第3回SciREXオープンフォーラム「科学技術イノベーション政策の新展開」
政策立案機能の更なる高度化に向けて、
EBPMが果たす役割
パネルディスカッション:いかにエビデンスに基づく政策形成のサイクルを回すか?
パネルディスカッションでは、会の冒頭に林氏が提示した3つの検討事項を議論しました。
1.科学技術イノベーション政策におけるEBPMとは何か
宮本氏は、政策オプションを提示するための判断材料となる情報の必要性に触れました。日本全体として何が起こっているのかを把握することは容易ではなく、把握するためのデータを集めたとしても、相関関係は見えるが因果関係は測定できないとした上で「因果関係を見るにはディスカッションするしかない。乱暴な議論にならないようにディスカッションを促進する上では、やはり、色々なマクロの相関関係をちゃんと押さえることが非常に重要になる。」と述べました。この具体例として日本の科学技術予算の割り振りを挙げ、「長期的で安定的な交付金か、能力差に対して選択と集中を図った競争的資金か、どちらかをなくすという超両極端な2つの選択肢では皆が『間違っている』となる。その間のどの辺りが解なのか。その議論に、日本全体から集めたデータからどのような相関関係があるかが見えるようにベースとなるエビデンスが必要」と説明、議論に臨むそれぞれが同じデータを見て論陣を張ること、ベースとなるエビデンスをごまかさないことが大事だと強調しました。
菱山氏は、何が政策目的の指標としてあるべきかに触れました。「研究力が下がっているというときに、どの数値が研究力なのか。論文は測れる指標、エビデンスの1つだが、それだけではないだろう。今は研究力を測るためにどのデータを用いれば良いかのコンセンサスが得られていない。ただ、最近はさまざまな政策でロジックモデルが作られてKPIもあるので、そのKPIを全部集めると何かしら見えてくるのではないか。」と述べました。
亀井氏は、科学技術イノベーション政策におけるEBPMには、各政策課題それぞれに対して、マクロ・セミマクロ・ミクロの議論があると述べました。マクロの議論については、ロジックモデルを作り、宮本氏が話したような“データに基づく開かれた政策対話”を国民にも見えるかたちにするために、どういう相関があるかを因果に読み解き、きちんと説明するためのエビデンスが重要であると説明しました。セミマクロの議論は、社会の情勢や日本の強みなどを根拠とした(内閣府や各省庁の)分配に対する意思についての議論で、「実際にやってみてどうだったか後で振り返る方法はあると思うが、その意思が妥当かどうかは、日本が抱えている社会課題や日本の強みなど、今日出てきたようなデータではないデータで、きちんと政策の意思決定者が説明する必要がある」と説明しました。ミクロの議論については、個別の政策のマネジメントに対して用いられるエビデンスが適切ではない場合があるという指摘で、際して「マクロ・セミマクロ・ミクロのKPIの形が、それぞれ全然違うということを科学技術政策に携わる人間がリテラシーとして持たなければいけない。これが今、やや無秩序に入り混じった状態で議論されている。」と述べました。
2.現在の制度や仕組みの中にEBPMをオペレーションとしてどのように落とし込むか
この事項に対して林氏から出された質問、本当に内閣府や文部科学省がエビデンスに基づく政策形成をするのだろうかについては、パネリストから、ポジティブな関与の重要性が語られました。「EBPMはポリシーメイキング。データを集めることは、料理するために必要な素材を集めてくることと同じ。メインは“料理をする部分”。しかし、自分が主張したいことに合ったもの、得たいデータになることが保証されるならば協力するというメンタリティの方に、いくら料理人が食材をいっぱい用意しても役に立たない。ここを変えていくことがものすごく大変。」という宮本氏の発言に対し、亀井氏からは、「今の話は極めて重要。大学人や官僚機構がRightnessではなくLegitimacyをやっている。専門性・合理性ではなく、その立場で言う、〇〇先生も言っている、というふうにやっている。ここを反省しないと、選挙で選ばれたのではないのだから、ずっと政治家に押されっぱなしになる。」といった意見が出されました。また、菱山氏からの「(欲しくてもエビデンスとなる)データがない、いい情報が取れていない可能性もある。しかし、調べると出てくるものもあるのではないか。」という意見には亀井氏も賛同し、「データがない場合は最初からデータを取る、モニタリングすることも入れ込んで事業を設計することも大事」だと補足しました。
