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SciREX事業の成果フォローアップ調査2024の結果概要

その他の効果・影響

政策形成につながる具体的な成果とは言えないものの、SciREX事業が概念的・間接的・長期的に役立ったとされる事例もフォローアップ調査の自由回答から多数確認されている。たとえば、教職員からは「日本と米国の政策当局の政策対話に間接的に活用」されたり、「白書等に用いられたり、e-CSTIの構想等に寄与した」といった事例のほか、産学連携活動の評価における多様な視点の重要性、政策オプションの策定における経済的な変化のシミュレーションへの活用なども挙げられている。一方、行政官からも「総合科学技術・イノベーション会議の進め方の企画」や「イノベーションデータプラットフォーム(SPIAS-β)を活用して競争的資金における特定分野の予算規模の把握」などに活用されたと評価されている。

さらに、事業を通じて得た分析スキルや人的ネットワークなど、事業の過程そのものが活用されている事例も見られる。特に、行政官からのコメントとしては、共進化プロジェクトなどで行ってきた研究者とのコミュニケーションが研究開発推進業務に役立っているという報告が複数寄せられた。

このほか、多くの教職員やシニアからは、人材育成拠点を通じてSTI政策の研究・実践・教育の場づくりが進められたことが社会的成果として挙げられている。特に既成の大学教育では設定されない目標と内容であることや、その取組が外部から可視化され、認知が高まったこと、その結果として継続的に人材輩出につながった点が高い評価を受けている。また、若手人材や研究と政策をつなぐ人材の育成や活躍については修了生や教職員から、人的ネットワークの形成・交流については教職員やシニアから複数のポジティブな回答が寄せられている。

回答から抽出したSciREX事業の課題

上記の多様な成果や効果が明らかとなる一方で、フォローアップ調査の回答者からはSciREX事業に対する課題もいくつか挙げられている。第一に、何名かの教職員から指摘されたのは、研究者が本事業に参加するインセンティブである。研究者が政策形成の現場を経験することは政策形成の実態を知ることができ、両者のネットワーク構築にもつながるので有意義だと評価する声がある一方で、政策形成のために研究者を利用することに対して適切な報酬が払われる仕組みがないことに疑問を呈する声も上がった。また、行政官側からも課題として多く挙げられていたのは人事異動である。共進化プロジェクトにおいて研究者との協働をしている最中に担当行政官が異動することはお互いにとって不利益になり、新たに異動してきた行政官は自分の関心と異なる研究テーマに付き合わなければならず、研究者側も恐縮してしまうということが起きてしまう。

第二に、SciREX事業や共進化の意義である。そもそも研究者と行政官による共進化はあり得ないので、「中間機能・組織を挟んだ多対多の関係を構築すべき」という行政官の意見があった。また、「政策研究の多くは『基礎研究』であり、すぐに政策形成に役立ち『実用化』するような幻想を抱くのはやめるべき」と警告した行政官もいる。さらに、教職員からは「科学技術イノベーション自体の特質性を明確にできず、後発のEBPMの波に飲み込まれた」という批判もあり、SciREX事業におけるEBPMとは何か、共進化とは何かというグランドデザインの曖昧さを問題視するコメントが見られた。

第三は、政策形成の現状への踏み込みである。「国の政策形成に関するイノベーション人材の育成において、政策形成の仕組みやプロセスに関する異論も許容する自由な議論の場づくりをしてほしい」という要望や、「政策サイドの合理性は前提としたうえで、公衆サイドのフレーム設定の多様性の探求を、『説得』の技術として政策に還元していくようなスタンスが基調にあった」というコメントがあった。ポイントは、これらのコメントを回答したのは教職員でも行政官でもなく修了生であったということである。SciREX事業における「共進化」は、EBPMの実現に向けて「政策のための科学」の発展と「政策形成」の進化が相乗的になされることをもともと指していたが、その意味で、政策形成プロセスの変化を促すような試みがSciREX事業では見られなかったと指摘する修了生がいたということになる。

そして第四は、エビデンスやEBPMの再考である。SciREX事業はEBPMの実現を目指して実施されてきたが、「不確実性がある中での客観的な根拠とはどんなものなのか?」という素朴な修了生の問いに表れているように、事業においてエビデンスやEBPMとは何かについて考える機会が十分でなかった可能性がある。EBPMがバズワード化している現在、常に反省的思考をめぐらせて思考停止に陥らないようにすべきという教職員の訓戒や、EBPMが経済モデルに寄りすぎているのではという修了生からの疑問などは、SciREX事業全体の意義づけに関わる重要なコメントである。

