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2025年度 第5回SciREXオープンフォーラム「科学技術イノベーション政策における
『政策のための科学』」推進事業
(SciREX事業)の挑戦と成果

5. 中間評価からみる「政策のための科学」の論点

 有信氏は、SciREX事業の中間段階にあたる2019年に文部科学省のアドバイザリー委員会が取りまとめた報告書の内容を紹介。当時、結果の一般化に向けた方法論の深化、データ構造の体系化、人材育成などが主要な課題として挙げられていたことを説明しました。そのうえで、「当初掲げた方向性のなかで、これらがどこまで実際に達成できたのかについては、必ずしも明確ではなかった」と振り返りました。加えて、アドバイザリー委員会自身がこれらの課題の深耕にどこまで主体的にコミットできていたのかについても検証の余地があるという認識を示しました。
 政策科学の体系化においては、科学技術やイノベーション、政策といった複数の軸が存在します。これらの軸の組み合わせに加え、政策側から必要な科学技術にアプローチする研究もあれば、科学技術の側から政策へと向かう研究が存在することも考慮する必要があります。例えば宇宙デブリに関する研究は、政策ニーズから科学技術へと接続する典型例です。こうした多様な研究を整理するだけでなく、どういった点に注目していくかを検討する姿勢も、今後必要になると考えられます。
 また、以前からの課題として解決に至っていないものの1つが、データベースの整備です。データベースにかかる根本的な問題として、「エビデンスとは何か」という問い自体が未整理である点が挙げられます。有信氏は、「生成AIの登場に伴ってデータやエビデンスの取扱いは大きく変わってきた」と述べました。大きな観点としては、データの質です。大規模言語モデル(LLM)には種類ごとに特性やアンコンシャスバイアスの存在が否定できないため、そこから生成される情報をどこまでを事実、エビデンスとして扱うのかについて、慎重な検証が求められます。データの質に対する一定の標準化も不可欠です。
 有信氏は最後に、共進化の継続性を重要な論点として示しました。「協働は、行政官にとって研究のプロセスを含む理解を深め、政策形成がより適切な形で行われるようになる。この事業でも、個別のテーマごとの協働は概ね効果的に進められた」といいます。しかし、担当する行政官が交代するたびに事業の成果や反省が失われてしまう、また、研究者は政策的な研究分析自体が目的になってしまい、政策側にかける労力が増え、目的を見失う、研究の質を下げるようでは意味がありません。有信氏は前者について、制度化や最低限のテンプレートを作って引き継ぐなどの方策を示しました。科学技術の進展が急速に加速する現在だからこそ、科学技術とイノベーション、そして政策との関係を改めて問い直す必要があるといえます。

6. 今後の課題と展望―ポストSciREXに向けて

 続いて、会場の参加者も交えて、質疑応答も兼ねた討論が行われました。主に4つの視点から、SciREX事業終了後に求められる取り組みも含めながら、活発な議論がなされました。

① 科学技術政策のための科学とは何か―言語化の必要性と体系化に向けた整理

 最初に提起されたのは「そもそも科学技術政策における“科学”とは何か」という根源的な問いです。例えば、高度経済成長期における科学技術政策と、2025年現在におけるそれは、社会的文脈も政策課題も大きく異なります。社会の変化という背景もあって、明確かつ一貫した定義や体系は、十分には言語化されていないのが現状です。
 これに関連して赤池氏は、「時代の変化が激しく、やらなければならないこともたくさんある。非常に難しくなっているからこそ、やるべきことが明確になっているのは確かだ」と述べ、科学技術政策における“科学”を問い続ける余地があると感じています。また有本氏は、特別講演における坂田一郎氏のレクチャーを踏まえ、「研究者と行政官をつなぐ学理として、どのようなものが必要とされているのかがポイントではないか」と指摘。併せて、そうした学理について、海外も巻き込んでScientistとして議論する姿勢が不足していたのではないかと問題提起しました。
 そのほか、討論では「科学でできることとできないことを明確にすること自体が目標ではないか」「問いそのものを設計することが重要なのではないか」といった指摘もなされました。現代においては、既存の問いに対する答えを提示することはもちろん、政策や社会の変化に応じて問いを再構築するような転換が必要とされているともいえます。今後は、政策のための科学を、単なる分析技法やデータ活用に還元するのではなく、問いの設定、枠組みの構築、異なる知の統合までを含む広い営みとして再定義し、段階的に体系化していくことが求められます。

