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2025年度 第5回SciREXオープンフォーラム「科学技術イノベーション政策における
『政策のための科学』」推進事業
(SciREX事業)の挑戦と成果

パネル討論「SciREXの経験と蓄積を未来にどう生かすか」

登壇者

パネリスト

林隆之氏
(政策研究大学院大学)

赤池伸一氏
(文部科学省科学技術・学術政策研究所)

中澤恵太氏
(文部科学省)

有信睦弘氏
(叡啓大学)

安藤二香氏
(未来工学研究所)

モデレーター

有本建男氏
(政策研究大学院大学)

1. SciREX事業が追い続けた、政策のための科学を振り返る

 シンポジウムの最終セッションとして、SciREX事業全体をテーマにしたパネル討論が行われました。林隆之氏(政策研究大学院大学教授)、赤池伸一氏(文部科学省科学技術・学術政策研究所総務研究官)、中澤恵太氏(文部科学省研究振興局基礎・基盤研究課長)、有信睦弘氏(叡啓大学学長)、安藤二香氏(未来工学研究所主任研究員)が登壇し、有本建男氏(政策研究大学院大学客員教授)がモデレーターを務めました。
 冒頭で有本氏は、SciREX事業を振り返るにあたり論点となり得るいくつかのポイントを列挙し、討論に向けた整理を行いました。

 まず、SciREX事業が当初「Science for Re-design」を掲げて始まったプログラムであることを振り返り、その理念の重要性を改めて強調しました(図1参照)。特に、事業開始から15年が経過した今、「Re-design」はどこまで実現できたのか、当初の方向性からずれていないかを問い直す必要があると指摘。長期にわたる事業であるからこそ、これまでの積み重ねを前提にしつつ、理念と実践の関係を検証する視点が不可欠だと述べました。

 また、人材育成、研究、データ基盤整備、ネットワーキングという4つの柱を軸に、各大学のネットワークが展開されてきた点に触れつつ、今後はそれらを固定的なものとして捉えるのではなく、分野や組織の境界を越えて、常にダイナミックに対応していく姿勢が重要だと語りました。これらの課題については、科学研究やイノベーション全般にも共通するものです。政策についても、単に「行政におけるプロジェクト」として扱うのではなく、グローバル、リージョナル、ローカルといった多層的なスケールで捉える視点の必要性を訴えました。
 さらに、AIの急激な発展によって科学の領域でも研究方法やデータ収集のあり方が大きく変化していると言及し、そうした変化を次の時代へどう接続していくのかが問われているとも述べました。社会と密接に関わる部分も多い政策科学は、既存の枠組みにとどまらず、変化する科学そのものと歩調を合わせて再構築される必要があるといえます。

図1 「政策形成メカニズム」と「政策の科学」の連携による共進化

 ディスカッションに移る前に、有本氏は、パネル討論「STI政策人材育成教育プログラムによる15か年の取組の成果とこれから」で議論された人材育成の観点に触れながら、新たな時代の科学者・技術者像を再定義する必要もあると述べました。COVID-19によって引き起こされたパンデミックでの経験を踏まえて、2021年の国際学術会議が提示した「21世紀の科学者技術者像」では、科学-政策-社会のエコシステムにおける境界の役割が変化しているとされました(図2参照)。その中で示されている「Scientific knowledge generators(科学知識の生産者)」には、政策のための科学分野でのトップサイエンティストも含むと考えられると、有本氏はいいます。これに加えて、分野横断的に科学の知をイノベーションにつなげるための“科学的知識の統合者”として「synthesizer」の役割も取り上げ、科学と政治行政と社会を架橋する中間人材とそのキャリアの重要性を指摘しました。そして、「Science communicator」についても、欠如モデルに拠った単なる知識伝達者ではなく、市民との対話を通じて新たな課題を共有し信頼を醸成し、社会実装へとつなげる存在として位置づけ直す必要があると述べました。

図2 21世紀の科学者技術者像(有本氏作成資料)

