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  4. 修了生インタビュー(JSTCRDS 加納寛之氏)

修了生インタビュー 科学技術・イノベーション政策に携わる
「きっかけ」としての人材育成

俯瞰的に捉えるからこそ気が付くつなぎ方(加納寛之氏)

SciREX事業が支援する5つの基盤的研究・人材育成拠点では、「政策のための科学」の担い手を育成する独自の人材育成プログラムを2013年度より展開しています。2026年3月の事業終了を見据え、修了生のネットワーキングや今後の人材育成の在り方に関する議論が事業全体でされている最中です。実際にプログラムを受講した修了生たちは、どのようなことを期待するのでしょうか。

今回、公共圏における科学技術・教育研究拠点(STiPS、大阪大学と京都大学の連携による拠点)の修了生である加納寛之さんにお話を伺いました。加納さんは、STiPSの大阪大学(以下、本記事では「STiPS阪大」と略します)で提供されている大学院副専攻プログラム「公共圏における科学技術政策」※1を2014~2015年度に履修。現在は、科学技術振興機構研究開発戦略センター(JST-CRDS)のフェローとして科学技術・イノベーション(STI)政策に関わる調査・提言活動に携わり、これまでにELSI/RRI※2や科学的助言に関する検討を進めてこられました。SciREX事業には、サマーキャンプへの教職員としての参加やSciREXセミナーへの話題提供者としての登壇といった形でも関与しています。

日本の科学技術・イノベーション政策への提言を行う立場となり、SciREX事業との関係性も変わった今、改めて10年前の履修を振り返った加納さんは、「プログラムの履修はあくまでもSTI政策に携わるきっかけ」「俯瞰的な視点が重要」と話します。

加納寛之氏

加納寛之(かのう・ひろゆき)さん。大阪大学大学院人間科学研究科にて科学哲学を専攻。博士後期課程単位取得満期退学。同学大学院副専攻プログラム「公共圏における科学技術政策」修了。大学院在学中に民間シンクタンクにて「テクノロジーの社会実装」に関わるプロジェクトや、国立環境研究所にて環境分野におけるエビデンスに基づく政策形成に関する研究に従事後、2020年より現職。

※1 「公共圏における科学技術政策」プログラム:STiPS阪大による大阪大学大学院生を対象とした人材育成プログラム。ELSIに関する研究を基盤として公共的関与の活動と分析を行い、「学問諸分野間ならびに学問と政策・社会の間を「つなぐ」ことを通して政策形成に寄与できる人材」の育成を目指す。大学院副専攻プログラムや大学院高度副プログラムとして学ぶことも、自分の関心に合わせてアラカルト形式で学ぶことも可能。

※2 ELSI/RRI:倫理的・法的・社会的課題(ELSI: Ethical, Legal and Social Issues)、および、責任ある研究・イノベーション(RRI: Responsible Research and Innovation)。イノベーションプロセスの初期段階から科学技術がもたらしうる倫理的・法的・社会的課題を探索的・予見的に把握・対応するための取り組みや、実現したい価値の創造に向けて、社会との応答を通してよりよい知識生産の在り方を追求していく試みの総称。

科学技術の裾野の広さを学んだ2年間

──まず、科学技術・イノベーション政策における「政策のための科学」(以下、「政策のための科学」)の扱う領域に興味を持ったきっかけや、STiPS阪大の人材育成プログラムを受講した理由などを教えてください。

加納: 学部生の頃に東日本大震災が起きたこともあり、科学技術と社会の関係に興味を持ったのがきっかけです。科学技術の発展は私たちに豊かや便利さをもたらす一方で、それ自体がときに取り返しのつかない影響を与える可能性をあることを目の当たりにしました。科学技術が関係する社会課題について、どのような根拠に基づいて、誰を巻き込んで意思決定を行うべきなのかは大きな難題のように思えました。そこで、大学院からは主専攻として科学哲学の研究に励み、それと並行する形でSTiPS阪大のプログラムを副専攻として履修することにしました。科学哲学は理論や法則、手法といった科学の営みに内在的な観点から科学を理解するアプローチであり、STiPS阪大での学びの基礎にある科学技術社会論は政治的・経済的・文化的文脈といった科学の営みに外在的な観点から科学を理解するアプローチです。この両方の観点を踏まえた知的生産や論文執筆をできるようになったことで、自分だからこその活動の幅が広がったと思います。

