第52回SciREXセミナー開催報告「共進化」の観点から振り返る
研究者と行政官の協働
~科学技術イノベーション政策の進展にSciREX事業が果たしたもの~

科学技術イノベーション政策における「政策のための科学」推進事業(SciREX事業)は、最終年度・15年目の節目を迎えています。2025年7⽉3⽇にライブ配信(Zoomウェビナー)で開催した第52回SciREXセミナー「SciREX事業における共進化の現在地~研究者と行政官の協働の過程を振り返る」では、事業発足当初から掲げられていた「共進化」の過程を振り返りました。
SciREX事業における共進化は、エビデンスに基づく政策形成(以下、EBPM)の実現に向けて、政策のための科学の発展と政策形成の進化が相乗的になされるさまを指します。一方、共進化実現プログラムは、国の具体的な政策課題に基づいて、政策担当者と研究者とが対話をしながら研究課題を設定し、共に研究を進めることを指しています。
今回は、共進化実現プログラムによる成果と現在地を、研究者と行政官の協働による研究を通じた共進化にフォーカスして確認、議論した上で、事業終了後の展望を話題提供者やディスカッサントと共に語りました。
科学技術イノベーション政策におけるEBPMへの挑戦から始まった15年

まず、ファシリテーターを務める未来工学研究所 主任研究員の安藤二香氏が、SciREX事業の概要を説明しました。同事業は、2011年に文部科学省の補助事業として開始されましたが、その背景には、2005年に米国大統領科学補佐官が提唱した科学技術イノベーション政策(以下、STI政策)のためのEBPMの強化があります。具体的には、NSF(National Science Foundation)がSTI政策の科学的基盤を発展させる研究を支援するファンディング・プログラム「SciSIP」(現在はSoS:DCI(Science of Science: Discovery, Communication, and Impact)プログラムに改編)を開始する、省庁連携タスクグループ「SoSP-ITG」を発足するなど、米国が取り組んだ研究へのファンディングやデータベース整備等が契機となったと言います。また、2009年に我が国の民主党政権下で行われた事業仕分けによって、厳しい財政状況の下、政府の研究開発投資も含めて、STI政策に関する国民への説明責任が高まり、文部科学省が危機意識をもってEBPMに取り組もうとしたことも挙げられました。
このような背景の中、当時の日本ではEBPMを推進するための基盤や環境の整備から取り組むことが必要との認識がありました。そのためSciREX事業は、エビデンス把握のためのデータベース基盤整備や、EBPMを担う政策担当者や研究者、政策と科学をつなぐ人材の育成、そして育成した人材が活躍できる多様なキャリアパスの確立などを目指し、15年という長期事業として設計されました。その事業の核となるコンセプトが共進化でした。これはSTI政策のための科学の深化と、エビデンスに基づく政策形成の実現に向けた政策形成プロセスの進化、この二つを車の両輪としてSTI政策におけるEBPMの実現を目指そうとするものです。こうしてSciREX事業では、研究のみならず、人材育成やネットワーク構築も含めたさまざまな複合的な事業として発足しました。
共創型アプローチへの転換
歩んできた15年間は3期で構成されています。研究面では、RISTEXでの公募型の研究やNISTEPでの政策課題対応型調査研究が行われてきたことに加え、第一期から各基盤的研究・人材育成拠点における研究が実施されています。第二期ではそれに加え、政策形成の実践につながる具体的な成果の創出を目指す重点課題に基づく研究プロジェクトをまず3年間走らせました。しかし、研究成果が政策形成に直接影響を与えた例は必ずしも多くなかったとの振り返りがなされたことから文部科学省では、「政策に具体的貢献ができるような成果の創出や行政官と研究者の真の共進化の推進を強力に実現させるため」、第二期の途中から共進化実現プログラムの第Ⅰフェーズを開始したのです。これが第三期の第Ⅱフェーズ、第Ⅲフェーズへと続き、現在に至っています(図1)。
図1:SciREX事業の年表(概略)
出所:SciREXアドバイザリー委員会(第21回)参考資料1「SciREX事業の変遷・年表」を基に未来工学研究所作成
ここで安藤氏は、研究プログラムの変遷を行政官の関与の移り変わりと共に説明しました(図2)。重点課題に基づく研究プロジェクトは、第5期科学技術基本計画で提示された課題に対して拠点の研究者が中心となり研究プロジェクトを立ち上げました。また、行政官の参画を呼び掛けてはいたものの断続的で、研究者主導のシーズプッシュ型のアプローチだったと言えます。それに対し共進化実現プログラムでは、政策担当者のニーズを一覧化し、関心のある政策ニーズに研究者が手を上げ、対話をしながら政策研究課題や研究計画を提案するニーズプル型となり、行政官を実施メンバーとして制度的に参画させることで、共創型のアプローチへ転換していったと捉えることができます。
図2:SciREX事業における研究プログラムの変遷
出所:未来工学研究所、『「科学技術イノベーション政策における「政策のための科学」推進事業を分析するためのエビデンスに関する調査」報告書』(令和6年度文部科学省委託調査)、2025年3月。
安藤氏は、この振り返りを踏まえて今回議論したい4つの問いとして、①研究者と行政官の協働による研究プロジェクトのアウトカムやインパクトとはどのようなものか、②研究者と行政官が協働する上で重要なポイントや困難な点としてどのようなものがあるか、また、それらをどのように乗り越えようとしてきたか、③研究者と行政官の協働による研究の取り組みは共進化の観点からどのように評価できるか、④共創型の研究プログラムはEBPMの実現に向けた1つのモデルとなりうるかと発展可能性について、を提示しました。
フォローアップ調査から得た共進化実現への鍵 ~定性的な分析から検証

次に、SciREX事業に初期から関わり自らも調査を担当したEY新日本有限責任監査法人の吉澤剛氏が、2020年度と2024年度に実施したSciREX事業のフォローアップ調査の分析、また、SciREXセンターの共進化方法論に関する調査研究※1の枠組みで2021年度と2022年度に行った委託研究の調査結果を元に、SciREX事業における共進化の実態と成果を説明し、話題提供しました。
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SciREXセンターでは、SciREX事業第3期において、SciREX事業発足当初からの時代変化や共進化を目指す類似のアプローチ、他国の事例、共進化実現プログラムにおける取組事例等を踏まえながら検討する共進化方法論に関する調査研究を実施している。
SciREX事業における共進化概念の再定義と、従来のEBPMモデルに収まらないEBPM
まず、共進化について理論的に整理しました。吉澤氏は、知識の共同生産や交流という理解を超えて、トランスディシプリナリー研究の知見を援用し、「研究者と行政官の視点・関心、さらにはアカデミーや行政の文化・システムそのものを変えていく」ことまで含む概念として捉え直しています。これは単なる知識交流ではなく、異なる組織文化を持つコミュニティ同士の相互変革を意味する「大事なメッセージ」だと述べました。
また、SciREX事業が目指すEBPMは、従来の定型的な行政評価とは異なる特徴を持つと指摘。これは、STI政策が複雑性・不確実性の高い課題を扱うことによるもので、経済社会効果分析やフォーサイト、研究開発戦略といった、評価から課題設定に重点を置く非定型的なアプローチとなっていると吉澤氏は説明しました(図3)。
図3:EBPMから見るSciREX
出所:「SciREX事業共進化の体制・方法の在り方に関する調査報告書」(EY新日本有限責任監査法人、令和5年3月)の図に吉澤氏が加筆
直接的な政策への貢献だけでなく関係者個人の気づきや学び、
人的ネットワーク形成や学習効果も獲得