② 継続性と発展性の確保― インセンティブ、成果の可視化、役割分担の制度化

 SciREX事業の終了後、いわば「ポストSciREX」に関する議論では「継続性と発展性をいかに確保するか」が大きな問題意識としてクローズアップされました。参加者からも、継続性について「分野として知見が蓄積されつつある中で、事業の終了とともに成果が霧消してしまうことを懸念している」といった声が聞かれました。
 これについて中澤氏は、現役の行政官の立場からみた問題点として、異動などにより担当者が変更されるとプロジェクトの進捗や成果の蓄積に影響が大きい点を改めて指摘しました。その一方で、近年は若手を中心として、異動後もプロジェクトにある程度関わり続ける働き方が徐々に許容されつつあるなど、少しずつ変化が生じていることを紹介しました。こうした変化を「必要に応じて研修やサマーキャンプに参加するような文化も芽生えつつある」(中澤氏)うちに定着させることが、事業の継続性を確保するうえで重要と考えられます。また、有信氏は、行政官の変更による取り組みのリセットを防ぐ方策として、必要最低限のテンプレートを、セクションごとに作成・記録することを提案。具体的な形への落とし込みの必要性に言及しました。
 成果の可視化については「政策形成プロセスを変えることのインセンティブは、どこにあるのか」が重要な論点として示されました。加えて、政策をよくすること自体の成果が比較的みえにくいという構造上の問題があるなか、定性的な成果の意義のアピールを訴える声も聞かれました。実際に事業のフォローアップ調査に関わった安藤氏は、大学等の現場に出る機会が少ない行政官と、政策立案に関わる政策研究者を、プロジェクトや研修を通じてつなぐことができた事例を紹介。政策への直接的な貢献だけでなく、人的ネットワーク形成や個別の研究知見を政策の文脈で捉え直すための「共通認識の醸成」や「政策課題の構造化」を成果としてアピールする重要性を強調しました。また赤池氏は、「問い(question)を作ること、それも既存の問いに基づいて答えを生み出すのではなく、問いそのものをどう作っていくのかというところが重要ではないか」、そこに取り組める人材育成が求められるとの見解を述べました。
 これらの課題を解決するには、研究者と行政官の役割分担の明確化も必要です。林氏は「研究者と行政官のパートナーシップは重要だが、それでどんなことでも進められるわけではない」とし、両者が一緒に取り組める事例に注力する必要性を述べました。それぞれの立場で実践できることに違いがある以上、「誰が何を担うのか」を前提にした協働のデザインが不可欠になってくるといえそうです。

③ 実践と理論のバランス― EBPMによる成果に関するエビデンスの収集

 EBPMをめぐる議論では、「実際にエビデンスに基づく政策立案は増えたのか」という率直な問いが会場から投げかけられました。最近では、政策文書に指標やロジックチャートが盛り込まれるようになり、エビデンスが一定程度参照される場面も増えてきました。一方で、参考文献が示されないケースも目立つのが現状です。
 この現状について林氏は、「個人によって、EBPMやSciREX事業に対する理解が、幅があることが背景にあるのでは」と推測しました。そもそもSciREXでは、エビデンスをRCTのように明確に得られる単体の情報ではなく、政策形成の過程で共同して作り上げていくものと捉えており、EBPMの活動に関係者との共同プロセスのあり方を考える視点も含まれるように考えています。こうした「懐の深さ」や多義性を十分に説明してこなかった、と反省点を指摘しました。重要なのは、エビデンスを一緒に作って政策形成に活かす活動自体をどう考えるのか、という姿勢です。安藤氏や中澤氏は同様に、どのようなエビデンスを政策に結びつけるのかという点に加え、「どのような理論的背景(学理)に基づいて政策を構築しようとしているのか」という共通の枠組みをあらかじめ定義しておくことが、個別の研究成果が政策にどう寄与したかを事後的に評価する上で不可欠であると考えています。
 一方で、政策とその成果の関係性は、必ずしも明確ではない場合もあります。有信氏は、個々の政策にエビデンスがどう具体的に活かせているかを特定することは難しいことを指摘。「短期的な成果がないからといって、EBPMの取り組み全体を否定することはできないのではないか。政策決定プロセス自体や、行政官-研究者間の共進化関係は一定の改善をみたと考えている」と見解を述べました。

④ 国際的な共通課題としての認識― 国内議論を超えた視座の必要性

 このパネル討論では、科学技術政策が、日本固有の課題にとどまらず、国際的にも共有される問題であることも改めて示唆されました。特別講演を行った坂田一郎氏は、この議論の中で、計算社会科学でトップの業績をあげているAlbert-Laszlo Barabasi博士(Northeastern University)の研究室における研究活動を例として紹介しました。複雑ネットワークの権威であるBarabasi博士は、ネットワーク科学の手法を用いて、政策立案のための基本的な原理やコミュニティの行動原理の抽出を進めています。その研究活動の特徴は「政策立案を念頭におきながら、科学的インパクトも追求しているという点」にあります。科学技術政策の分野では、政策上・経営上のインパクトをもつことが重要ですが、海外の研究者や実務家と、scientistとして対話していく姿勢も必要であるといえます。
 有信氏は、今後の日本における政策科学の分野に求められるものとして、個別の研究を俯瞰してつなぎ直す「メタ・サイエンス的な視点」を指摘しました。具体的な研究結果を活かしつつ研究の全体構造を明確化することで、政策科学という領域自体がよりクリアに整理されてくる、といいます。これまでの成果を白紙に戻すのではなく、国際的な議論とも接続しながら再整理し、次の展開へとつなげていくことが求められると考えられます。
 最後に有本氏が、SciREX事業立ち上げ直後に参加した、米国科学振興協会(AAAS)の年次総会でのエピソードを紹介しました。SciREX事業の構想について紹介した際に、米国の科学技術政策の重鎮Lewis Branscomb氏から『SciREX事業は非常に大事なチャレンジを行おうとしている。政策科学の取り組みは、科学研究と政策の両輪で一緒に進めていく必要があるが、米国の専門機関においても、研究だけで終わる事例が珍しくない』とSciREX事業のガバナンスに重要な指摘を受けたといいます。政策科学は、データや分析による研究活動と、実社会に根ざした政策作りの両方が求められる分野ですが、両者を合わせて実践することは内外ともに容易ではありません。こうした困難を認めつつも、だからこそ「政策科学を担当する人や集団は、常に研究と政策を連動させながら、やっていることを内省する姿勢が必要だ」と有本氏は強調しました。そして、SciREX事業のレガシーの検証も含め、研究と実践の歩みを続ける重要性を確認し、討論を締めくくりました。

※当日の発表資料はこちらをご覧ください。

以 上

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