公共圏における科学技術・教育研究拠点(STiPS)
ELSI研究を基盤とした教育と、
社学連携の実践を通じて“つなぐ人材”を育成
大阪大学COデザインセンター 教授
平川 秀幸
(ひらかわ ひでゆき)
京都大学学際融合教育研究推進センター政策のための科学ユニット ユニット長/大学院医学研究科 教授
川上 浩司
(かわかみ こうじ)
公共圏における科学技術・教育研究拠点STiPSは、大阪大学と京都大学との連携による人材育成プログラムとして2012年1月から開始しました。科学技術の倫理的・法的・社会的課題(ELSI)に関する研究と教育を行い、政策形成に寄与できる人材育成を目指しています。科学技術や公共政策に対する社会の期待と懸念を把握するためには、これらを顕在化し共有していく参加・関与・熟議のプロセスが必要です。同プログラムでは、大阪大学と京都大学とが連携して進めてきたELSI研究を基盤として、この研究を活かした教育、そして「社学連携」の実践を行っています。これらの成果を踏まえて、10年目に向けてどのような姿を思い描いているかをお聞きしました。
【教育成果のポイント】
- 学問と政策・社会の間、異分野・異領域を“つなぐ”人材育成に向けて、大阪大学・京都大学、共に全大学院生を対象に指導。理系・文系の境界を越えた知の融合を目指している。
- 講師を阪大・京大間で相互派遣するなどの拠点内連携、STiPS教員それぞれの専門性や外部の人脈を強みとして、新科目開設や、ディスカッションやグループワーク組み込みによる講義内容の充実を図っている。
- 学内外の研究者や実務家をゲストに招く「STiPS Handai研究会」等で教員も相互に学び合い、実践力を養う人材教育プログラムも提供している。
- 複数の研究手法を学ぶことができる体制や講義を用意。学生の研究レベル底上げにもつなげようと努めた。
- 部局横断的で、持続的なプログラムとして大学に定着させるべく、事業運営体制の検討を行っている。
- 行政だけに留まらない、越境する関係(リエゾン)構築に貢献しうる人材を輩出することも重要との認識のもとに教育を行っている。
―これまで8年間の教育プログラムを振り返り、計画通りうまくいった点や課題が残る点について教えてください。
平川: 大阪大学のSTiPSは、大学院生を対象とした概ね2年間で履修するプログラムを提供しています。教育プログラムの充実に向けて、2020年度から研究手法入門という科目を設けました。社会科学の研究方法論、その基礎的なやり方を1年目の後半に教えています。これを踏まえて、2年目は研究プロジェクトに取り組み、論文を執筆します。このアウトプットが、副専攻を学ぶ意欲向上をもたらしています。研究プロジェクトのテーマは、1年目から少しずつ考え、研究計画を立てていきます。今学んでいる学生は、研究計画の立案から分析まで一通りできるようになっていると思います。
傾向として、研究室の先輩・後輩といった縦のつながりや、修了生たちが積み上げてきた成果が、コンスタントな受講生獲得、研究プロジェクトのレベル向上につながっています。例えば、修了生8年分の研究事例は、今学んでいる学生への良い見本になっています。多様な手法やテーマが集まったので、「こういうやり方やサンプルがあるよ」と具体的に示しやすくなりました。これは教育プログラム継続による大きな成果です。
修了生のコミュニティーもできました。毎年12月に京都大学と合同開催する研究発表会に、修了生が積極的に参加して、質問を投げかけるなどの刺激を与えてくれます。2019年度の終わりには、修了生を集めたワークショップを実施し、現在のプログラムに対するフィードバックをもらいました。
大阪大学のSTiPSが目指す、“つなぐ人材”の育成のために、つなぐ活動の実務者・実践家の方をゲスト講師として、実際にロールモデルを示す授業もあります。加えて、授業外の学びの機会として、STiPSが研究活動の一環として開いている市民との対話の場に、学生にファシリテーターとして参加してもらっています。これまで、自動運転や宇宙政策などのテーマで実施しました。学生は、ファシリテーターとしての体験を通じて、講義で学んだことを確認し、新しい発見や気づきを得ます。これにより、座学-研究-実践のサイクルがある程度回るようになってきたと感じています。
川上: 京都大学のSTiPSは、当初は各部局からさまざまな学問領域、科学技術領域における教育やディスカッションを提供するものとしてスタートしました。その後、京都大学には中央省庁から出向されている方や、行政官をご経験された後に京都大学に転職して教員になった方が増えていると知り、今は、その方々にも講師としての参加を要請しています。国土交通省、総務省、経済産業省、外務省とさまざまな省庁でのご経歴をお持ちの講師から、いろいろな政策の事例、リアルな声を講義の中で提供していただけるようになりました。予想していなかった変化です。一方で、熱意をもって参加してくれていた先生が定年退職されることもあります。教員にとってSTiPSへの参加はボランタリーですから、どうやって継続的に各部局からコミットしていただく、つないでいくかが課題と思っています。
平川: 講師を大阪大学・京都大学間で相互派遣するなどの拠点内連携も順調に進めています。例えば、STiPS教員それぞれの専門性や外部の人脈を用いることで、両大学の開講科目を増やしました。ディスカッションやグループワークを組み込むことで、講義内容の充実にも努めています。また、学内外の研究者や実務家をゲストに招く「STiPS Handai研究会」などを通じて学生だけでなく教員も相互に学び合うことで、実践力を養う人材教育プログラム提供を果たしてきたと考えています。
良い成果の傍らで、人文学・社会科学の知をどう活かすかが課題になっています。現在履修生の2/3以上が理系学生です。もっと文系学生を増やし、議論できるようにしたいと考えています。この課題の要因は、単に広報の問題ではなくて、プログラムの作り方、見せ方の問題でもあります。プログラムの中身が学生にとって知的に面白いものであるということ、科学技術と社会の問題は文系学生にとっても「自分事」の課題であるということを、どのように伝えるのか。トライ・アンド・エラーでやっています。
川上: 私は、文系学生の呼び込みには2つ観点があると思います。
1つは広報的な問題。ポスターは全学に貼っています。熱意のある教員がいる部局では、学生に声がかけしてくれています。私の専門は医学なので疫学や生命科学を専攻している学生が多いです。あとは、専任教員であるカール・ベッカー先生のご専門である生命倫理です。科学哲学を教えている伊勢田哲治先生や公共政策大学院大学の元行政官だった先生も、STiPS受講を勧めてくれています。
もう1つは、学生がどれくらい就職先について悩んでいるかです。就職先が限られている分野の学生は、将来の職種を想定させるコメントが刺さるのではないでしょうか。ちなみに京都大学の工学部は、就職先があり、かつキャンパスが離れているので、履修生が少ないです。
平川: 新型コロナの影響で、大阪大学は今年度の講義をオンラインで行いました。これにより、物理的な制約などで例年のスタイルでは受講できなかった学生が来ています。
教育する内容や学生側のニーズは、この間変わってきましたか?