第52回SciREXセミナー開催報告「共進化」の観点から振り返る
研究者と行政官の協働
~科学技術イノベーション政策の進展にSciREX事業が果たしたもの~
論点3:研究者と行政官の協働による研究の取り組みは、共進化の観点からどのように評価できるか?
では、SciREX事業が目指した政策のための科学の深化において、研究者と行政官との協働による研究の取り組みは、どのように評価できるのでしょうか。これについて、隅蔵氏は「(SciREX事業で行ったような)短期成果を求めるタイプの研究からも、政策のための科学の深化はなされる」と肯定的に評価。しかし、今後は基盤的研究や潜在的課題への取り組みを研究者・行政官が協働で進める仕組みが必要とし、行政官の職位において業務時間の2割までを探索的な活動に充てることを認める「20%ルール」のような枠組みと、参加者が学位取得できる継続的システムを提案しました。
赤池氏は共進化を知識生産と社会実装の関係として捉え、「基礎研究と応用実装が近くなっている」現象を指摘。オープンアクセスやAI利用など、当初は机上の空論と思われていた研究が社会情勢の変化により急速に政策化される例を挙げ、ターゲットとフレーミングの再定義の重要性を強調しました。
吉澤氏は政策サイクル上流での取り組みの限界を指摘し、ナッジを活用した直接的社会実装の可能性を提案。「政策的装置をバイパスして直接研究成果が社会実装される」アプローチとして、大学発スタートアップ促進や研究公正におけるナッジ活用を例示しました。
論点4:共創型の研究プログラムは、EBPM の実現に向けた1つのモデルとなり得るか?発展可能性は?
最後の論点として、共創型の研究プログラムがEBPMの実現に向けた1つのモデルとなり得るか、また、発展可能性について議論しました。
隅蔵氏は、RCT(Randomized Controlled Trial)など狭義のEBPMも本気で取り組めば可能だが、施策設計段階からの計画と非採択プロジェクト情報の活用が必要と指摘。広義のEBPMとしては、“声の大きい人の意見”ではなく調査・分析・予測に基づく施策実施という意味で、共進化実現プログラムは既に実践していると評価しています。
赤池氏は、RCTや社会実験の有用性は認めつつも適用範囲の狭さを指摘。重要なのは言語化とロジックの検証であり、「行政側がやるべきはロジックを磨くこと、クエスチョンを磨くこと」と強調しました。
吉澤氏は、事業を通じて、狭義のEBPMによって政策への具体的利用を期待する人々は少なくなり、適切な人材の関与が共進化を実現したと分析。今後の発展可能性として、SciREX関係者に閉じない全国の研究者ネットワーク構築を提案しました。
参加者との対話で深堀する事業成果
質疑応答では、参加者から多様な観点での質問が寄せられました。
まず、研究の進め方について、「軌道修正が必要と自覚した場合に、行政官・研究者は互いに思う存分意見を語りあえるものか?」との質問がありました。これに対して隅蔵氏は、コロナ禍でのオンライン化の影響に触れつつ、「リアルな会議での公式な会話以外からも研究や行政につながるシーズが出てくる」として非公式な交流を通してお互いに理解し合う重要性を強調しました。
「共進化において、研究と政策当局との橋渡しが最も強力に進む方法は、研究者が実際に政策立案部局に入るしかないのでは?」との質問に、吉澤氏は英国・ARI設定に際して研究者が(政策形成の側として加わり)中に入って行われた事例を参照しながら外部研究者・実務家の政策現場参画の意義を述べ、赤池氏は若手研究者のフェローシップ制度活用による実務経験獲得の価値を提起しました。
「研究者と行政官の対話の中で研究者側に共進化の課題では想定していなかった気づきがあったか。それを行う上でのリソースをどのように確保するか、問題は?」との質問に対して、赤池氏は、まずモチベーションを持つ人材の確保が課題としました。安藤氏は、SciREX事業では行政官向けの研修を実施してきたが、政策形成プロセス、政策手段、行政組織の基本的な思考について学ぶ研究者向けの研修は実施してこなかった点を挙げ、これに対して隅蔵氏は、SciREXのコアコンテンツがその一助になり得ると回答しました。
SciREX事業の発展・継続をいかに展望するか
会の最後に安藤氏は、話題提供者とディスカッサントにSciREX事業を推進してきた意義について問いました。隅蔵氏は「非常に意義のある試みで、何らかの形で継続発展していくべき」と評価。赤池氏は「直接的な政策貢献には至らなかった面もあるが、ネットワーキング等では大きな成果」とし、「イコールパートナーシップは面白い取り組みで、反省を踏まえて次の設計に活かすべき」と述べました。吉澤氏は「そもそも何が成功かの定義が重要」と述べ、「SciREX事業をそのまま継続するより、メタサイエンス的枠組みで科学ガバナンスを考える事業設計が望ましい」との見解を示しました。
SciREX事業の15年間は、日本のSTI政策形成に新たな手法を導入する挑戦の歴史でもあり、研究者と行政官の協働は多くの学びと課題を生み出しました。今回、その成果と課題を振り返り、事業にさまざまな形で参加した方々が意見を交わしたことは、今後の政策形成のあり方を考える重要な機会となりました。この振り返りと積み重ねた経験・成果を次代の政策形成に活かすことが、共進化実現に向けて、今、求められています。
登壇者プロフィール

