第49回SciREXセミナー科学技術外交の近年の動向と今後の課題
科学技術・イノベーション政策のsecuritisationを踏まえて
経済安全保障という新たな視点
話題提供の最後に、ディスカッションでの論点を整理するために2点のキーワードが⽰されました。
1点⽬は「世界情勢の急速な変化と複雑化」です。COVID-19や地政学的な緊張の⾼まりだけでなく、⾷糧危機や気候変動などの影響も無視できなくなっています。「安全保障や外交など、国益に直結するあらゆる重要な戦略・政策と関連して科学技術を考えていく必要があるのではないか」と浅野⽒は指摘。主要国では、新興技術については同盟国と連携する⼀⽅、地球規模の課題に関しては地政学的なライバルとも連携する、「デュアルトラック・アプローチ」(相反するアプローチを同時に実施する戦略)がトレンドになっているといいます。
2点⽬は科学技術・イノベーション(STI)政策の「安全保障化(securitisation)」です。昨年、経済協⼒開発機構(OECD)の科学技術政策委員会の報告書で⾔及されました。ここでの安全保障は、国防以外にも気候変動、移⺠、⾷糧、エネルギー、新興技術などの政策課題を含むより広い概念となっています。
浅野⽒は最後に、科学技術外交について議論する場が世界的に拡⼤し続けている現状に触れ、その⼀例として、今年3⽉にJSTと外務省が東京で開催した「第3回科学技術外交シンポジウム」を紹介しました。シンポジウムでは、これまで科学技術外交を中⼼的に推進してきた⽶国、EUに加え、いわゆるグローバルサウスの国・地域の実践が紹介されたほか、ソフトパワーとハードパワー※3のバランスをとりつつ、国家戦略として科学技術外交を推進する必要性などが⽰唆されたということです。そのうえで「これからの科学技術外交はどうあるべきか、世界中が悩んでいる。今⽇は良い議論ができれば」と会場に投げかけ、発表を終えました。
科学技術外交の潮流を踏まえた議論を
浅野⽒の話題提供のあと、岩渕⽒から科学技術外交の歴史について補⾜が⾏われました。岩渕⽒はまず、「科学のための外交」の原点は19世紀の欧州における測地学や天⽂学などを進めるうえでの国際協⼒に、「外交のための科学」の原点は科学技術と戦争がより密接になった第⼀次世界⼤戦にそれぞれ遡ることを紹介。科学技術外交の潮流には、前者のような国際協⼒を起点とする「リベラリズム的潮流」と後者のようなハードパワーの要素を含む「リアリズム的潮流」があったことを念頭に、現状の科学技術外交について「経済安全保障を含む新たな政策潮流が必要になってきている」と整理しました。
さらに、岩渕⽒はEUによる、欧州研究イノベーション枠組み計画「ホライズン・ヨーロッパ」の設⽴に関する規則(2021)を紹介。この規則(EU法)はEU以外の国がプログラムに参加する際の条件の1つに「⺠主的な制度に裏打ちされた、知的財産権の公平かつ衡平な取り扱い、⼈権の尊重を含む、ルールに基づく開かれた市場経済へのコミットメント」と定めています。政治的な表現が多く含まれた⽂⾔ですが、岩渕⽒はその背景に、中国の台頭やロシアの問題などがあるのではないかと推測しました。科学技術外交が国防や防衛と同様、そのときどきの国際情勢を反映していることを⽰唆する事例といえるでしょう。
浅野⽒、岩渕⽒の発表を受け、ディスカッサントの岡村⽒(外務省在アメリカ合衆国⽇本国⼤使館 ⼀等書記官)と有本⽒(政策研究⼤学院⼤学客員教授/JST-CRDS上席フェロー)が発⾔。両者とも、「科学技術外交」がジャーゴンのまま議論が進められている現状に⾔及しました。岡村⽒は、⾃⾝が⼊省当初にこの⾔葉に初めて触れたときに抱いた印象を振り返りつつ、数ある外交領域の中で特に科学技術の外交というものがどういう意味で特別で、どのような特別な外交努⼒を要するものなのか、科学者や技術者の側にどのような追加的な視点やアクションを求めるものであるか、そもそも「科学技術外交」という⾔葉を使ってまで表現しなければならない実質とは何なのか、当時はピンとこなかったと回想しました。また有本⽒は、グローバルサウスの国々が科学技術外交に興味を⽰し、関係者が増えている現状に触れたうえで、これからの科学技術外交の⽅向性について、「アイデアや経験を持ち寄り、個別の事例を幾つかの軸を設定してプロットしてみて、みんなで作っていこうという段階」としました。
