ワークショップ
科学的知見を社会に
実装することの難しさ
台風、地震による津波、火山の噴火……日本は世界でもトップクラスの自然災害大国です。特に、2011年の東日本大震災に代表される地震災害は死者・行方不明者数が圧倒的に多く、被害を最小限に抑えるためには様々なアプローチが必要です。昨今、地震の予測に関する研究は地震発生規模・確率の長期評価や全国地震動予測地図といった形で公開されていますが、地方公共団体や民間企業、そして国民の認知が一部進んでいない、また認知はされていても活用が難しい場面もあるという現状があります。
市民と行政のインタラクションを研究する森川さんは、「リソースには制限があるので、住民に地震研究の成果を活用してもらうとき、活用する側の人々がうける負担も考慮しなければならない」といいます。時間やお金などのリソースが有限である中、地震研究の成果を災害対策に結び付けるうえでも地方公共団体や住民へどのように働きかけることが適切であるのかを分析し、実際に社会へ落とし込むサイクルを回すことが要となります。
「地震という災害が持つ特徴」もまた、防災研究活用のハードルとなっています。災害の中でも地震は特に発生予測が困難であり、現在の科学的知見では台風のように短期的な予測ができない現状があります。数十年単位という長期期間内の発生予測は公開されているものの、自治体・企業・個人にとっては活用が難しく、認知されていても「数値がこの程度」「地図の色がこうなっている」といった表層的な理解に留まっており、どう働きかけるかが大きな課題です。
ステークホルダーの歩み寄りで実現に近づく
プロジェクトの目標は、科学の研究成果が実効的に活用されるための可能性を分析することです。そのために、これまで、科学的知見を活用した予測の過程を住民や自治体に可視化、防災対策の現場にどのような変化が生まれるのか検証を行ってきました。プロジェクト最初の1年を終えて分かってきたのは、「地震に関する科学的な知見」と「災害に関する実践的な知見」との間に距離があることでした。
現在日本の地震研究は「地震調査研究推進本部」(地震本部)が一元的に推進しています。阪神大震災を機に発足した地震本部のミッションの一つが、地震に関する研究成果の普及です。しかし、地震本部が実施してきたアンケートでは公表物の活用にまだ改善の余地があることが分かりました。地震防災研究の成果をしっかりと社会に伝えることがまず求められますが、研究の成果そのものだけでなく、研究が社会にもらたす効果や影響も含めて共有することが重要です。森川さんが「共進化、つまり行政・研究者・住民がそれぞれ歩み寄ることが求められる。お互いに理解できないところがあれば、それを指摘できるような関係になれるとよい。さらに、行政や住民が研究者と協働するだけでなく、自らがアカデミックな視点で考えることができるようになるなど、知識の流動性が高まることが理想。今回のプロジェクトがその一歩になれば」と語るように、ボトムアップなアプローチも必須であるといえます。
ワークショップから見えたもの