科学技術イノベーション政策の科学教育プログラム(STIG)
これからの政策ガバナンスに必要な
問題設定力・アセスメント力を
異分野・異領域融合による学びの
相互作用で養成
東京大学公共政策大学院
法学政治学研究科 教授(STIG)
城山 英明
(しろやま ひであき)
東京大学公共政策大学院 科学技術イノベーション政策の科学(STIG)教育プログラムは、科学技術ガバナンスの担い手を育成する、主に修士課程学生を対象とした大学院横断型教育プログラムとして、2013年度に開始されました。これまで着実に、中央省庁等において政策形成に携わる人材、科学技術イノベーション(STI)政策の研究者、研究開発機関や企業等でSTIの舵取りを行う研究開発マネジメント人材を輩出し続けています。
「科学技術イノベーション政策の科学」が対象とする範囲は幅広く、経済学、経営学、政治学、社会学などさまざまな学問領域が関係します。政策形成の実践の場で活用しうる知の獲得がかなう学びの環境構築は容易なものではありません。限られたリソースで、どこに軸足を置きながらどのような発展を遂げ、今後を展望しているのかをお聞きしました。
- 必要な知識獲得と共に、事例研究を通じて多様な解決策を丹念に拾い上げ、本質的な問題設定力を強化。
- STI政策に関わる人材に必要な異分野横断的な学び(知識や技能の獲得)を体系化し、履修モデルを示すことによって、目指す人材像に応じた科目選択を可能にした。
- 多数の実務家教員配置も活かして、政策プラットフォームセミナー(以下、PoPセミナー)をデザインした。通算102回(2021年3月17時点)実施。
- オムニバス講義と事例研究グループワークで構成する計13回の必修授業を2014年度から毎年度実施。毎年約50人が参加。異分野横断的な協働を通じて問題解決を図り、政策を企画・立案・分析するための素養を身につける機会とした。
- 「科学技術イノベーション政策の科学」コアコンテンツの「科学技術イノベーションのガバナンス及び政策形成プロセス」部分の作成に貢献した。
- 今後、プログラム提供対象を博士課程の学生やエグゼクティブ・トレーニングを望む社会人にも拡大し、外部資金に頼らず運営できる新たな財源確保と総合大学のメリットを活かして、持続可能な体制を目指す。
―これまで8年間の教育プログラムを振り返り、計画通りうまくいった点や課題が残る点について教えてください。
城山: STIGでは、STI政策に関わる人材に必要な異分野横断的な学びの機会を提供しながら、目指す人材像に応じた科目選択がしやすいよう履修モデルを示しています。また、必要な知識や技能獲得と共に、事例研究を通じて、多様な解決策を丹念に拾い上げることによって本質的な問題設定の仕方を学ぶ、問題設定力の養成を重視しています。
例えば、「個人特定とトレーサビリティの技術」1つ取っても、適切な管理のあり方、経済評価、ビジネスモデルといったそれぞれの側面から問題を考えることができます。また、同じ側面からでも、平常時と災害時では異なるでしょう。特定の問題だけに捉われないこと、問題によって必要なエビデンスも異なり、さらに解決方法も複数あるのだということをきちんと教えようとしています。
こうしたことが共進化実現プロジェクト*で活かされた場面があります。行政官と大学側がやり取りする中で「実はこういう問題設定がより良いのではないか」と提案し、書き換えた例がありました。設定された問題には、プロジェクトに携わる行政担当部署と研究者だけでなく、役所内の複数の部署が関係していますから、役所内での相互作用によっても新たな問題設定のアイディアが出てくる。エビデンスは確かに重要ですが、その前提となる問題設定の仕方も重視する必要があるというのが我々の主張です。
それから、我々のプログラムの特徴なのかもしれませんが、SciREX事業全体の趣旨に沿って、政策決定プロセスの話と、そこで使うさまざまなエビデンスをどうやって作るか、その両方を教育することと同時に、総合大学のメリットを活かして各論の話にもきちんと取り組んでいます。各論というのは、医療、パブリックヘルス、宇宙、海洋、エネルギー、航空、デジタルなどです。こういう個別分野の話は関係する領域がバラバラで学際的です。工学系や公共政策、あるいは医学系。そういう各論をパッケージで提供して、学生が興味を抱く個別の応用分野にも触れる機会を作り出したことには、意義があったと思っています。
その成果は、修了生の進路にも表れています。現状、毎年15人ぐらいの修了生をコンスタントに輩出できており、その結果、境界領域に関心を持つ、プログラムが養成したかった人材像を、バランスよく、社会で実需のある部分に送り出しています。これまでの修了生全体で32%が官公庁、29%が産業界、17%がシンクタンクやコンサルティング、17%が大学研究職や進学などアカデミアへ進みました。この点については、それなりにうまくいったと感じています。
*共進化実現プロジェクト:文部科学省の具体的な政策ニーズをもとに設定した研究課題に対して、研究者と行政官が一緒に研究を進めるSciREX事業が実施するプロジェクト
―教育する内容や学生側のニーズはこの間変わってきましたか?
城山: 全体として、ニーズへの対応は教員と学生が互いに補完的だったと感じています。教員が新しい分野でやりたいと思っているようなことが、学生にとっても、ある種フロンティアで、面白いと思って参加してくれたと思っています。
より実践的な知識獲得を望む履修生ニーズはあります。そもそも本学の公共政策大学院は専門職学位課程なので、一定比率、実務家教員、例えば経済産業省でエネルギー政策に携わられてきた方などがおりますので、学生にとっては公共政策の実務家に接する機会は結構あります。こういった実務家教員配置も活かして、産・官・学をつなぐプラットフォーム構築の場として、多様な講師陣によるPoPセミナーを通算100回程度実施しています。でも、学生から「もっと色々実践的な取り組みに関わる人に会いたい」という声があり、講師の幅を広げていかなければならないと思っています。
また、STI政策について、政策形成や必要とされるエビデンスの構築に携わる能力、科学技術イノベーション政策を研究する能力を養う必修授業「事例研究(科学技術イノベーション政策研究)」を2014年度から毎年度実施しています。オムニバス講義と事例研究グループワーク、計13回で構成するもので、毎年度約50名が参加しています。講師は、他の拠点校などから招へいしています。
具体的には、広義の科学技術イノベーション政策に関わる主要な論点について座学で学習した後に、政策プロセス・制度またはエビデンス構築を対象に、いくつかのグループに分かれて事例研究を行います。最終的にはお互いに発表を聞き合い、発表も履修評価に反映されます。この体験を通じて、(政策形成や研究は)必ずしも特定の問題設定ややり方に収まらないことを教えるのです。学生には、個別の専門領域に閉じることなく、横断的な協働を通じて問題解決を図り、政策を企画・立案・分析する素養を身につけることを期待しています。
博士レベルの需要に今後どう応えていくか