連携と保護の両⽴のカギは「デュアルトラック」
進⾏は、全体でのディスカッションに移ります。最初のテーマは、話題提供の終盤でも⾔及された「STI政策の安全保障化」です。まず浅野⽒が、先のシンポジウムでの議論を引き「従来の科学における⾃由と開放性の厳守を前提に、新たに『保護(protection)』の概念が組み込まれてきている」と説明しました。
続いて岡村⽒が外交官の⽴場から、近年の⽇⽶科学技術外交を取り巻く動向を説明しつつ、研究セキュリティという⾔葉にまつわる業務が外交現場でも⽇常的に舞い込んでいる状況についても触れました。こうした状況は、地政学的な観点を含む科学技術上の安全保障の確保が喫緊のグローバル課題となっていること、例えば近年のG7科学技術⼤⾂会合においても地政学や研究セキュリティの観点が前⾯に出た議論が盛んに⾏われていることからも裏付けられます。⼀⽅で、それらをどう実務に落とし込むかについては、⽶国でも「連邦議会、⾏政各省、国⽴研究所や⼤学等の各部局が対応に腐⼼している」といいます。加えて、研究セキュリティと並んで現代科学技術政策の主要な論点であり、科学技術外交上も枢軸となっている「オープンサイエンス」の潮流との関係にも触れられました。
有本⽒は「科学と技術に実際に取り組んでいるのは誰か」という点に着⽬し、保護の対象が知識や技術そのものだけでなく、研究者個⼈や⼤学、産業界にも及ぶ可能性を指摘しました。⼀⽅で、気候変動のように価値観の異なる国との連携が必要な問題があることも踏まえ「デュアルトラックを枠組みに加えながら、イデオロギー的に対⽴しないように議論を積み重ねることが必要ではないか」と述べました。
ここで岩渕⽒が、最近の⽇本・⽶国・韓国による経済安全保障などの対話で、多国間での機微技術管理が議論された事実などに触れ、現状について「経済安全保障の観点から外交を捉えるという要素が⾮常に⼤きくなっている」と整理しました。⼀⽅で、国際情勢が厳しさを増し、研究セキュリティの担保が科学技術外交の潮流のひとつとなった時代だからこそ「ハードパワーと連携しない、⺠間・アカデミア主導の動きが必要」(岩渕⽒)とされていることも確かです。浅野⽒は特定の国との交流を規制することの危険性を指摘したうえで、研究セキュリティの⽬的は科学の⾃由や研究者を守ることであり、阻害することではない点を強調。この観点から研究セキュリティへの取り組みは「科学技術外交を⽀えるツールになりうる」といいます。
研究セキュリティに関しては、⽶国でも連邦議会やホワイトハウスにおける動向に加え、国⽴研究所や⼤学・⺠間企業などにおける実務レベルでも盛んに⾏われていますが、具体的な処⽅箋に関しては「従来の枠内に留まっており、近年の地政学的変化を反映した国レベルでのシステマティックな対応は⾒られない」と岡村⽒は観測。「オープンネスとセキュリティのバランスをどうとるかという根本的な視点は変わらない中、技術の急進展や地政学的な状況変化に⽶国内外の政策動向や国際連携のガイドライン、そしてアカデミア内外の実態が追いついていない」と説明します。そもそも研究の分野によりその特性が異なり、相⼿国次第でも外交⽅針を調整する必要があるなかで、科学技術外交の概念や具体的な対処⽅針をアップデートするのは容易ではないのかもしれません。
議論を踏まえて有本⽒は、2010年に提唱された「科学技術外交の3要素」について、⼤きく変える必要はないとしつつ、「時代ごとの変化を反映した解説書を加える必要があるかもしれない」と展望しました。「その際、地域ごとの多様な価値観が関わるテーマだからこそ、ピアレビューといった近代科学の万国共通の⽅法論を共創し共有する必要がある」とも提案しました。
科学技術外交に研究者はどう関わるか