第3回SciREXオープンフォーラム「科学技術イノベーション政策の新展開」
シリーズ第九回『政策と科学の共進化 -その望ましい姿と現実、次のステージに向けて- 』
これからのSciREX事業発展に資する
知識と経験を結集
SciREX事業立ち上げの背景を振り返る
イントロダクションで、SciREX事業を担当する文部科学省 科学技術・学術政策局 企画評価課 政策科学推進室 室長の中澤 恵太 氏は、これまで、STI政策に関わる実務や研究等に携わる人材の育成、STI形成に資する研究の推進、研究コミュニティの形成の三軸を通してエビデンスに基づく政策形成(EBPM)を推進してきたと説明。参加者に「SciREX事業が成功している、していないとの声を両方聞きます。判断するためには事業の中身や10年間の進捗を理解していただきたい。また、私たちも、研究成果が政策立案に貢献しているか、行政の取り組みが研究に新しいインサイトを与えているかを問い続ける必要があります。」と伝えました。
続いて、政策研究大学院大学 SciREX センター 顧問の黒田 昌裕 氏がSciREX事業立ち上げにつながった議論を振り返り、「科学と社会、そして経済との接点が非常に複雑になっています。その中で、どのような形で科学技術政策を進めるか。(日本が)今抱えている社会問題に、政策が対応しているか・的確かを、エビデンスを踏まえて考える。それが本来のあり方だというものでした。」と語りました。
中でも、科学技術政策を進めていくための政策が国民に説明できるような合理性を持っているかと、科学技術政策そのものが客観的なエビデンスで科学的に思考されているかが大きな課題だったと述べました。また、「政策形成のメカニズム(行政側)とSTI政策のための科学(研究者側)、その両者が車の両輪のように必要であり、お互いの役割を理解した上で、議論をしながら共進化していくことが非常に重要です。」と語りました。
SciREX事業が目指す姿とこれまでの取り組みや困難
パネルセッション1では、SciREX事業を通して目指してきたSTI政策のための科学の姿や10年間の取り組みについて振り返り、達成されたことや困難、課題が紹介されました。
一橋大学イノベーション研究センター 教授の青島 矢一 氏は、STI政策のための科学が目指す姿に関して、政策の発展を経営学の発展に例えながら話しました。青島氏は、「経営学は、かつて経営学者のセンスや勘で意思決定を行っていましたが、今ではデータに支えられ理論的知見を活用するよう進化しています。その点は政策も似ています。」と述べながら、経営学と異なる点を考察しました。「政策の目的は複数あり、必ずしも正解が明確ではありません。また、合意形成プロセスの捉え方が大きく違います。そこで重要になるのは、政策は結局、人や組織で実行するということ。ミクロの視点で何が起きるかをきちんと見定めて、適切な政策を打つ。そういう観点が必要です。」と述べました。しかし、現状、事業者などの実務者と政策担当者が自由にやり取りできなくなっているため、青島氏は「SciREX事業のコミュニティが共創の場として機能することが理想的です。」と考えを示しました。
大阪大学COデザインセンター 教授の平川 秀幸 氏は、STiPSでは一貫して科学技術と社会を“つなぐ”人材の育成を目標としてきたと説明しました。この“つなぐ”人材は、政策立案に直接関わるだけでなく、民間を含めて幅広い場で活躍する者と想定してきたと言います。それを踏まえて、“つなぐ”人材の育成における2つの軸足を示しました。「まず科学技術の倫理的・法的・社会的課題(ELSI)。ELSIへの理解を深め、科学技術と社会にまたがる課題や可能性を探るセンスを培うことを重視しました。もう1つは、公共的関与(Public engagement)。社会のさまざまなステークホルダーが政策のプロセスに関与できるよう、実践的な方法論や、背景にある理論を深める教育を行ってきました。」と報告しました。
また、その取り組みにおいて、ELSIやPublic engagementの基礎知識がない学生を相手に大学院のプログラムを行うことの難しさや、学際的な教育を行う上で文系学生を巻き込む必要性を述べました。
