SciREXと研究者 政策科学の繋ぎ手たち 科学、政策、社会還元のエコシステムを目指して

Q まず松尾さんのご専門、ご関心事についてお伺いします。

 主要な関心は、科学と政治が交錯する分野で生じる問題を題材に、それを取り巻くアクター、プロセス、規制や制度設計、ガバナンスを分析・検討をすることです。もともとは政治学などをベースとした国際協力学がバックグラウンドでしたが、様々なプロジェクトにおける研究活動を通じて、科学と政治のギャップに起因する社会的紛争の解決のための基盤となる、多様な分析枠組み・ツール・アプローチに取り組んできました。具体的には、リスクガバナンス、ナショナル・リスク・アセスメント、TA(テクノロジーアセスメント・技術の社会的影響評価)、JFF(Joint Fact Finding、共同事実確認)等、新規技術やそれに伴うリスクの取り扱いに関する学際的な分析アプローチです。研究対象としては、食品安全分野を主体としてきましたが、そこで得た知識と経験をベースに、環境、公衆衛生、国際保健等にも研究分野を拡大しています。研究対象が分野横断的であることから、自然科学系の研究者との協働研究を通じて構築した多様な人的ネットワークをベースとして、研究、政策、社会還元の循環的な展開を目指しています。

Q リスクガバナンスなどの研究を通して、科学と政策の間にはどういった課題があるのでしょうか?

 これまでの研究を通じて得られた教訓は、社会的政策課題には、「正しい」唯一解はなく、エビデンスも、取り得る対応・政策オプションも、おかれた立場や所属する組織、ディシプリンによって様々だということです。そのため、その多面性を網羅的かつ俯瞰的に把握したうえで、取りうる対応策を検討して意思決定をすることが重要、ということです。例えば、社会的論争ともなった食品中の放射性物質の問題では、低線量被ばくのリスクに関する科学的不確実性の問題について、科学がワンボイスであるかのごとく捉える社会の期待と裏腹に、専門家(関連する自然科学と社会科学の専門家)を集めたJFFを実施することで、科学的不確実性のとらえ方は実はディシプリンによっても多様であること、そしてリスク管理オプションも多様でありうることを明らかにしました(松尾・岸本・立川(2015))。

 こうした研究は、科学や技術に関連する社会的問題の解決の基盤を提供し、意思決定の質やアカウンタビリティの向上に資すると思っています。ですが、科学と政治を巡る社会的問題に対処するアプローチやツールは、JFFにしてもTAにしても、海外では既に制度化されているのに対し、日本では、TAの重要性が第4期科学技術基本計画以降言及されているものの、依然としてアドホックに実施されているにすぎません。科学技術を社会に導入するうえで有用な様々なアプローチが実装化されるためには、その有用性を理解してもらえるよう、地道な実践事例の蓄積や海外の画期的事例の分析、そして、体系化が必要なのだろうと考えています。

Q 松尾さんにとって、「政策のための科学」とは?今後取組んでいきたいことについてお聞かせください。

 SciREX事業に取り組み始めてまだ1年も経っていませんが、現在、東大のSTIG(Science, Technology and Innovation Governance)で研究と教育に携わっております。研究面では、科学技術を社会導入する際に有用な分析枠組みやアプローチを体系化するとともに、そうした枠組みやアプローチの有用性について、事例研究を通じて検証していきたいと思っています。私自身は、「政策のための科学」は、政策決定に役立つエビデンスを生み出すための手法やアプローチ、それらを組み込んだ制度設計のあり方に関する研究と考えています。このため、これまでの自分の研究の延長にある営みだと感じています。

 SciREX事業全体では、現在、各大学が共通に活用できる、科学技術イノベーション政策に関するテキスト、コアカリキュラムを協力して作成しています。その過程でも、そもそも科学技術イノベーション政策とは何か、エビデンスとは何か、といった点について専門分野の異なる研究者が同じ言葉を各々の定義や範囲で使っているケースもしばしば見られることが分かりました。実際にそうした政策の企画立案に携わる行政官との間でも同様な違いがあり、政策立案に資する研究には実務家との継続的な議論の重要性を感じました。2017年は文科省の研修でこれまでの活動を踏まえた講義をさせていただく機会がありましたが、その準備の過程で現場の行政官と研究者の間で率直な意見交換をしたりしただけでも、様々なギャップが認識され、大きな刺激となりました。

 一方教育面では、東大のSTIGにおいて科学技術イノベーション政策に関する基礎的な講義と、それを踏まえて具体的な事例検討をグループワークで行う授業を必修科目として提供しています。特にグループワークでは意識的に文理融合になるよう構成しています。異なるバックグラウンドの学生が共通テーマに取り組むことで、高校時代は意思疎通に困らなかった学生が、大学で各ディシプリンの教育を受けたことでかえって円滑に意思疎通できない状況に陥うることや、だからこそ、物事を多面的に捉えるため率直な意見交換や多様な見方や分析手法が重要になることを体験できるからです。また近年は、受講者における留学生の比率が増えてきているため、異文化コミュニケーションの難しさも同時に体験できるというメリットもあります。このような経験は今後社会に出てから直面する機会が増加していくと見込まれることから、学生時代に経験しておく意義は益々高まっています。こうした経験を通じて科学技術や社会が包摂する多様性に関する理解と問題解決に向けた柔軟な思考を兼ね備えた人材が一人でも多く世の中に出ていくサポートをできることを、とてもうれしく思っています。

東京大学公共政策大学院特任講師(東京大学 政策ビジョン研究センター 兼務) 松尾まつお 真紀子まきこ
PROFILE
東京大学大学院 新領域創成科学研究科修了後(2005年9月、国際協力学修士)、東京大学大学院法学政治学研究科産官学連携研究員、東京大学公共政策大学院特任研究員、東京大学政策ビジョン研究センター特任研究員、特任助教等を経て2016年より現職。博士(2016年3月、国際協力学)。