2. ディシプリンの確立と学際性のバランス

 SciREX事業の振り返りをめぐり、林氏はおもに人材育成と研究の観点から、3つの論点を提示しました。
 1つ目は、事業開始から約15年の間に、SciREXを取り巻く社会情勢が大きく変化したことです。林氏によれば、近年強調されてきた証拠に基づく政策立案(EBPM)について「SciREX事業の設立当初で目指していたものは、現在の一般的な定義とは必ずしも一致しなかった」といいます。そのため、それぞれの取り組みとの接点を、どのように構築するかに難しさがありました。また、近年のSciREX事業では、スタートアップ・エコシステム、DX政策、経済安全保障など、文部科学省の所掌範囲にとどまらないテーマへの関心をもつ学生が増えています。こうしたテーマは重要性の高い政策領域ですが、事業としてどこまで十分に扱えていたかについては、改めて振り返るべき課題であるとし、そのうえで「取り巻く環境が変化するなか、当初の精神に立ち返ると、むしろ新しい課題や可能性が多く見えてきている」とも指摘。事業終了後にこれらをどのように維持・継承していくのかを考える必要性を強調しました。
 2点目は、事業の可視性(ビジビリティ)とディシプリンの確立です。林氏自身、SciREX事業に関与する前の事業に対する印象は、「ややクローズドで分かりにくいところもあった」といいます。そもそもSciREX事業においては、他分野との協働の姿勢を多様な学生に浸透させる、という目標がありました。そのなかで、集合体としてのビジビリティと、各人が現場で習得すべき知識・能力・スキルを両立させることに難しさがあったといいます。また林氏は、文部科学省等で新たに設けられた事業の中で、ELSIや多分野協働など「SciREX事業が15年かけて蓄積したことをゼロから議論している」場面があると感じています。知見や経験の蓄積を活かしつつ、事業終了後も、STI分野の専門人材のために、国際的に活躍できる環境を作ることと、幅広く育成すること、その両方をどのように継続するかを検討し、ディシプリンを確立させることが求められていると指摘しました。
 3点目は、政策形成における共進化プロセスのre-designです。林氏は現在の行政について「省庁の政策形成力が相対的に弱まり、人材が枯渇しつつある」と指摘します。そのうえで「SciREXの取り組みが、省庁外のシンクタンクなど民間にも広く普及し、ネットワーク型で捉えていくことが望ましい」として、政策形成のプロセス全体を引き続き前進させる必要性を訴えました。

3.人材育成の成果と課題-新しい専門人材キャリアの必要性

 続いて発言した赤池氏は、SciREX事業や政策科学領域に関わる人材をめぐる「人」、特にキャリアパス設計の難しさについて提言しました。一般的な研究者の場合、博士課程からポスドクを経て大学や研究機関に所属するという、比較的想定しやすいキャリアパスが存在します。また行政官についても、次官・局長級ポストをはじめ、国際機関や大学、その他の法人などへと展開するキャリアの流れがあります。ただ、政策科学領域では、どの程度の人数をどのような将来像のもと育成・輩出するのか、という現実的な設計が十分でない部分もあったといいます。これについて赤池氏は「事業の開始当初は、新分野の開拓に伴う新たなポストや組織の創設への期待もあった」が、運営費交付金の削減などから新たなテニュアポストの確保、大学や研究機関を取り巻く環境などの厳しさから、想定どおりにいかない部分もあったと述べました。
 一方で、近年はイノベーションマネジメントやファンディングエージェンシーといった中間領域を中心に、新たな人材の受け皿も生まれつつあります。こうした多様な場を含め、人材プールをどのように循環させていくのかが、重要な課題になると考えられます。より現実的な視点としては、大学の執行部との距離を縮め、政策科学分野の価値を組織として認めてもらう努力も求められます。
 行政側の変化としては、博士号取得者を含む、意識が高く、意欲的な若手行政官の増加が挙げられます。こうした流れに伴い、赤池氏の所属するNISTEPでも、行政職との併任・助言制度や、緩やかな政策提案の場づくりが進められるようになったといいます。今後は、大学における経営・人事のメカニズムと、行政におけるキャリア形成の仕組みを、より意識的に連動させていくことが求められるのではないかと指摘しました。
 最後に赤池氏は、「SciREX事業自体は一区切りを迎えるが、今後はこれまでの取り組みをリアルな場でどのように拡げていくかが問われている」と強調しました。その際には、データにとどまらず、仮説設定や分析の枠組みを重視する姿勢が重要です。膨大なデータは確かに重要ですが、そこにおくべき仮説や分析が弱ければ、研究を訴求力あるものとすることは困難です。赤池氏は、データへの感度が高い若手人材と、シニア研究者や実務経験者とを組み合わせることで、より質の高い政策研究が可能になるのではないかと指摘。世代や立場をまたいだ協働による分野の発展を展望しました。

