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第52回SciREXセミナー開催報告「共進化」の観点から振り返る
研究者と行政官の協働

~科学技術イノベーション政策の進展にSciREX事業が果たしたもの~

直接的な政策への貢献だけでなく
関係者個人の気づきや学び、人的ネットワーク形成や学習効果も獲得

続いて、2024年度のフォローアップ調査の結果が紹介されました。同調査は、2020年調査との比較分析による量的分析結果、インタビューに基づく人的ネットワーク分析、そして具体的な成果事例の抽出を元に考察されています。

この考察においては、事業の成果を、関係者個人の学習や能力向上、キャリアにつながったという「個人的利用」と、政策立案や政策議題に対する直接的・間接的貢献となる「政策的利用」とに分けました。また、これらを「結果の利用」と「過程の利用」の観点でも分けています。さらに、「結果の利用」については、「具体的利用」と「抽象的利用」に分類しました。注目すべきは、「個人的利用」の「過程の利用」として、プロジェクト実施過程で得られる個人の気づきや学び、人的ネットワーク形成が挙げられたことです(図4)。吉澤氏は、「一対一の関係で研究が政策に役に立ったとは言えないかもしれない」としながら、政策研究を行うこと、あるいは共進化に取り組むことにより、結果として、ネットワークやコミュニケーションが生まれるのではないかと述べました。

図4:フォローアップ調査(2024)でまとめられたSciREX事業の成果

一方で、共進化の実現を阻むいくつかの課題も明らかになっています。吉澤氏はあえてネガティブな回答だけを取り出して分析し、研究者の参画インセンティブの不足、行政官の人事異動による継続性の困難さを課題として取り上げました。また、SciREX事業や共進化の意義に対する回答に対して、吉澤氏は、共進化が目指す、政策形成プロセスの深化にすぐ役立ち、実用されるような知識の獲得を(SciREX事業に)望むのは幻想で、長期的、間接的に見てSciREX事業の成果が(政策形成に)影響しうるかもしれないというレベルではないかと述べました。その他、テクノクラシー的な政策綱領を所与のものとして批判する・疑う余地が欠落していたことへの問題提起や、政策形成の仕組みやプロセスへの異論も許容する自由な議論の場づくりを求めるものなど、政策形成の現状に踏み込んだ回答も紹介しました。

加えて、2021-22年度の共進化方法論に関する調査研究に対する委託調査結果から、特に共進化実現プログラムに関係した部分の成果も紹介されました。具体的には、政策課題の言語化が進み、長期的・間接的な政策形成への影響が実感されたこと、アカデミアとしては若手研究者の雇用や人材育成にも役に立ったことなどです。吉澤氏は、「政策立案の技術を一緒に学ぶ場が大切」だとし、参加者間の明確なアウトカム認識の擦り合わせ、媒介者の存在、状況変化への柔軟な軌道修正などが、共進化を成功させる重要な要素と注目しています。

今回示した調査結果は、SciREX事業が検討を重ねた15年間の成果と研究者・行政官それぞれの視点からの是非を浮き彫りにし、共進化実現に向けた今後の課題を客観的に捉えるための根拠となりました。

ディスカッションを通じてSciREX事業の共進化を検証する
~研究者と行政官の協働から見えた成果と課題~

ディスカッションの冒頭では、ファシリテーターから、ディスカッサントである赤池伸一氏と隅蔵康一氏を紹介しました。赤池氏は、1992年の科学技術庁入庁以来、国際業務やJST-CRDSでの研究開発戦略立案、一橋大学での研究プロジェクト参画など、まさに、“科学と政策を繋ぐ”ことを実践し続けてきました。SciREX事業の発足当初から関わり続け、共進化実現プログラムの第Ⅰ・第Ⅱフェーズにも参加されています。隅蔵氏は、理工系バックグラウンドから知的財産やSTI政策分野の研究に転じ、現在は政策研究大学院大学教授であり、過去にはNISTEPでの研究などにも携わりました。共進化実現プログラムには第Ⅰフェーズから第Ⅲフェーズまで関与し、さまざまな行政官と協働を経験しています。

今回、赤池氏からは主に行政側の視点から、隅蔵氏からは研究者側としてその経験を踏まえた発言が注目されました。

論点1:研究者と行政官の協働による研究プロジェクトのアウトカムやインパクトはどのようなものか?

