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インタビュー

キーパーソン・インタビュー vol.1鈴木 寛 氏政策決定の場にevidence based と熟議を。

サイレックス事業のスタート時、
文科省副大臣を務めていた鈴木寛氏に聞きました。

Q. なぜ、サイレックス事業が必要と考えたのでしょうか?

政策というのは、税金を使い、公共のリソースを使って行われるものですから、evidence basedを徹底すべきです。医療分野にはevidence based medicine =EBM、客観的根拠に基づく医療という言葉がありますが、私はそれをもじってevidence based policy makingということを考えています。思いつきや思い込み、個人的経験で決めるpower based policy makingではなく、客観的に科学的な根拠に基づいて、きちんと熟議されて決められるべきです。

Q. ちなみに、「power」には、現在どんなものが?

いろいろありますね。政治力、最近はメディアの力、さらにいうとセンセーショナル・メディアの力があります。事業仕分けもその一つ。スパコンに関する議論はかなり乱暴で、明らかにセンショーナリズムでした。ですから、研究の成否の物差しについてきちんと熟議し、政策言論空間を健全化したいと思っています。若い世代のbest and brightestが、科学技術の道を目指したくなるように。日本の科学技術は、非常にポテンシャルがあるにもかかわらず、このまま放っておくと優秀な人材が科学技術の分野から出て行ってしまうのではないか、という危機感があるのです。

Q. 「研究の成否の物差し」とは?

研究の評価には多様な切り口があります。たとえば、特許の一つも出なかった。仮説どおり証明されなかった。しかし、そのプロセスで人材がたくさん育成された。それを失敗といえるでしょうか。教育もそうですが、数値化できない価値というものがあります。数字以外でどう伝えていくのかについてもサイエンティフィックに議論していくべきだと思うのです。実はこの10年、経済市場主義がはびこって、科学技術研究も世知辛くなり、非常に近視眼的になっています。ビジネスは利潤の最大化に最終的には集約されてよいと思いますが、研究というものにはいずれも大事な複数の目的があって、研究もしくは教育の成否とは何なのか、その物差しについてはきちんと熟議したいのです。その枠組みがないので思いつきや思い込みや世の中のセンセーショナリズムにとても弱く、それらに左右されてしまう。しっかりしていれば風が吹こうが嵐が来ようが、フォローウインドだろうがアゲインストだろうがしっかり正しいものは正しいのです。まさにそこを科学の中で研究してほしいと期待しています。

Q. 議論には、どんな人に加わってほしいですか?

市民を集めてワークショップを開いたり、意見を集約する専門家や、ありとあらゆる科学技術のアンケートをとって実現可能性を分析する専門家がいたり、社会的課題がどのように技術に紐づいているのか研究している専門家がいたり。すでに痛みを感じていながら多くを語らない人たちが本気で話をしていく場面作りも必要かもしれません。アーティストにも加わってもらいたい。この世に一つしかない唯一無二の存在だったり、一期一会の出会いをクリエイトする人たちで、唯一無二のものを発見したり創造したりするということで言えば、科学もアート。イノベーションとクリエーションもかなり似ている。スポーツも同様。そういうことを一生懸命やっている人たちがもう少し連携したほうがよいと思います。

Q. サイレックス事業に期待する成果は?

2つあります。1つは、まず「評価の軸」をきちんと言語化したいですね。そのためには何を目指すのかというウエイトづけを常に意識しながら議論しなければなりません。それがどういう按配なのか、という議論の枠組みも提供する必要があるでしょう。その上で、人材育成効果はこのくらい、雇用創出効果は? 経済インパクトは? イノベーションのインパクトは? そしてリスクは? と。かつ、それをどうやって評価するか、という話です。

Q. 2つ目の期待する成果は?

テーマ・ポートフォリオです。科学技術振興計画が出るたびに、環境だ、ヘルスだ、バイオだ、と研究分野が決まってきますが、ではどの分野を選ぶのか。当然、バイオの研究者はバイオが最も重要と言い、環境の研究者は環境ほど大事なものはないと言う。最後は文科省が「人とお金」の配分を決めますが、その後は決まって「こんな大事な分野になぜこれだけなのか」「全く文科省はわかっていない」と叱られます。だが、果たして本当のベストポートフォリオとは何なのか。それを導くための建設的な議論の枠組みとプラットフォームを作りたいのです。ただし、現在のように、テーマを選んでから人を選ぶという方法も議論しなければなりません。

Q. テーマで選ぶのか、人で選ぶのか、ですか?

誰にやらせるかというチーム・ポートフォリオについて話をすると、日本は現在、各学会の正規メンバー、学会がオーソライズした人たちによって選ぶという客観的で公正に数値化できる選び方をしています。これは非常にモノトーン、すなわち単調なのです。たとえばERATO 科学技術振興機構では、人を選んでから好きなテーマをやらせています。つまり、ノーベル賞をとった天才的な人が一人で独断と偏見で選んでもよいし、35歳以下の若手研究者がピア・レビューで選ぶ方法もあるかもしれない。ある意味国債を買うようなもので、今はロー・リスク-ロー・リターン、いや、ミドル・リターンですが、35歳以下の若手がピア・レビューで選ぶのはハイ・リスク-ハイ・リターンかもしれない。とにかく研究というのはスケールメリットではなく、スコープメリット。どれだけダイバーシティを確保するかということです。

Q. そもそも、日本の科学技術イノベーションの課題は?

日本は、社会科学と自然科学と人文科学がもっと協働しないと、次の段階には行けないと思います。私はこのサイレックス事業を機に、社会科学と人文科学と自然科学の協働が進むことを願っています。20世紀は、国家安全保障上のリーズンが科学技術をドライブしてきた。ベースにあったのは、米ソ冷戦構造です。僕は20世紀の政治の歴史と科学技術の歴史のインタラクションについて阪大で授業をしていますが、戦前は独英あるいは独米の問題が、戦後は米ソの冷戦構造が科学技術を引っ張ってきました。科学技術に対する投資が過半数の国民の支持を得ることができたのは軍備問題、冷戦構造があったからです。しかしソ連がなくなった今、どういう文脈で科学技術に対して社会のリソースを投入し続けてくれるかということが案外議論されていません。だからいわゆる科学技術離れみたいなことになっているのです。これはどの国でも同様です。ですから、まさに自然科学、人文科学、社会科学の協働によってきちんと説明をして、あるいは説明の仕方そのものもサイエンスがひねり出してほしいと思っています。