吉澤 剛(よしざわ ごう)
EY新日本有限責任監査法人 FAAS事業部マネージャー
英国サセックス大学科学政策研究所(SPRU)PhD(科学技術政策)。東京大学公共政策大学院特任講師、大阪大学大学院医学系研究科准教授等を経て、2020年より現職。関西学院大学イノベーション・システム研究センター客員研究員も兼務。科学技術の倫理的・法的・社会的影響(ELSI)や責任ある研究・イノベーション(RRI)に関する調査研究と実務に従事しながら、科学技術と社会・政策の交錯領域における未来志向の研究実践に幅広く携わってきている。地域社会と研究者コミュニティの変革にも関心を持ち、NPOや市民社会組織との関わりも深い。

赤池 伸一(あかいけ しんいち)
科学技術・学術政策研究所(NISTEP) 総務研究官/SciREX政策リエゾン)
1992年に科学技術庁に入庁し、在スウェーデン日本国大使館一等書記官(科学技術アタッシェ)、文部科学省科学技術・学術政策局国際交流官付国際交流推進官、独立行政法人科学技術振興機構研究開発戦略センター(JST/CRDS)副センター長補佐、一橋大学イノベーション研究センター教授などを歴任。2016年に科学技術・学術政策研究所(NISTEP)科学技術予測センター長を務め、2018年に上席フェローを経て、2025より現職。2016年より、内閣府参事官(併任)として、オープンサイエンス(研究DX)、科学技術・イノベーション基本計画、EBPM等の業務に従事。科学技術イノベーション政策において、政策形成と政策研究をつなぐことに関心を持つ。

隅藏 康一(すみくら こういち)
政策研究大学院大学(GRIPS) 教授
東京大学大学院工学系研究科にて博士号(工学)取得後、同学先端科学技術研究センター客員助手、同センター助手、政策研究大学院大学助教授、同学准教授を経て、2016年より現職。専門分野は、知的財産政策、科学技術イノベーション政策。2012年6月から2015年5月まで文部科学省科学技術政策研究所(現・科学技術・学術政策研究所(NISTEP))第2研究グループ総括主任研究官を兼任。2023年10月よりSciREX共進化実現プログラム(第Ⅲフェーズ)「研究支援の基盤構築(研究機関・研究設備・人材等)のための調査・分析」プロジェクト代表。

安藤 二香(あんどう にか)
(公財)未来工学研究所 主任研究員
東京大学大学院総合文化研究科にて博士号(学術)取得後、現・国立研究開発法人科学技術振興機構社会技術研究開発センター研究員、アソシエイトフェロー、東京女子医科大学URA、政策研究大学院大学科学技術イノベーション政策研究センター専門職等を経て、2023年より未来工学研究所に入所。研究開発プログラムのマネジメントや研究開発評価の実務経験を有し、社会的価値の創出を目指した学際共創研究や科学技術政策に関心を持つ。
※所属は開催当時のものです








