SciREX オープンフォーラム2022 シリーズ第4回
研究力強化への処方箋を
実効性あるものとするために
シリーズ第4回目は、SciREXセンターが企画し、「研究力強化への処方箋を実効性あるものとするために」と題したウェビナーを開催しました。科学技術と研究力はイノベーションの源泉です。しかし日本においては研究力の低下が顕著であり、長らく問題となってきました。この状況を改善すべく、現在は研究力強化のための施策が多数打ち出されています。これらの施策は果たして有効に機能しうるのか、見過ごされている課題はないか——今回は政策研究の視点から議論しました。
政策研究者は何を提示できるのか
導入として、モデレーターの林隆之氏(政策研究大学院大学教授/SciREXセンター長代理)から、日本の研究力低下とその改善をめぐる行政府の動きの紹介がありました。
林氏によると、2004年の国立大学法人化を機に「大学疲弊論」が唱えられるようになり、時期を同じくして論文数の伸び悩みや若手研究者のポスト減少など、研究力低下の傾向が見られるようになったといいます。2016年閣議決定の「第5期科学技術基本計画」でもこの問題は議論の対象となりましたが、それから5年以上が経つ現在も状況は改善していません。2021年閣議決定の「第6期科学技術・イノベーション基本計画」では、こうした状況を改善すべく、創発的研究支援事業などからなる「研究力強化・若手研究者支援総合パッケージ」、10兆円規模の「大学ファンド」、「地域中核・特色ある研究大学総合振興パッケージ」などの政策が打ち出されました。同計画を立案した総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)では、これら政策の効果確認を評価専門調査会で行っていく予定で、今後、エビデンスに基づいて政策の効果を検討しなければならない段階になると予想されます。林氏は「これまでも、行政府や資金配分機関のシンクタンク等が政策立案に必要なデータを提示してきたが、それを超えたより深い構造的な検討や実証的な分析が求められている」と述べたうえ、法律や制度の枠組みの中で前提を置いた議論をしがちな行政府に対し、政策研究者はフリーな立場で本当の課題とその解決策を見いだせるのではないかと問いかけました。
続いて科学技術イノベーション政策を研究する中堅・若手の研究者4名——長根(齋藤)裕美氏(千葉大学大学院社会科学研究院教授)、福本江利子氏(広島大学大学院人間社会科学研究科特任助教)、小泉秀人氏(一橋大学イノベーション研究センター特任講師)、小泉周氏(自然科学研究機構特任教授)からの報告があり、その内容を踏まえてパネルディスカッションが行われました。
大学教員を悩ませる「負のメカニズム」
長根氏は、自身が編集・寄稿した研究・イノベーション学会誌の特集号「日本の大学の変容と展望」の成果を紹介しました。同特集では日本の科学技術力低下の背景には研究の最前線である大学の変容があるとし、大学をめぐる政策や制度の歴史を踏まえて将来を展望・考察しています。
長根氏は、重要な論点として「博士人材市場の設計の失敗」と「大学改革」があると説明し、自身の論文から各種のデータを分析したグラフを示しながら、自然科学系研究科の博士課程に在籍する学生の数が増えている反面、彼らを受け入れる就職先は大学では減少し、企業では低い水準で推移していると指摘しました。一方、2004年の法人化で運営費交付金が減った国立大学では、研究を支える事務系・技術系職員の人件費が賄えず、その割合が減少しました。これは、若手研究者の不在と相まって、中堅以上の教員の教育負担・事務負担増をもたらし、大学教員の研究時間を減らす「負のメカニズム」の一つになっているといいます。
さらに、長根氏は特集号に掲載された林隆之氏の論文の「競争的資金では間接経費の割合が小さく、人件費のような基盤的経費がカバーできない」という内容に言及した上で、運営費交付金の配分を見直す必要性を説きました。最後に、政策研究の今後の課題として、大学の変容がどのような要因やメカニズムで日本の研究力低下をもたらしたのかについて、実証的(定量的)な研究と定性的な研究の両面が必要だと述べました。
研究者の個性にも注目した支援の在り方を
研究力低下はミステリーではない、設計されたことがその通りに進んだ結果ではないか——。福本氏はまず、国立大学法人化が研究力強化のために設計された政策ではなかったことを指摘し、副作用として教職員の雇用問題などが生まれ、研究力向上以前に教育研究活動の維持が難しくなってきているとの現状認識を示しました。
その上で、研究者へのインタビュー調査をもとにした、研究の現場とプログラムの設計のあり方をめぐる報告に移りました。科学技術振興機構(JST)の「さきがけ」プログラムに採択された経験のある研究者へのインタビュー調査をもとにしたものです。同プログラムは「独創的・挑戦的かつ国際的に高水準の発展が見込まれる先駆的な目的基礎研究」を掲げていて、研究資金の交付だけでなく、若手研究者の独立を後押しし、視野・経験・人脈を広げるなど人を育てる仕組みとしても機能していることが指摘されています。福本氏の調査からは、採択された研究者には「挑戦的研究を好む」という共通点がみられた一方で、ライフサイクルやタイプ、研究者としての生存戦略などは多様であることが示唆されました。制度を設計しただけで終わらせず、適切なフォローの在り方が成果に影響するといった知見も得られたといいます。
大学の現場では指標への対応が議論されがちですが、本来考えるべき問いは、「どうすればよい研究ができ、よい研究者が育てられるか」であると福本氏は提言します。併せて、研究者がひとりの人間として研究を楽しめているかが重要になるのではという考えを示し、報告を締めくくりました。
競争的資金が論文生産性に及ぼす影響とは
小泉秀人氏は、競争的資金が大学の論文生産性にどのような効果をもたらすかを定量的に検証したSciREX共進化実現プログラム(第Ⅰフェーズ)のプロジェクトの研究成果を報告しました。
小泉秀人氏はまず、研究の背景を以下のように説明しました。競争的資金には、規律をもたらす効果や監視による研究の脱線防止といったプラスの効果がある一方、事務作業の煩雑さや利用目的の制限のようなマイナスの効果もあります。では、どちらの効果が支配的なのか——。単純に競争的資金と論文生産性の相関関係を出すだけでは十分とはいえません。競争的資金を外部から獲得できる研究者はそもそも能力が高いと考えられ、研究資金ではなく、その能力によって論文生産性を上げている可能性などがあるからです。
同プロジェクトではそのような違いを取り除くため、33大学を部局のレベルで分析しました。その結果、外部資金の割合と論文生産性には逆U字の関係があることがわかりました。つまり、外部資金の割合が上がるにつれプラスの効果が支配的になるものの、ある割合を超えると負の効果が支配的になるのです。小泉秀人氏はこの結果を受け、研究力を強化するには競争的資金と内部研究資金のバランスが重要であると指摘するとともに、研究者が研究時間を確保できるよう申請・管理事務作業の簡素化について議論すべきだと主張しました。
「システム・エンジニアリングの活用を」