4.EBPMの複雑さ・曖昧さをリアルに落とし込む

 中澤氏は、SciREX事業の中期に担当室長として関わった立場から、同事業を「大嫌いだけど、大好きだった」と振り返りました。「SciREX事業との関わりを通じて、人脈や価値観が大きく広がった。一方で、取り扱う領域は非常に複雑で、用語も曖昧だった」といいます。例えば、EBPMという言葉ひとつをとっても、人や立場によって理解が異なっていたため、共通言語を作ることが容易ではなかったそうです。冒頭の言葉は、政策科学の分野特有の難しさと、その得がたい価値の両方を表現しているともいえます。
 現場に目を向けると、行政官が研究者と継続的に接点をもつこと自体が、多忙さや異動などによって困難な実態があります。また、アカデミアと行政の関係は、研究助成制度などにみられるように「作る側」と「受ける側」という関係にあることが一般的です。
 一方でSciREX事業では、研究者と行政官との対等な関係づくりが目指されてきました。これは挑戦的な取り組みでしたが、外部からは「何をしているのかわかりにくい」「変わった事業」とみられることも少なくなかったといいます。中澤氏はこうした経験を踏まえ「共進化実現プログラムや研修の枠組みを活用して、より意図的に接点づくりを進める選択肢もあったのではないか」と、当時を振り返りました。一方で、イノベーション研修を通じて研究者と行政官が信頼関係を築き、共同で地方の研究機関を視察するなど、これまでにない取り組みも行われたといいます。現在も若手研究者に引き継がれているこうした人的ネットワークは、定量的に観測できないものの、事業の大きな成果として評価できると考えられます。
 SciREX関係者・約30名へのインタビュー調査を実施した安藤氏は、事業の大きな意義として、長期的なスパンのもとで多様なアプローチを試行できた点を挙げました。あるプログラムを通じて得られた知見やエッセンスが、後続のプログラムに十分引き継がれないまま再スタートしてしまうケースは、しばしば見受けられます。しかし、「この事業では、第2期に開始した研究プログラムを振り返り、共進化実現プログラムへと移行するなど、プログラム単位で知見をつないでいくことができたのではないか」「RISTEXの公募型プログラムでは、3期を通じたプロジェクトの分析をし、またSciREXセンターでは共進化実現プログラム(第Ⅰフェーズ)のプロジェクトに対するフォローアップ調査を通じてプログラムの成果やマネジメントについて分析をしている。自らエビデンスを積み重ねて、何が大事かを検討してきた」と安藤氏は述べ、そういう姿勢を評価しています。この知見やエッセンスの蓄積が継承されることを期待しています。

 安藤氏が課題として指摘したのは、個別の事業の枠を超えた『事業プログラムのポートフォリオ』という視点です。また、SciREX事業における政策科学と政策形成プロセスの共進化について振り返り、政策科学については、学際分野として裾野を広げることが事業の出発点にあり、質の高い政策研究の深化とナレッジの蓄積を同時に取り組む難しさがあったのではないかと指摘。一方、政策形成プロセスの進化はより困難で、歴代の担当室長もその難しさを認識していたといいます。文部科学省自らがプログラムをマネジメントする立場として機能を果たすためには、プロジェクトの推進や連携だけでなく、EBPMサイクルや現場の政策サイクルと事業をどう関連付けるかが必要であり、今後類似の取組を実施する上では、事業で得られた知見をつなげていくことが望まれます。
 キャリアパスの観点からは、「回転ドア」の概念の重要性についても指摘がありました。これは、行政と、大学や研究機関、民間企業等の間で人材が流動的に行き来することを指す言葉です。こうしたキャリアパスは海外では一般的になってきていますが、日本では十分に制度化されていない現状があります。安藤氏は先の人材育成に関する言及に関連して「SciREX事業の関係者が、科学技術政策立案部局や拠点間を循環するような仕組みを、制度として組み込むことも含め検討すべき」だと述べました。

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5. 中間評価からみる「政策のための科学」の論点
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