SciREXセミナーより 「変革期の日本を考える」 少子高齢化・人口減少からみる日本の特異性

 SciREXセンターでは、政策担当者と研究者等が重要な政策課題について意見交換を行うために『SciREXセミナー』を 開催しています。9月のセミナーでは、金子隆一さん(国立社会保障・人口問題研究所副所長)に「21世紀、世界の人口構造の変化と日本」についてお話しいただきました。本誌ではご講話の一部である、今後日本に訪れる人口構造の変化と影響について、ご紹介します。

1.歴史的転換点にある日本の人口変化


図1 世界の人口推移と今後の推計
 世界の人口推移(図1)を見ると、近代化とともに爆発的に増加し続けているが、ピークを超えたあたりで一定水準を保つと想定されている。このパターンは生態学では「ロジスティックカーブ(別名、S字カーブ)」と言い、生物は一定程度まで個体数が増加したのち、それをキープすることを表している。  他方、日本の人口推移と今後の推計をみると、通常のロジスティックカーブを描いておらず、2008年をピークに急激に減っていく(図2)。日本では、明治期に人口増加が始まったが、今後は明治期の増加ペースと同じペースで減少に転じるとされている。しかし、これは単に一度経験した人口や社会の変化を逆回しにして経験していくのではない。労働力人口の割合が減少しながら、高齢者の割合が増加するなど、人口構造の中身が大きく異なっている。日本では1960年代の人口の上り坂の時期に、国民皆年金、皆保険制度などの現代社会の基盤となる多くの制度がつくられてきた。今後人口が下り坂に入り、社会の前提が転換していくなかで、これらの制度が従来通りに機能していくことはほとんど期待できない。


図2 日本の人口構造の推移

2.人口減少のスピードと高齢化


図3 世界の人口増加率の比較
 国連が出した推計に基づき、世界の人口増加率、減少率を比較することができる(図3)。
 人口増加率1%とは、70年で人口が2倍になるペースを意味する。1%というとたいしたことのないように感じるが、これが500年続くと人口は148倍、1000年続くと22,026倍となるから、爆発的な潜在力を持つことが分かる。日本の人口増加率は今後21世紀半ばにはマイナス1%にまで低下する見通しで、これが続くと70年後には人口は半分に、1000年後には日本人口そのものが消滅するほどの減少ペースに直面する。

図4 平均寿命(LE)と出生率(TFR)の国際比較
 また高齢者の割合についても世界の動向と比較することができる。高齢化自体は、どの国でも近代化にともなって避けることのできない共通課題であるが、その進み方は国ごとに差がある。その中で日本は、1990年代から高齢者の割合が急激に増え、いまや世界のトップを歩いている。図4は縦軸が出生率(TFR)、横軸が平均寿命(LE)を表しているが、日本は出生率が低く平均寿命は著しく長い。この状況に変化の徴候はなく、21世紀半ばまで続くと見られる。この極端な組合せが長期に続くことによって、急速な高齢化が生み出されていく。

3.少子化を解決したら、人口減少は止まるのか?

 たとえば、今、少子化問題が完全に解消したと仮定してみる。少子化を解消するとは、出生率が人口置換水準まで回復することを意味するが、今の日本では、たとえこれが実現したとしても、2070年頃まで人口は減り続ける。というのは、仮に女性一人ひとりが今よりも多くの子を産んだとしても、親世代の人口規模が縮小しているため、全出生数はそれほど増えないからだ。人口は増加を始めたら、その増加が止まるまでには長い時間がかかるし、いったん減少を始めたらその減少も簡単には止まらないという特性を持つ(人口モメンタム)。このメカニズムにより、日本の場合、今少子化が解消されても、2070年代まで人口減少は止まらない。

