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SciREX政策リエゾン インタビュー 博士人材が広く活躍できる社会を目指して

(人材政策課 生田知子課長)

博士人材が広く活躍できる社会を目指して(人材政策課 生田知子課長)

「究極的には日本をこれからどう成長させるか、どういう国に生きるかという道のスタートラインだと思うのです」――

博士人材(博士課程の修了者)に関する施策についてそう語るのは生田知子さん。文部科学省で科学技術行政側からの人材政策を担う科学技術・学術政策局人材政策課の現・課長であり、SciREX事業において研究活動と政策形成・実施の現場をつなぐ役割を担う「政策リエゾン」でもある。

博士人材(博士課程の修了者)は高度な問題解決能力を持つことなどからイノベーション創出の重要な担い手として位置づけられているものの、修士課程修了者の進学率が低い水準で推移している状況など課題は多い。博士人材を巡る諸課題に対して文部科学省は今どういったことに注力しているのか、取り組む上でどういった難しさがあるのか、生田課長に話を伺った。

生田知子 氏

生田知子(いくた・ともこ)人材政策課長。2023年4月より現職。これまでに文部科学省大臣官房、科学技術・学術政策局、高等教育局、内閣府特命大臣秘書官、同府科学技術・イノベーション推進事務局などで多くのポストを担当。人事院の官民交流制度を活用した行政の外側での業務経験も豊富。SciREX政策リエゾンには制度立ち上げ時から名を連ねる

データに見る博士人材の必要性と課題

「時代が大きく変わろうとしている今、問題を見出し、課題を設定し、いろいろなプロセスからの解決を目指すことのできる博士人材は、日本の成長力を支える重要な存在です」。取り出された資料には、博士人材の必要性や有用性などを示唆するデータがいくつかの観点からまとめられていた。企業の研究職の最終学歴ごとの特許出願件数や論文の被引用件数から博士人材の発明生産性を示すものなどだ。

企業の研究職の最終学歴ごとの生産性を特許出願件数や論文の被引用件数から比較したもの。博士号取得者の発明生産性の高さや、キャリアを通じた発明生産性が上昇することを示唆するデータ〈図版提供:文部科学省〉

企業の研究職の最終学歴ごとの発明生産性を特許出願件数や論文の被引用件数から比較したもの。博士号取得者の発明生産性の高さや、キャリアを通じた発明生産性が上昇することを示唆するデータ〈図版提供:文部科学省〉

「それにも拘わらず……」生田課長は続ける。「例えば、理工系博士号取得者数とGDPにはある一定の相関関係が見られますが、日本では先進国や新興国に比べてその新規取得者数が有意に少ないこと、人口あたりでみても減少傾向が続いていることなど課題は多いです」。中でも問題視しているのは、修士課程(博士前期課程)修了者の博士課程(博士後期課程)への進学者数・進学率が減少していることだという。多くの分野でその傾向は見られるが、特に工学系の進学率(下図で一番下の灰色の線)は他の分野と比較しても非常に低い。「この影響を受けてか、日本の新規博士号取得者数における理学系と工学系、いわゆる「理系」といわれる分野の全体に占める割合が2015年からじわりじわりと減っています。ちゃんと捉えないといけない、大きな課題です」。

修士課程修了者の博士課程への進学率の推移(分野別)〈図版提供:文部科学省〉

修士課程修了者の博士課程への進学率の推移(分野別)〈図版提供:文部科学省〉

博士課程に安心して進める支援を

第6期科学技術・イノベーション基本計画では、「2025年度までに、生活費相当額を受給する博士後期課程学生を従来の3倍に増加」することを明記している(1)。具体的には、(a)「科学技術イノベーション創出に向けた大学フェローシップ創設事業」と「次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)」からなる所属大学を通じた機関支援、(b)リサーチアシスタント(RA)経費の適正化による支援強化が2021年度から始まった。2023年度の支援規模は、それぞれ約9,000人と約800人に上る。日本学術振興会(JSPS)による特別研究員制度(DC1、DC2)によるトップ層への個人支援(2023年度支援規模:約4,200人)などを合わせると年間約18,400人への金銭的支援が可能となる計算だ。今後は、修士課程からの進学者数の約7割となる22,500人の支援を目指す。

新たに始まった博士課程学生の支援の枠組みの概要〈図版提供:文部科学省〉

新たに始まった博士課程学生の支援の枠組みの概要〈図版提供:文部科学省〉

また、支援は金銭的なものにとどまらない。例えば、(a)の機関支援で展開する「SPRING・フェロー事業」では経済的支援と並ぶ形でキャリアパス整備を行っていて、2021年度の事業修了生の就職率は87%となった。産業界とのパイプを太くすることにも寄与しているという。

科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が2023年1月に公表した調査結果(2)によると、修士課程修了者が博士課程進学ではなく就職を選ぶ理由としては「経済的に自立したい」「社会に出て仕事がしたい」という希望に基づく回答に次いで、「博士課程に進学すると生活の経済的な見通しが立たない」「博士課程に進学すると修了後の就職が心配である」という不安から出るものが多い。生田課長は「対象を絞り込んで集中的に支援を行う政策が多い科学技術行政としては珍しく、まずは学生が安心して博士課程に進学していただけるよう裾野を広げていく方向で力を入れています」とその意義を強調しつつ、警鐘も鳴らす。「経済的支援というのは結局一過性のものです。一番重要なことは、支援した人たちが社会で活躍し、価値を生み出してくれるようになること。本当はそこまで目配りをしないと意味がありません」。

博士人材のキャリアパスの全体像。「産業界であれば経済産業省との連携も重要です」と生田さん。出口戦略は文部科学省だけでできる話ではなく、博士人材政策の難しいポイントの一つという〈図版提供:文部科学省〉

博士人材のキャリアパスの全体像。「産業界であれば経済産業省との連携も重要です」と生田課長。出口戦略は文部科学省だけでできる話ではなく、博士人材政策の難しいポイントの一つという〈図版提供:文部科学省〉

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