SciREX事業の成果フォローアップ調査2024の結果概要
「関係作り」について外部関係者へのインタビュー
フォローアップ調査の分析と並行して、これまでのSciREX事業の教育活動や研究活動を通じてつながりができた外部の関係者との関係形成の経緯をインタビュー等の質的調査によってまとめた。外部関係者へのインタビューは2024年12月から2025年1月にかけて4件、オンラインで各1時間程度実施した。このうち、福岡県および福岡地域戦略推進協議会(FDC)はCSTIPSとつながりのある外部関係者である。岩手県立大学総合政策学部の杉谷和哉氏はもともと京大STiPS履修生であるが、現在は気鋭のEBPM研究者である。また、神奈川県立保健福祉大学ヘルスイノベーション研究科の黒河昭雄氏もRISTEX科学技術イノベーション政策における「政策のための科学」プログラムを担当するアソシエイトフェローであったが、現在も同プログラムの推進委員を務めている。杉谷氏・黒河氏ともSciREX事業のようなEBPMを研究対象としており、他の関係者よりもSciREX事業についての客観的・俯瞰的な知見を持ち合わせていると判断したため、外部関係者としてインタビューを行った。本稿ではこのうち、福岡県と黒河氏の事例を紹介する。
事例① 福岡県 企画・地域振興部 調査統計課
CSTIPSでは2019年11月、EBPM推進事業の一環として「人口減少社会を迎える2040年の九州を考える~未来を見据えた政策立案のために~」と題したフォーラムを福岡県と共催した。福岡県では同時期に庁内における内部意思決定にEBPMの活用が模索されていたが、九州大学と本格的な連携を実施するのは両者が2022年4月に包括連携協定を締結してからとなった。同2022年度に福岡県企画・地域振興部調査統計課は課内にデータ利活用班を設置、CSTIPSとの共同研究を再開した。その後、福岡県とCSTIPSは2024年2月に福岡県EBPMシンポジウム「勘より証拠」を共催。同シンポジウムはおよそ350名が参加し、90%の参加者が満足したとの回答を寄せ、県では、行政担当者がすぐに取り組める事例や、取り組み方についての示唆を与える内容であったことが要因と分析している。参加した他県の関係者がその後、福岡県に視察に訪れるほどの反響があった。
福岡県の調査統計課ではCSTIPSと組織的に関わっているというより、担当教員である永田晃也氏や小林俊哉氏と直接協議をする形で連携している。同課でEBPMのために統計分析に取り組もうとして永田氏に相談したところ、経済学研究院の浦川邦夫教授を紹介された。同課では浦川氏と2023年度から共同研究を実施し、合計特殊出生率と正規従業員数割合や純移動率などの社会経済指標との相関分析等を行った。福岡県では国レベルでの少子化対策へのコミットメントを受けて政策的な取組を検討していたところ、浦川氏が社会保障や格差、貧困を研究テーマとしていることもあり、行政と研究者の双方のニーズがうまく合い、研究が前進した。共同研究成果は2024年3月に「福岡県出生率要因分析報告書」としてまとめられ、福岡県と九州大学の連名で公表された。シンポジウムの開催や報告書の公表を受けて、県内の各市町村から福岡県に人口推計などの相談が寄せられることもある。ただし、こうした取組を自治体における政策形成の参考にするというよりも、現状の把握に役立てたいといった意味合いが強い。
事例② 黒河昭雄氏(神奈川県立保健福祉大学)
RISTEX科学技術イノベーション政策における「政策のための科学」研究開発プログラムは評価委員がプログラム評価の枠組みで評価するが、ここでの成果は特定の課題に対する問題解決のための知識形成の側にシフトしている。その評価結果をもとにSciREX事業として評価されることになるが、SciREX事業の成果としてRISTEXプログラムがどのように位置づけられるかについては注意が必要である。
その前提で、黒河氏によればRISTEXプログラムで採択された研究開発プロジェクトがどのように政策形成につながったかについては、4つの類型で考えられるという。
- ① 移行型:研究者が政策担当者との意見交換を通じて問題意識やニーズを聞き出しながら、ボランティアで助言を行ったり、場合によってはデータの解析を請け負うなど、非公式にゆるやかな関係性を構築したのち、委受託や研究助成のような枠組みや審議会委員の委嘱などの継続的で信頼感のある公式の関係性へ発展していくもの。代表的なプロジェクト(PJ)として、西浦PJ(H26採択)、貝戸PJ(R1採択)、仲田PJ(R3採択)、加納PJ(H25採択)など。
- ② 課題設定型(合意形成型):顕在化していなかったり未成熟な政策課題に対して、ステークホルダーを巻き込みながら合意形成を重ねることで課題設定を目指す。政策担当者に中長期的な政策対応の必要性を認識させるとともに、今後の計画策定などに向けて参照される知見を提供するもの。香坂PJ(R2採択)など。
- ③ 伴走型:すでに顕在化している実際の政策課題に対して政策担当者やステークホルダーからの協力要請を受けて研究者がデータの解析・提供やコンサルティングなど具体的な関与と貢献を行うもの。政策担当者のニーズが必ずしも研究者の学術的な関心と一致するわけではないため、ギャップを埋める対話によってお互いの関係性の構築と維持が重要となる。伊藤PJ(H30採択)など。
