学的な側面から取りまとめて学会などで発表した学生も何人か居ました。こうした事は、教育プログラムには影響を与えていませんが、学生のキャリアパスや学びには貢献しています。京都大学に来たから、そして「政策のための科学」プログラムに参加したからこそ得られた経験です。学生が、さらに深くコミットメントすることを願っています。

*1)共進化実現プロジェクト:文部科学省の具体的な政策ニーズをもとに設定した研究課題に対して、研究者と行政官が一緒に研究を進めるSciREX事業が実施するプロジェクト。

*2)政策立案ワークショップ:拠点間連携プロジェクト(個別政策課題プロジェクト)「新しい科学技術の社会的課題検討のための政策立案支援システムの構築」の一環として、2016 年度から 2018 年度にかけて実施したもの。拠点間連携プロジェクトでは、社会的により望ましい科学技術の研究開発や関連政策・法制度の実現をELSIの観点からサポートするための「政策立案支援システム」(課題探索マトリクス、対話ツール、政策立案ワークショップの3つのツール、および、政策立案ネットワークの発展強化)開発を目指した。

―サマーキャンプに限らず、今後教育面での拠点間の取り組みで何か考えられることはあるでしょうか?

平川: 地理的に東京から離れているので、あまりできていません。他拠点で扱っているテーマ、コンテンツを拠点間でうまく使えないかとは感じます。オンデマンドで受講できるオンライン動画教材を揃えておくことは1つの方法と思います。

川上: 私も同じ考えです。特にディシプリンのところを、と思います。実習はやはり少人数制がいいのですが、講義は少人数ではもったいない。各拠点だけでなく多くの学生に見て欲しいですし、講師もオンラインであれば(地理的な制約等なく)対応可能な方がいらっしゃると思います。

平川: 単位互換していますが、単位互換をしていなくとも視聴したいというモチベーションは、学生にあると思います。

―今後のSTiPSの方向性について、現在の構想を教えてください。

平川: 先にお話ししたように、大阪大学では2020年にELSIセンターを立ち上げました。こちらは研究のためのセンターですが、在籍する研究者の協力を仰ぎ、その専門性を教育にも活かしていただければと考えています。教育を担うSTiPSの活動を持続させるためにも、大阪大学全体のポリシーと合致させながらELSIセンターやほかの部局との連携を図ることが、今後の大きな方向性です。

川上: 学内での持続的な体制構築は、京都大学でも流動的な諸事情を踏まえながら検討しているところです。また、2名しかいない専任教員で、どのように全学のさまざまな分野・専攻とつながり、STiPSへの共感と協力を獲得し続けていくかが、今後の課題になるでしょう。教育の方向性というより、大学での定着に際しての課題です。だからこそ、講義はオンデマンド配信にしながら、各大学の位置づけをもう少し明確にして、教育や哲学をもっと共有知にしていくような、新しい連携があっていいと感じます。
また修了生のキャリアパスについては、彼らがどのような人材となっていくかの、定量的・定性的エビデンスを収集する必要があると感じています。教育の成果、アウトプットはすぐには出てきません。でも、活躍する修了生は確実に現れています。例えば、1期生には外科医の方がおり、社会科学の観点から「外科手術は人を幸せにしているのか」を検討されました。今は、日本の外科学会で委員を務めています。今までにないタイプの外科医になられたように、私は感じています。また、2期・3期生として学び、現在STiPSで専任教員をされている祐野 恵先生は、長岡京市議会議員をされた経験をお持ちで、地方政策・地方行政を学際的に分析する研究をされています。 これからは行政に留まらない、越境する関係(リエゾン)構築に貢献しうる人材を輩出することは重要と考えます。他者のために自己犠牲できる人をエリートと定義するのですが、そのような人がこのプログラムの修了生から出て、社会に大きく貢献したことを可視化できたら素晴らしいですね。

―ありがとうございました。

プロフィール

平川 秀幸(ひらかわ ひでゆき)

2000年3月に国際基督教大学大学院比較文化研究科博士後期課程博士候補資格取得後退学。博士(学術)。2000年4月より京都女子大学現代社会学部 講師、2004年4月より同大学同学部 助教授(~2006年3月)。2005年4月より大阪大学コミュニケーションデザイン・センター 客員助教授として着任し、2016年7月より現職。

川上 浩司(かわかみ こうじ)

1997年3月に筑波大学医学専門学群卒業(医師免許取得)、2001年3月に横浜市立大学大学院医学研究科頭頸部外科学修了(医学博士)。米国連邦政府食品医薬品庁(FDA) 生物製剤評価研究センター(CBER)にて細胞遺伝子治療部 臨床試験(IND)審査官、研究官を歴任し、米国内の臨床試験の審査業務および行政指導に従事。その後、東京大学大学院医学系研究科 客員助教授を経て、2006年より京都大学大学院医学研究科 教授(現職)。2011年より同大学学際融合教育研究推進センター 政策のための科学ユニット長。2010年から2014年まで同大学理事補(研究担当)も務めた。

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