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第43回SciREXセミナー「イノベーション・エコシステムの光と影」共創の場としての
「イノベーション・エコシステム」を目ざして

~持続可能なコミュニティづくりに向けた各アクターの役割と
相互依存がもたらすリスク~

ディスカッション:今、日本のイノベーション・エコシステムの進展に何が必要か?

「共進化実現プログラムでの行政官との取り組みの成果を書籍としてまとめられたことは非常に素晴らしいと思う」と斉藤氏。話題提供で行政のやるべきことを提起いただいたことへの謝意を永田氏に示した後、持続的なコミュニティづくりに向けた関係者間の議論が不足していること、取り組むべき社会課題が大きいほど皆で具体的に議論をする場が必要であること、そこで政府や大学等が果たすべき役割は大きいことを指摘しました。

斉藤 卓也氏

坂本氏は、理論の重要性に触れた上で、「イノベーション・エコシステムの言葉の定義やアクターの果たすべき役割が整理されていないまま施策が進められ、現場との軋轢が生じたり、目的と手段が逆転してしまったりしているケースも見られる」と警鐘を鳴らします。「どうしたらこの技術を事業化できるのか」といった現場の抱える悩みに対し、永田氏からのイノベーション・エコシステムのリスクに関する説明は大変勉強になったと述べました。

坂本 剛氏

続いては、参加者からの質問を交えながらのディスカッションです。モデレーターの隅蔵 康一 氏が「どうすればコーイノベーション・リスクとアダプションチェーン・リスクを避けられるか」を問いかけ、「例えばコーイノベーション・リスクでは、大企業ならコーポレートVCによる資金提供によって成功確率の高い補完業者を見出すこと、アダプションチェーン・リスクでは、主要な企業と政策側相互の働きかけで意識を合わせた目標設定と政策実施を実現することでリスク回避できないか」と述べました。

これに対して永田氏は、「それぞれのリスクが直面する課題や実情に合わせた対応が必要。政策のポジティブな機能、制度的な環境要因などを上手く巻き込むことによって解決できる側面もあるのではないか」とし、中心となる企業のリスクヘッジ・コストの負担軽減を図る方策として、成功確率の低いR&Dプロジェクトを抱えている補完業者のR&D機能強化に国の研究機関や大学をうまく巻き込んでいくことを提案しました。さらに、アダプションチェーン・リスクへの対応については、チェーンの弱い部分に対する国の低利融資やVCの資金提供を挙げました。

これを受けて政策側に立つ斉藤氏は、社会課題が大型化・複雑化しているからこそ、エコシステム的な縦割りでない対応が求められてきていること、リスクを前提として対応していく必要があること、その仕組み作りが追い付いていないことに言及しました。「早い段階から意識や課題、打つべき方策を共有し、関係者が納得感を持って進めるといったことが必要。このような場をどのように作るかということが政策側の課題かと思う」と、産官学民が集まり一緒に考えていく場の必要性を繰り返し訴えます。

坂本氏は、コーイノベーション・リスクに関して、大手企業の企業文化、技術の独占指向、元請け(大手企業)・下請け(スタートアップ企業など)といった関係性がボトルネックになる場合が多いとし、「オープン・イノベーションの中心業者と補完業者の関係性はパートナーシップ、つまりフラットな関係性であるべき」と指摘しました。また、各事業者の担当者間で使う言葉などのプロトコルが全く噛み合っていないまま突き進み、結局破綻するケースも多いといいます。アダプションチェーン・リスクについては、VCが投資を行う際の基本的な考え方を示した上で、「リターンを生み出せるまでにかかる巨額な開発コストを支えるのが、リスクマネーを供給する我々VCの役割であると思っている」と述べました。

議論に触発される形で参加者からの質問も増え、登壇者はそれぞれの立場から答えます。例えば、「先端科学かつ不確実性を伴う研究開発と規制や普及が共進化していく領域でエコシステムを形成する場合の日本での留意点や想定されるリスク」を問う質問に、永田氏は特に資金面の観点から、「成功確率が低く民間企業ではリスクを負いきれない研究領域の支援は、国の重要な役割。最近、さまざまな国家プロジェクトで社会実装ばかりを成果指標とする傾向を懸念している。これでは成功確率の低い領域の研究が伸びない。国は失敗することを含めた資金支援制度を作っていくべきだ」と意見しました。

最後に隅蔵氏が登壇者全員に投げかけたのは、多くの参加者から寄せられた観点でもある「日本におけるイノベーション・エコシステムの持続可能な環境をつくるための『次の一手』は何か」という問いです。

「技術をプッシュするのではなく、解決すべき社会課題から入ること。それを共有しながら、いかに強みを認識して対応するかだ」。齋藤氏は、文部科学省による「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)」での自身の経験から、行政にはイノベーションを含めて社会課題解決や地方創生などに対して新たな役割を担うことへの意識転換や相応の投資、大学や公的機関には社会の期待を受けて強化された支援策の適切なキャッチアップを求めました。また、文部科学省の政策領域のみでは対応できないことも多く、産業政策、労働政策、税制など、省庁横断的により幅広く連携して議論していくことが官の課題としてあるといいます。

坂本氏は、「やはりエコシステムを継続させていくことが重要。そのためには、地域、リスクを取ったスタートアップ企業、そして、オープン・イノベーションに取り組んだ大手企業、そして我々VCも、それぞれに経済的なリターンを得てきちんと成功すること。成功事例を生み出すことが民間に求められたミッション」と語りました。加えて、自社で活躍している理学や工学の博士号をもった人材に言及しつつ、多様な人材が活躍し、成功することが生態系の継続につながることを強調しました。行政に対しては、税制も含め、エコシステムに参加するインセンティブについて、省庁間の横串しを刺すといった観点で検討を行い、政策のロジック・合理性をよく考えて欲しいと要望しました。 

まとめとして永田氏は、「持続可能とは、環境が大きく変わってもその前後で大きく変化しない優位性が存在すること。シリコンバレーのように、持続可能なイノベーション・エコシステムを構築するにはエコシステムとしての多様性を内部化することが大切で、これを担うコミュニティが形成されると同時に、政策による適切な制度配置が必要である」と述べました。

文献

Moore, James F. [1993] Predators and Prey: A New Ecology of Competition, Harvard Business Review, May-June, 75-86.
Adner, Ron [2012] The Wide Lens: Anew Strategy for Innovation, Portfolio.(清水勝彦監訳『ワイドレンズ:イノベーションを成功に導くエコシステム戦略』東洋経済新報社, 2013年)

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