──プログラムの存在は、進路選択にもその後の活動にも影響をもたらしたのですね。当時の印象深かった経験などをお願いします。

加納: 当時のSTiPS阪大の受講生は、自身の研究が社会にどのように役立つか、自身の研究を取り巻く社会課題にはどのようなものがあるか、について興味のある理工系の学生が多かったと記憶しています。そのような受講生たちとの議論やグループワークを通じて、「見ている世界、考え方、頭の使い方が、自分とはこうも違うのだな」という気づきがありました。異分野の研究者や大学院生とのコミュニケーションの機会があることも受講理由の一つでしたので、そうした経験を積めたことはよかったです。

また、サマーキャンプでの他拠点の教員や受講生との議論も印象に残っています。他拠点の取り組みを知ることで、SciREX事業の全体像や政策科学一般の話に触れることができました。通常のカリキュラムでは、SciREX事業のなかの一つとしてのSTiPS阪大という位置づけを考えたり、「政策のための科学」という大きな枠組みのなかで自身の興味の持っているテーマが、他のテーマとどのように組み合わさっているかという観点を意識することはなかったので、各拠点の関係者が泊まり込みで集う場は貴重でした。

受講生として参加したSciREXサマーキャンプからおよそ10年後、SciREXサマーキャンプ2023にCRDSの職員として参加。写真は教職員を対象としたワークショップでの一コマ。

履修は「きっかけ」 分析から実践への橋渡し

──履修中は大きな枠組みの中で自分の研究を位置づけるという面的な思考や、異分野の研究者や関係のステークホルダーとの関係構築という線的なつながりまでなかなか発展せず、自らの取組みが点として残ってしまった学びもあったということかと思いますが、そうしたさまざまな学びは、STI政策への提言を行う現在の立場でどのように活きているのでしょうか。

加納: STiPS阪大では、自分の専門分野の枠組みを超えて、俯瞰的・多角的に科学技術と社会の諸問題を考える機会を得られました。複数の専門家から講義の受講や、市民参加型ワークショップでのファシリテーターなどの機会を通して、同じ問題についても多様な見解があり、立場によって重視する観点が異なることを、身をもって経験することができました。CRDSでも「アナリシス(課題分析)だけではなくデザイン(どうするかの設計論)が重要」と繰り返し言われるのですが、分析結果を示すだけではなく、異分野の専門家や社会のステークホルダーに伝わる言葉で話し、関係者と考えを共有しながら物事を丁寧に進めていくことへ意識を向けるようになったのは、STiPS阪大での経験が活きているかもしれません。これは文献解釈が研究の中心であった主専攻の研究室に閉じこもっているだけでは得られなかったと思います。

各拠点で展開する人材育成プログラムの受講は、あくまでもその後のキャリア形成の「きっかけ」に過ぎないのだと思います。私はそのきっかけを活かして、理工系の研究者との共同研究や、民間のプロジェクトでいろいろなセクターの人々と仕事することもできました。そうした活動に飛び込んでいくためのマインドセットや基礎素養の獲得に、SciREX事業での人材育成が効力を持っていると感じます。

──もっと学んでおけばよかったことはありますか?

加納: 繰り返しになりますが、それぞれの拠点の掲げていることは、SciREX事業あるいは政策科学の目指すところの一部です。各拠点の特徴的な取り組みがどのように整理されて、「政策のための科学」の推進が図られていたかをあまり認識できないまま修了してしまったのはもったいなかったですね。

この感覚は現在の業務にも通ずるところがあります。CRDSでは、「まずは俯瞰が大切」と教わっています。STIとして公共投資を考えるための戦略をつくるにあたっては、その分野に明るい人の意見だけを集めて終わるのではなく、技術開発の動向や政策的・社会的な情勢などを「俯瞰」し未来を展望した上で、重点的なテーマに目星をつけ、提言としてまとめていくことが重要です。

STI政策が扱う各領域は相互に複雑に関係しています。拠点の専門分野に閉じる形ではなく、STIを取り巻くエコシステムや主要な論点にも早い段階から触れられる教育が提供されると良いですね。『科学技術イノベーション政策の科学コアコンテンツ※3は、その役割の一端を担っているのかもしれませんが。

※3 科学技術イノベーション政策の科学コアコンテンツ:SciREX事業の活動の一環として作成したオープンアクセスの教材。新たな学問領域である「科学技術イノベーション政策の科学」を理解する上で基本的に必要な知識をまとめたもの。

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これからのSTI政策を支える人材とは?
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