成果についての考察

これまでの調査から、SciREX事業における成果の利用は下表のようにまとめられる。まず、SPIASやスター・サイエンティストのようなデータプラットフォームの公開は、幅広い分野で政策的利用が行われる基盤事業であり、SciREX事業の目に見える成果や資産である。

GISTとSTIGは中央省庁との物理的・人的な距離も近しいことから、SciREX事業に関わる研究者が政策に関する研究会を通じて政策提言を行ったり、研究者自身が政府審議会で研究成果の発表、知見の提供やネットワークの構築を通じて政策形成に影響したりするという事例が見られる。京大STiPSとCSTIPSは地域の自治体との関係を強め、健診データやRESIDENSといった研究成果が自治体の政策に直接利用されることもあれば、こうした共同研究や連携を通じて神戸市におけるACPや福岡県調査統計課における出生率要因分析などに活用されるなど、副次的な影響も出てくる。これらの事例は言わば、具体的利用と過程の利用という複合的成果であり、関係性のダイナミクスでもある。SciREX事業を通じて実施した「政策のための科学」に関する研究は、研究成果を研究会における議論やデータという形で社会的に可視化すると、中央省庁や地方自治体が直接的に政策利用しやすいものとなる。そうして行政や政策担当者との関係が密接になって信頼を得るようになると、委受託や研究助成のような枠組みや審議会委員の委嘱などの継続的で信頼感のある公式の関係性へ発展していく。

さらに、京大STiPSの事例のように、SciREX修了生の就職先という個人を介したつながりがあることは、RISTEXプログラムと異なる拠点教育プログラムの特長と言えよう。また、RISTEXプログラムより長期的な関係構築がなされることで、実際の政策課題に対して政策担当者やステークホルダーからの協力要請を受けて研究者が具体的な関与と貢献を行うこともある。福岡県やFDCの事例では、CSTIPSという場を介して自治体との新たな共同研究や連携が生まれ、継続的に研究者や学生が伴走できる環境が構築されている。ここでの研究者や学生は必ずしもCSTIPSの教員や受講生に限らないが、逆に言えばCSTIPSが波及的に外部の研究者や学生を巻き込んで政策的なインパクトをもたらす場の形成に成功しているということを示唆している。

IMPPと阪大STiPSについては、修了生の満足度が他大学より高く、教育プログラムで身に付いたかどうかという習熟度もおしなべて高い。IMPPは社会人と学生、阪大STiPSは理系学生と文系学生という異なる受講生が交わって議論や連携することによる学びの深さが高く評価されている。また、IMPPでは経済学・経営学を基盤にした学術的な知識やスキルが向上すること、阪大STiPSではグループディスカッションなどによるコミュニケーション能力が向上することが、学生ニーズ調査やアンケート調査で多くの回答を集めている。これらは表の個人的成果に相当するが、修了生が中央省庁や民間コンサルタントとして政策実務に携わることで、長期的に見ると日本でEBPMを定着させるための重要な人材となりうることは特筆したい。

ミッション志向型STI政策については、内閣府や経産省において「ミッション志向」のコンセプトが採用されたという点で抽象的な概念が利用された例として挙げることができる。研究成果の中身が利用されるというよりも、その包括的な概念を傘にして政策担当者が比較的自由に中身を解釈し、政策を企画立案していくものである。学術研究には社会的議論を喚起するという役割もあり、政策担当者に研究成果を直接届けて政策形成に貢献するよりも迂遠なやり方かもしれないが、社会的な認知が高まれば幅広い政策分野、政策主体に活用されうる可能性を有しているという意味において、長期的には最もインパクトの大きい実践となりうる。

拠点教育プログラムについてみてみると、プログラムの軸や骨格については「既存の講義の寄せ集め的な側面も多分にみられて」いることや、「人材育成のコンセプトが分かりにくくなっている」など、教職員による反省があり、学生からもプログラムの体系性についての批判や疑問が複数寄せられている。その一方、受講生や修了生の意見を反映して毎年のようにプログラムが改善されていることが学生ニーズ調査でも明らかになっており、特にサマーキャンプについては開始当初に比べて遥かに満足度が高く、一定数の受講生にとって人気のコンテンツとなっていることがわかった。

執筆:吉澤 剛(EY新日本有限責任監査法人 FAAS事業部マネージャー)

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