最初の論点として、研究者と行政官の協働による研究プロジェクトのアウトカムやインパクトについて議論が交わされました。

赤池氏は、そもそも互いに何がアウトカムなのかの共通認識なく、曖昧なまま終わってしまうケースが多いと指摘。産学連携と同様に「行政官として、研究者として何を求めたのかを改めて再定義するようなプロセスは大事」との見解を示しました。
隅蔵氏は、実際に自身が感じた具体的な成果として3つの要素を挙げました。一つ目は、当初想定していなかった人材育成効果です。コロナ禍を経て米国大学で学ぶ日本人学生たちがオンラインでインターンとして参加し、継続的にSTI政策研究に携わるようになりました。二つ目は、プロジェクトを通じて新たな協働関係が生まれたことです。具体例として、文部科学省が毎年度調査を行っている「大学等における産学連携等実施状況について」のアドバイザリー委員会委員長就任などが挙げられました。三つ目は、組織間の連携効果です。第Ⅲフェーズでは文部科学省の4つの課がプロジェクトに参画、各課間の情報共有ハブとしてプロジェクトが機能しています。

論点2:研究者と行政官が協働する上で、重要なポイントや困難な点としてどのようなものがあるか?それらをどのように乗り越えようとしてきたか?

安藤氏は議論を補足すべく、研究者と行政官の協働による研究プロジェクトを通じた共進化における重要なポイントや困難な点を整理し、吉澤氏が話題提供の中で示した課題に加え、時間軸の違い、全体性の欠如、政策過程の構造的問題、データ提供におけるインセンティブ設計などを提示しました(図5)。

図5:研究者と行政官の協働による研究を通じた共進化の課題・困難とその乗り越え方
出所:以下の報告書等を参考に作成。
未来工学研究所、「科学技術イノベーション政策における「政策のための科学」推進事業を分析するためのエビデンスに関する調査」報告書(令和6年度文部科学省委託調査)、2025年3月。
未来工学研究所、「科学技術イノベーション政策における「政策のための科学」推進事業における共進化を実現するために必要な調査」報告書(令和2年度文部科学省委託調査)、2021年3月。

これを踏まえながら赤池氏は、「漠然と何でもできると思うことが失敗の原因」として、限界を明確にすることの重要性を指摘。「この人たち、この枠組みで何ができるかを早期に共通認識として持つことが大事」と述べ、協働する上で大切なイコールパートナーシップの上で、政策当局も政策プロセスの見直しが必要であり、研究者も論文のみを成果と捉える従来思考の再考が求められると論じました。

隅蔵氏は、データ提供・情報取り扱いの課題に言及。政府職員には秘密保持義務があり、内部資料の公開範囲設定もなされているため、研究者が「文部科学省のプロジェクトの内部に入った」と認識していても、第三者から見れば外部の人間が内部情報を見ているという状況が生じると説明。ただし、フェーズを重ねることで認知度が高まり、初期の思惑の相違は減少したと振り返りました。

吉澤氏は問題として3つのポイントを提示。第一に、行政官の研究者への期待が過大であり、限定合理性の理解と相互の歩み寄り・学び直しが必要であること。第二に、「外部はどこまでか」の境界設定について、政策課題を全世界に公開しているイギリスのARI(Areas of Research Interest)の事例を挙げて、見直すべきだと言及。そして第三に、現状の政策リエゾン制度※2の実効性について、指摘しました。

※2

「政策リエゾン」は、SciREXセンターが科学技術イノベーション政策を担う現役の行政官に委嘱しているもので、政策と研究の共進化に向け、SciREXセンターや拠点大学の研究活動と実際の政策形成・実施の現場をつなぐ役割を担い、現在の所属の範囲を超えたより大局的な見地から、SciREX事業に参画する枠組み。

政策リエゾンについて赤池氏は、“ポジションとしての行政官”から個人のキャリアプランを考慮した働き方へ変化する中で、「職を超えてやれる仕組みとして重要」と評価。一方で制度的課題もあり、忙しい時期の関与度調整など実務的工夫の必要性も指摘しました。

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論点3:研究者と行政官の協働による研究の取り組みは、
共進化の観点からどのように評価できるか?
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