- ④ アウトリーチ型:プレスリリースや一般書の発刊、ビジネスセミナーへの登壇など、研究成果のアウトリーチの結果として科学的知見が政策担当者に認識されるが、主に研究開発のコンセプトやアイデアのみが利用されるもの。牧PJ(H29採択)、横山PJ(H29採択)など。
政策形成への貢献という点では、感染症対策における数理モデルを活用した政策形成プロセスの実現を果たした西浦PJをはじめ、貝戸PJや仲田PJなど、政策的なインパクトが明らかなPJは複数あるが、アディショナリティという観点からすると、RISTEXの助成がなければ研究が進まなかったというPJは必ずしも多くはない。たとえば、経済産業省における新たな医療機器開発ガイドラインの策定プロセスの提案と実装※2、日本学術会議における提言※3 のとりまとめを行った加納PJなど、少数の事例にとどまるとみられる。また、アウトリーチ型PJのなかには牧PJのようにRISTEXの事後評価時点では必ずしも評価が高くなかったものの、PJ終了後にあとから社会的・政策的インパクトが高まったものもある。実際、牧PJの研究開発テーマである「スター・サイエンティスト」については2024年の内閣官房の政策文書に反映され、日本における創薬エコシステムの中核人材として位置づけられている※4。
自由記述等から抽出した具体的な成果事例
2020年および2024年のフォローアップ調査の自由回答の記述内容、上記インタビュー調査記録に加え、学生ニーズ調査、本誌『SciREX Quarterly』などの公刊物を参照し、SciREX事業が政策形成につながったり影響を与えたりした具体的な事例について抽出・整理した。なお、学生ニーズ調査とは、2020年度を除く2013~2023年度の各年に実施したもので、各拠点教育プログラムを受講した大学院生に対するグループインタビュー調査である。11回の調査対象者は延べ337名に及ぶ。
SciREX事業が政策形成の実務に貢献した例として、文部科学省の審議会資料※5でも言及されている通り、「科学技術外交の戦略的推進」「北極圏問題についての我が国の総合戦略」「デュアルユース技術」が、科学技術における外交と安全保障に関する取組として紹介されており、フォローアップ調査でもGISTの教職員によって報告されている。このほか、GISTの研究成果は、運営費交付金配分の方式やそのための指標の設定や、内閣府の第3期戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)でプログラムディレクターによる府省間連携機能の強化などに反映されているという。
一方、京大STiPSでは地方自治体での成果活用が挙げられている。京大では10年ほど前から神戸市の母子保健、赤ちゃんの健診結果をデジタルデータとして保管し、健診データを分析・研究してきている。2021年1月に開催された第3回SciREXオープンフォーラムでは神戸市健康局健康企画課課長の三木竜介氏が登壇しているが、三木氏は京大STiPS修了生でもあり、京大STiPSが取り組む健康情報の利活用について神戸市との連携を進めていた。また、同フォーラムに登壇したカール・ベッカー京大教授は、神戸市と協力してアドバンス・ケア・プランニング(ACP)についての分かりやすい事前指示書に関する情報提供と、信頼できるサイトや窓口を提案していると語っている。
CSTIPSでも、地域STI政策支援システムRESIDENSを通じた地方自治体に対する具体的な成果が挙げられており、フォローアップ調査でも「RESIDENSの自治体における利用と、RESIDENSを契機に生じた自治体との連携活動の開始などの事例があります」と報告されている。自治体との連携活動には、前述の福岡県との共同研究や、北九州市の環境国際政策などが例として挙げられる。
STIGでは、宇宙政策への貢献が挙げられる。共進化実現プログラム第IIIフェーズでは、鈴木一人氏が研究代表者を務める「我が国の宇宙活動の長期持続可能性を確保するための宇宙状況把握(SSA)に係る政策研究」(2023年度-2025年度)において、人工衛星や宇宙デブリの軌道を特定する宇宙状況把握(SSA)に関する我が国の自立性の確保と民間事業者を含む国際枠組みの構築に向けた政策アプローチの特定を進めている。鈴木氏は内閣府宇宙政策委員会の委員であり、2024年3月に公表された「宇宙技術戦略」において「国内における官民相互の宇宙状況把握に関する情報共有の枠組みの構築」が将来像として明記されている。
このほか、RISTEX「政策のための科学」プログラムにおいて横山広美氏が代表を務める「多様なイノベーションを支える女子生徒数物系進学要因分析」プロジェクトの成果として、数学・物理の男性イメージを説明する新モデルを検証し、文部科学省の人材委員会や自著、メディア等で広めた結果、令和2年度予算に閣議決定された科学技術イノベーションを担う女性の活躍促進「特性対応型」予算の新設につながったとされる。
その他の効果・影響








