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2025年度 第5回SciREXオープンフォーラム「科学技術イノベーション政策における
『政策のための科学』」推進事業
(SciREX事業)の挑戦と成果

3.政策起業家としての研究者という新たな役割

 続いて、神奈川県立保健福祉大学講師の黒河昭雄氏は、JST-RISTEXの「科学技術イノベーション政策のための科学 研究開発プログラム」での経験を踏まえて、「政策起業家としての研究者」という新たな人材像、役割モデルを提示しました。

 黒河氏は、JST-RISTEXのプログラムで、ファンディングを受けた研究者は、研究開発活動の中で非常に難易度の高い要求をされていたと振り返ります。良い研究開発成果を生み出す、良い費用対効果を分析するなど、さまざまな研究上のアウトプットだけでなく、「政策現場とコミュニケーションしながら、研究成果を実際に使ってもらえるところまで求められていた」と指摘。また、「当たり前のことだが、研究として良い成果というだけでは政策過程では利用されない。これに気づくのに意外と時間がかかった」とも述べました。
 その理解の上で黒河氏は、53件のJST-RISTEXのプログラムが研究者に求めていた役割を、Kingdon(1984)が政策立案プロセスのアジェンダ設定段階を説明するために開発した「Multiple streams framework」における「政策起業家(Policy Entrepreneur)」の定義を元に、「学術的政策起業家(Science-Policy Entrepreneur: SPE)」だと定義しています。政策起業家とは、問題・政策・政治といった個々のストリームを調整する役割を持つものですが、いうなれば、知識を翻訳して異なるコミュニティをつなぐ「ナレッジブローカー」や、組織内外の異なる部門・組織、専門分野などの境界(Boundary)を越えて、人・情報・リソースをつなぎ合わせて新たな価値創造やイノベーションを促進する「バウンダリースパナー(橋渡し役)」的な役割の実践を、研究活動に組み込むことが求められていたといいます。
 ただし、黒河氏は、政策起業家と“学術的”政策起業家の概念の違いについて、後者は利益の調整や合意形成だけではなく、科学的な信頼性のもとに、科学的な知見を実際に政策現場に適用していくために行動していくものだと説明しました。
 黒河氏によると、SPEの特徴は、客観性と普遍性を重んじる「科学者」としての規範と、目的志向性と党派性を本質とする「政策起業家(唱道者)」としての規範、この「ハイブリッド・アイデンティティ」を備え持つことだといいます。
 この科学の論理と政策の論理の交差地点(science-policy interface)に研究者が立ち、研究成果を政策の実装へとつなげられるという試みは、必ずしも誰にでもできるわけではなく、「ギャップを操縦していく役割には、(バランスの)難しさがある」と黒河氏は述べました。
 また、黒河氏は、Pielke(2007)の「誠実な斡旋者」と「唱道者」のモデルも参考にしつつ、「学術的政策起業家は、単に二つの役割の間で受動的に葛藤する引き裂かれた存在ではなく、両者を能動的に統合・活用する、より高度な戦略的ナビゲーションを実践する」、いわば「誠実な唱道者」としての役割が求められていると強調します。その結果、研究者は斡旋するだけではなくて、ある種その目的を唱道していく役割さえ担わなければならず、アジェンダ設定から啓発、さらにオプションの提示、裏付けとなるデータの作成まで、広範な作業が要求されると説明しました。ただし、前述したように、研究者誰しもに学術的政策起業家の役割を期待することは難しく、多くの負担や困難を伴うことから、政策研究の利用を政策側に促していくのであれば、研究者自身が担いきれないコミュニケーション部分などを支援する人材を引き入れる方法もあると述べました。黒河氏は、JST-RISTEXのプロジェクトの中でも、研究者のリーダーシップのもと、政策側との関係構築をしながら、学術的政策起業家の役割を支援する中間人材が参画する事例をたくさん観察したといいます。

黒河氏作成資料

4.政策と研究をつなぐためのアプローチ

 これらを踏まえて、黒河氏は、政策と研究をつなぐための3つの具体的なアプローチを示しました。

1)インセンティブの制度化

 「科学者としての役割」は研究業績として評価されるものの、「起業家としての役割」は政策実装に不可欠であるにもかかわらず、公式には評価されないシャドーワークとなりがちです。このシャドーワークは必ずしも研究成果に結びつくとは限りません。これを黒河氏は、学術的政策起業家として、個人の時間と資源を投じて行われる無報酬かつハイリスクな活動となりえると指摘し、「インセンティブの非対称性」と表して問題提起しました。
 これまでシャドーワークとして評価されなかったところにどう光を当てていくか、取り組みを評価するかについて、黒河氏は、一例としてポリシー・インパクトを与えた研究者に贈る賞の創設を提案しました。
 また、「いくつかのプロジェクトの中には、そうした活動の結果として法的な紛争に直面するようなことがあった」と述べ、政策や政治に関与することで生じるリスクへのサポート体制の必要性も指摘しました。

黒河氏作成資料

2)政策起業家支援の必要性

 研究者には、政策起業家的な活動や振る舞いのトレーニングを受ける機会がないことを指摘。その上で、「15年間をかけてSciREX事業で整理してきた経験やノウハウがある。こうしたものを、今後政策に関与していきたいと考える研究者たち、あるいは研究者の予備軍たちにトレーニングする機会を通じて提供していく」ことを提案しました。黒河氏は、大学院レベルの教育から、若手研究者、成熟した研究者まで、それぞれのレベルに応じたトレーニングが必要だと考えています。

黒河氏作成資料

3)中間人材の機能強化

 また、学術的政策起業家の役割すべてを研究者が担えるわけではないとして、中間人材による支援・サポートも提案しました。ただし、これも「極めてスキルフルな役割」であり、「研究の知見と行政の知見があれば担えるという簡単なものではない」として、さまざまなバックグラウンドを組み合わせることはもちろん、中間人材としての実践的な知見を体系化した上で人材育成を行っていくとともに、こうした中間人材のポジションをきちんと作っていく必要性を訴えました。

黒河氏作成資料

 黒河氏は、「こうした制度化への取り組みも、SciREXに残された課題ではないかと私自身は考えている」と締めくくりました。

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5.政策現場が求める人材像 - 元行政官の視点から
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