4.人口ボーナスと、迫る人口オーナス

 次に、人口構造の中身に着目してみる。従属人口指数(年少人口と老年人口の和を生産年齢人口で割ったもの)は、働き手が自分以外に平均して何人扶養しなければいけないかという社会全体の扶養負担を表す指標である。日本の従属人口指数は、戦前において約0.7(1人で0.7人を扶養)であったが、戦後は出生率の低下と若年死亡の低下による生産年齢人口の増加とによって、0.4 ~ 0.5人程度まで下がった。これによって高度経済成長期に、労働力増加率が人口増加率よりも高くなる「人口ボ-ナス」を迎えた。人口ボーナスは、近代化の過程でどの国にも一度だけ訪れるとされており、経済成長を強力に後押しする。
図5 人口ボーナスと人口オーナス

図6 各国の従属人口指数と推計
 現在の日本は、人口ボーナスの逆、「人口オーナス」の状態に入りつつある。人口オーナスとは、生産年齢人口が減少し老年人口が増えたことにより、従属人口指数が高くなる現象である(図5)。  世界に目を転じれば、現在、中国と韓国は人口ボーナス時期で、続いてインドネシアが人口ボーナス期を迎える。世界の発展途上国が次々とボーナス期を迎える中、日本は世界の先頭を切って人口オーナス期を迎えていくのである(図6)。

5.移民の受け入れに可能性はあるのか?

 このような深刻な人口減少問題に対して、海外から移民を受け入れるべきだという議論もある。確かに移民を受け入れた場合、人口高齢化をある程度緩和できると考えられる。しかし、2060年までに日本の生産年齢人口は約3,300万人減少すると予測される中、それを移民で代替するとなると毎年非現実的な規模の移民受け入れが必要となり、社会的影響も甚大なものとなる。また、世界の将来人口推計を見ても、若年人口が増え続けるのはアフリカぐらいで、今後はどの地域も高齢化が進むため、若年人口が貴重となる。移民の争奪戦が起きた場合、移民は経済規模に応じて移動することを考えると、日本に定住するだけの経済的メリットがないと移民を受け入れることすらできなくなる。

6.少子高齢化、人口減少社会への処方箋


図7 平均余命等価年齢によるよる高齢化指標
 では、このような少子高齢化、人口減少時代において、われわれ日本は何を持っているのか。それは、まさに「健康」と「長寿」である。
 1960年の男性65歳の余命と2010年の男性65歳の余命を比較すると7.1歳伸びている。また余命に関して1960年の65歳の余命11.6年を基準とすると、2010年時点では74.8歳に相当し、健康寿命が延びていることが伺える。1960年の65歳以上を「高齢者」という定義に当てはめると、現在だと75歳以上を「高齢者」にすることが妥当となる。
 このように平均余命と健康度を加味した計算によって「高齢者」を定義し直すと、通常の定義で約40%であった2060年の高齢化率は、約20%にまで下がる。また従属人口指数についても2060年には従来定義で96.3%のところ、新たな「高齢者」定義に基づくと、40.7%にまで下がる(図7)。
金子 隆一さん  「健康」と「長寿」を活かすことができれば、高齢化社会は扶養負担が重くのしかかるだけの社会とは限らない。ただしこのことは、高齢者が健康になっているから、年金支給開始年齢を引き上げようという単純な話ではない。本当の意味でお年寄りの経験と知識を活用する社会をつくることができれば、少子高齢化の抱える課題を乗り越える可能性が十分にあることを意味する。そのような社会システムを世界に先駆けて日本がつくることが出来るのならば、それは「21世紀モデル」として世界へ発信できるものになるだろう。このように技術革新だけでなく、技術革新を最大限に活かせる社会イノベーションの実現が最も重要であり、実は最も難しい。

(文責 SciREXセンター事務局)

かねりゅういち 国立社会保障・人口問題研究所副所長
PROFILE
専門は、人口学、人口統計学。東京大学理学系大学院修士課程修了後、ペンシルバニア大学大学院博士課程修了、PhD(人口学)。
プリンストン大学フェロー、ロックフェラー大学フェローなどを経て現職。
主な編著に『ポスト人口転換期の日本』原書房(2016年)など。