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第47回SciREXセミナー 開催報告 日本の女子生徒の理系進学を阻む
要因に迫る
「行きたくても行けない」を
なくすために
必要な社会風土づくりとは

「理系に進みたいけどできない」女の子をなくす

横山氏は研究の狙いを「理系に進学する男女の割合を半々にすることではなく、理系に進学したい女の子が諦めずに進学できる環境を実現する」、機会の平等を目指すことだと強調します。横山氏は「女性に関するジェンダーの研究は女性研究者がやるものだ」という暗黙の了解が研究者の中にもあると感じ、息苦しい時があるといいます。女性だけで進めることで研究のダイバーシティが損なわれる可能性もあります。このため研究チームは男女3人ずつの6人で編成しました。

研究では、まず理系の各分野について、男女どちらに向いていると思うかと国民に尋ねることから始めました。

理系の各分野について、男女のイメージを尋ねた調査結果(1)(当日資料より)〈図版提供:横山広美氏〉

その結果、看護学、薬学、音楽などは女性向きのイメージが強く、機械工学、医学、歯学、数学などは男性向きのイメージが強いことがわかりました。「学問分野に対してこれだけジェンダーのイメージ差が固定的についている。簡単なデータだがこれまで論文にした人はいなかった」と研究の意義を語ります。男女平等に対して不平等的態度をもつ人(性役割分担意識の高い人)ほど看護学を女性向き、機械工学を男性向きとみなすといった傾向も明らかになりました。

母親の問題ではなく、社会の問題

進路選択については、母親の影響を受けやすいことが複数の研究で明らかになっているといいます。母親に、自分の子がどれくらい数学をできると評価しているかについて尋ねたアメリカの研究では、男子は物理学分野への進学率と母親の評価がおよそ直線の相関関係にあったのに対して、女子は母親の評価がかなり高い場合でないと物理分野には進学しないという結果が出ていることなどを横山氏は紹介しました。

ただ「こうした話をすると、すぐに母親を教育しようという話になりがち」と指摘します。「でもね、なぜ心配するのか。娘を心配するからこそ、医師や看護師などの資格職を勧めていることは容易に想像できる」。理工系の企業が働きやすく長く勤められることをアピールする必要があると説いた上で「母親の問題じゃない。社会の問題なのです」と強調しました。

次の研究では、物理学者と理系卒の男女を対象に、いつの時点まで物理学が好きだったかを尋ねる調査をしました。特に工学系に進むためには物理学が受験科目として必要なためです。その結果、理系卒では、中学生の時に物理学を嫌いになった女性が多いことがわかりました。現場の中学教諭も、電磁気など、目に見えない物理学の分野で苦手意識の強くなる生徒が多いことを直観的に把握しているといいます。横山氏は参加者の文科省職員らに「ぜひ中学で物理を嫌いにならないような仕組みを考えていただきたい。中学で嫌いになってしまうと高校で物理を選択してくれない」と呼びかけました。

「社会風土」が女子の理系進学を阻む要因の可能性と示唆

さらに横山氏は、物理学などの理系分野を学ぶ女性が少ない要因を「1:分野の男性的カルチャー」「2:幼少期の経験」「3:自己効力感(自信)の男女差」と整理した、アメリカの研究者によるモデルを説明。横山氏らは科学技術社会論の観点からジェンダー不平等といった社会的な問題を考慮することも重要と考え、このモデルに4つ目の要因として「4:性役割についての社会風土」を加えた拡張モデルを提唱し、各要因に含まれる要素に対応した設問と男性イメージとの関連性を調べるアンケート調査を日本とイングランドで実施しました。

その結果、「1:分野の男性的カルチャー」の中でも特に、IT企業では男性しか働けないのではないかといった「職業イメージ」、数学は男子のほうが得意だという思い込み「数学ステレオタイプ」が両国で数物の男性イメージに強く影響を及ぼすことを突き止めました。また日本では「4:社会的風土」のうち特に、知的な女性を嫌う「知的な女性観」が強い人は、より数学を男性が得意とするものとみなす傾向がありました。

横山氏らによる先行研究の拡張モデル(2)(当日資料より)〈図版提供:横山広美氏〉

この結果は、性別についての「社会風土」も女子の理系進学を阻む要因になっていることを示唆します。実際に、この研究に基づいた情報提供を中学1年生の男女に対して行ったところ理工系分野への進学に対して前向きな回答が増えました(3)。「嬉しかったことに、女子だけでなく男子にも良い効果が見られました」と横山氏。「何が原因で、何をしたら効果があるのかという戦略を示してほしい」と村山氏からの要請を受けて始まったプロジェクトの意義を示すような成果です。

女性のニーズと解決策にギャップ?

ファシリテーターを務めた文部科学省の藤原志保氏は横山氏の講演を受けて「なんとなくそうだよねと思っていたことをデータとして見せていただいた」と話し、自己紹介をしました。

ファシリテーターを務めた文部科学省の藤原志保氏。2023年4月より総合教育政策局 教育DX推進室長

藤原氏は大学で地学を専攻。2000年に科学技術庁に入庁し、人材育成などに携わってきました。北海道大学大学院工学研究院教授を経て、今は文科省で教育DX推進室長の立場にいます。

自身が理系進学を決めた経緯を振り返り、科学、特に地学は好きだったが数学・物理への苦手意識から不安はあったといいます。母には「手には職があった方がいい」と教育学部への進学を勧められ、祖母からは「大学院に行ったら嫁の貰い手がなくなる」と進学を反対されました。父や先生が「やりたいことをすればいい」と後押ししてくれたおかげで理学部に進学できたといいます。この経験から、親のバイアスをどう変えていくかに加えて、子どもが他の大人の声に接する機会をどう作るかも大事だと考えたと話しました。

藤原氏は北大工学部に在職時、女子学生を増やすために工学系の女性職員や学生向けのイベントを開催し、意見を集めました。その結果、制度や施設を女性が働きやすいように整えることも大事ではあるものの、一方で、最終的に女性が望んでいるのは「自分が女性だということを考えずに暮らせること」とし、女性のニーズと提供されてきた取り組みの間にギャップがあることに気づいたと話しました。「そのギャップの背景にあることがデータでクリアになったのはありがたい」といいます。

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