関連した聴衆からの「ニーズに対する定量化、ニーズ側のエビデンスをどう作っていくか」という質問に対しては、「例えば製薬企業には、いまだに治療法が見つかっていない疾患に対するアンメット・メディカル・ニーズ(Unmet Medical Needs)を捉えようとする考え方がある。もしかすると、他の分野ではニーズの定量化ができているのかもしれない。」(菱山氏)、「『ニーズは分からない』と諦めるのではなく、調査手法を工夫して、官僚機構のインテリジェンス機能をちゃんと高めることが重要。」(宮本氏)といったコメントがありました。
3.EBPMを実現する体制とは
この事項に対しては、林氏から出された「内閣府に権限が集中していることに加え、色々な“本部”において府省横断的な計画できている中で、各府省でエビデンスに基づいて独自に政策形成する余地があるのか」、聴衆からの質問と絡めて出された「これまでの学術的な知見をどういう形でEBPMの中に活かしていくか、その中で大学等の研究者との連携をどう考えていくか」の2つの質問がありました。前者に対してはパネリスト3名とも余地はあるとの見解でした。「ロジックモデルを用いて、最後のインパクトに向けて途中のアウトカムは各省庁が、全体としては内閣府が取り仕切るモジュールを自覚することが必要。」(亀井氏)、「内閣府が強化されてきてはいるが、事業実施するのはあくまでも各事業官庁の現場がやっていくもの。」(菱山氏)、「各事業官庁と内閣府の上手い連携ができれば日本全体がうまくいくようになる。」(宮本氏)と発言しました。後者については、「例えば、我々が集めたビッグデータの解析に最先端の技術者の分析的な手法やAI技術を動員するような、新たな学術的知見を作っていく。」(宮本氏)などの回答がありました。
最後に聴衆から寄せられた、「シーズからニーズがどう充足されているかの分析は可能か」「ニーズを比較して政策の価値判断ができるのか」の質問に対して、亀井氏は「たぶん、ニーズをマクロだけでなく、セミマクロレベル、あるいはミクロでも見なければならない。そして、政策のどこにリソースを張るべきかを対話して『こちらの方が(対策を優先すべき)問題だ』ときちんと議論することが重要。」と述べました。
このような議論を経て、林氏は「エビデンスをどう政策に落とし込んでいくか、もうそういうことをしていかなければいけない(情勢である)。それぞれの立場でエビデンスに基づく政策形成を支援する取り組みをしていただきたい」とのメッセージを伝え、会を締めくくりました。
プロフィール
宮本 岩男(みやもと いわお)
内閣府 政策統括官(科学技術・イノベーション担当)付参事官
東京大学にて理学(生物学)修士修了後、1995年に通商産業省入省。2002年に米国ジョージタウン大学経営学修士(MBA)修了。大学関係の担当部署としては、2004年~2006年に大学連携推進課課長補佐、2014年~2016年に大学連携推進室長、2018年より現職。
菱山 豊(ひしやま ゆたか)
文部科学省 科学技術・学術政策研究所長
東京大学医学部保健学科卒、1985年に科学技術庁入庁。以降、文部科学省研究振興局のライフサイエンス課生命倫理・安全対策室長やライフサイエンス課長のほか、内閣官房健康・医療戦略室次長、研究開発法人日本医療研究開発機構執行役および理事、文部科学省科学技術・学術政策局長を務めてきた。2020年10月より現職。
単著に「生命倫理ハンドブック」(築地書館)、「ライフサイエンス政策の現在」(勁草書房)。
亀井 善太郎(かめい ぜんたろう)
PHP総研主席研究員、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任教授
慶應義塾大学経済学部卒業。日本興業銀行、ボストンコンサルティンググループ、衆議院議員等を経て現職。統治機構、財政・社会保障、政策立案・評価分野等を中心とした政策研究と実践、民の立場からの社会課題解決に取り組む。内閣官房行政改革推進本部歳出改革WG委員、内閣官房行政改革推進本部参考人(EBPM推進、政策立案支援)、総務省行政評価局アドバイザー、文部科学省EBPMアドバイザー、外務省ODAに関する有識者懇談会委員等、統治機構や政策立案・評価を中心に政府の各種会議体に参画。
林 隆之(はやし たかゆき)
政策研究大学院大学 教授
東京大学大学院総合文化研究科修了。博士(学術)。大学評価・学位授与機構評価研究部助手、同助教授、同教授を経て2018年4月より現職。研究活動および科学技術政策の評価システム・手法・指標を研究対象としており、文部科学省、内閣府、国立大学協会などの審議会や評価関係の委員会の委員を複数務める。