科学技術振興機構(以下、JST) 社会技術研究開発センター(RISTEX)「科学技術イノベーション政策のための科学研究プログラム」統括の山梨大学大学院総合研究部 教授の山縣 然太朗 氏は、10年間取り組む中で見えてきた、政策実装型研究開発に求められる要件について、「中でも中間人材、中間組織による媒介が非常に有効だった。」と述べました。
また、研究者側から政策に向けたシーズ・オリエンテッドなアプローチと、政策側からのニーズに答えるニーズ・オリエンテッドなアプローチ、その両方が必要であることも見えてきたと説明しました。しかし、前者には、政策担当者の要望(wants)がないことを認知してもらう難しさがあります。一方、後者には、すでにニーズがあることから比較的受け入れられやすい一方、社会環境の変化を見据えた長期的なテーマを研究課題として扱うことの難しさがあると指摘。そのため、山縣氏は、「研究としてできることは、エビデンスの創出、政策案の基本的なデザインの検討、そして、その提案まで。制度化まで行うことは現実的に困難でした。」と振り返りました。
JST 研究開発戦略センター(以下、CRDS) 副センター長の倉持 隆雄 氏は、SciREX事業創設のきっかけになったCRDS調査報告書『科学技術・イノベーション政策の科学』(2009年10月発行)で議論されている問題意識や、STI政策のための科学を進化させていくための場の形成、そのために必要な事項は、今もなお有効であると振り返りました。「俯瞰調査や戦略プロポーザルを検討するにあたり、投資効果やイノベーションエコシステムの理解はとても難しい課題だと日々痛感しています。これにチャレンジするSciREX事業の努力を非常に評価したい。」と述べました。その上で、理化学研究所の理事として事業仕分けに対応した経験などから、初心を忘れず、国民にその姿を分かりやすく示すことが大事であるとも述べました。
去年の科学技術基本法の改正により、科学技術とイノベーション振興は車の両輪と明示され、国家戦略性も高められている中、倉持氏は「STI政策の幅が広がり、他の重要政策との連動もこれまで以上に意識されることが予想されます。STI政策の体系化とともに、その基礎となるSTI政策のための科学が、他の政策のための科学と何が違うのか、どうつながっているのかを明確にしていくことが必要です。」と語りました。
10年間の取り組みから明確化した課題
パネルセッション2では、目指す姿と現状のギャップについて意見やコメントが共有されました。
人材育成の中核的拠点の立場から、東京大学公共政策大学院・法学政治学研究科 教授の城山 英明 氏は、これまでの成果を踏まえて次のステップに進むためには、人材育成の体系化や方法論が必要だと述べました。また、それらは現場の事例や行政のプラクティスをベースに抽象化し、また現場に戻すサイクルを回しながら作っていくものだと強調しました。「東京大学では(SciREX事業を)修士課程レベルのプログラムとして扱ってきましたが、博士課程レベルでも科学技術政策のストリームを作り、理系出身者に来てもらうことを始めています。」と報告しました。また、共進化実現プロジェクトの試みによって社会実験ができるようになりつつあることはよい傾向だとし、「行政担当者自身が、どのように問題定義するか、何をするかを含めて考え始めています。この何をするか、どういうエビデンスが必要かを考えるようなプロセスで連携することが、(SciREX事業が)次のステップに上るきっかけになると思います。」と述べました。
次に九州大学科学技術イノベーション政策教育研究センター センター長/教授の永田 晃也 氏は、共進化の意味合いが地域や時代によって違うことを考慮するべきだと指摘。また、参画する拠点大学や共進化実現プロジェクトに関わるメンバーが固定化していることを懸念しました。「これがコミュニティの成長過程にとって制約になりかねない。一種の経路依存性にはまり、ロックインされている状況を解除して、新たな進化の過程に乗せていくことが今後の大きな課題になるのではないでしょうか。」と述べました。
文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)第2研究グループ総括主任研究官の富澤 宏之 氏は、政策立案や評価に使うデータの整備や標準化、活用を推進する立場から、取り組みと課題に触れました。NISTEPの取り組みとしては、最初から科学技術政策研究で重要性の高いデータ情報基盤を作ろうとしてきたこと、政府がファンディングする研究課題全てに体系的な番号を作り、それを論文の謝辞に書いてもうことでファンディング効果を把握するようなソリューションを提案してきたことを紹介しました。また、ここ3年ほどで、内閣府がe-CSTI*を公開するなどエビデンスデータの整備が飛躍的に進んできた一方、「政策に役立つデータは一部です。また、データを整備すれば、良いエビデンスが得られるわけでありません。エビデンスを出すことは本当に簡単ではないのです。その点で、世の中の人々の期待を裏切らないかを非常に危惧しています。」と述べました。
文京都大学学際融合教育研究推進センター政策のための科学ユニット ユニット長/教授の川上 浩司 氏は、STI政策のための科学の視野を広く捉え、SciREX事業が地域や民間とどのように関わるべきか考え直す節目を迎えていると指摘しました。その要因は、デジタル化やDX、ブロックチェーンなどの技術の発達と、これに伴うグローバル社会の急激な変化にあると言います。川上氏は、「京都大学では、産学連携だけではなく、知財やアントレプレナーシップに取り組んでいる組織もあります。そのようなところでも、同様の問題意識や取り組みがあるのではないかと感じています。また、民間にも小規模でも卓越した技術や科学的な哲学を持つ会社がたくさんあります。”越境するリエゾン”をSciREX事業がどのように捉えるかを、地域や民間を含めて俯瞰的に見直し、再考する必要があるでしょう。」と述べました。
パネリストの発表を受け、黒田氏は、情報の進化によって(科学技術と)社会との接点が変化し、今まさに、これからのSTI政策の進め方が問われているとコメントしました。具体的には、どのようなエビデンスをどのような方法で捉えるか、そして情報科学のツールをどのように使うかだと示しながら、黒田氏は「本来の科学の観察という所に戻って、(科学技術政策の)構造を解析することが問われています。」と述べました。
続いてSciREXアドバイザリー委員を務める三菱UFJリサーチ&コンサルティング 主席研究員の吉本 陽子 氏は、日本の特徴としてセクター間での人材の流動が乏しく、「行政官の方は行政の世界しか知らず、研究者の方は民間や行政の立場に立ったことがないところで一生懸命コミュニケーションをとろうとしている印象です。」と指摘しました。さらに行政のローテーション人事で担当者が変わることにより、企画立案時の段階からプロジェクトの勢いが落ちてしまい社会実装される政策になっていかないと考察し、「残念なことが起きている。」とコメントしました。
また、省庁間での研究課題の重複が多発していることも指摘し、「驚くほど省庁の方は他の省庁の動きを把握しておらず、すでに他の省庁で研究し尽くされているテーマを改めて課題として設定しているように見えています。これは日本全体で見ると非常に知的資源の無駄になってしまいます。」と述べました。
パネルセッション2の最後に、SciREX事業立ち上げ当時、文科省側の担当であった文部科学省文教施設企画・防災部計画課 企画官の藤原 志保 氏は「10年前から想像していたよりもすごく進んでいました。」と印象を述べつつ、今後は、SciREX事業に関する対外的な発信の強化、重ねてきた取り組みを次のステップにつなげるグッドプラクティスの確立、そして変化が加速する中でSTI政策のための科学の範囲の再検討が必要だと指摘しました。
この指摘の理由として、藤原氏は、「科学技術政策と言いつつ、文科省の中でも高等教育政策との垣根はなくなりつつあります。その中で、ここ(SciREX事業)でやらなければいけないことや、他の政策のための科学とつながって得られることを先読みして考えていく必要がありそうです。」と述べました。
新しいステージに向けて