SciREXと研究者 政策科学の繋ぎ手たち 「データの可視化」を通じた政策の意志決定に向けて

尾上洋介
おのうえようすけ 京都大学学際融合教育研究推進センター政策のための科学ユニット特定助教
PROFILE
2011年関西大学総合情報学部卒業、2013年同大学院総合情報学研究科博士課程前期課程修了、2016年京都大学工学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。2016年4月より現職。

Q まず尾上さんのご専門、ご関心事についてお伺いします。

 私の専門は情報可視化で、人々の意思決定の支援に関心があります。学部・修士時代はオペレーションズリサーチ(OR)という、数学やコンピュータの技術を使って効率的な意思決定などを支援する分野を学びました。その後、博士課程で情報可視化の分野へ移ると同時に、ちょうど学生の受け入れを開始したところだった京都大学「政策のための科学プログラム」に第一期生として参加しました。

 現在は情報可視化の中でも特に、ネットワークの可視化を中心に研究を行なっています。世の中には、コンピュータのネットワーク以外にも様々なネットワークが存在しています。FacebookやTwitterなどのSNSにおける交友関係や、論文の共著・引用関係、生化学反応の連鎖などがその代表的な例です。それらのネットワーク構造を分析・可視化することは、意思決定の重要な材料にもなりますし、場合によっては新たな科学的発見に繋がったりします。

Q 尾上さんがSciREXを通して行っている研究について、もう少し具体的にお聞かせいただいてもいでしょうか。

 もともと私は、コンピュータサイエンスの理論的な研究を中心に行ってきました。一方で「政策のための科学」という言葉に興味を持ってくださる方が多いこともあり、最近では具体的な社会課題の解決に向けた研究に参画することも増えてきました。今回は、現在私が携わっている社会と科学の関係に関するネットワーク可視化の研究を二つご紹介します。

 一つは、京都大学学際融合教育研究推進センターが実施している「学術分野の文化比較大調査」というアンケートの結果の分析です。社会課題の解決などを目的として、異分野融合研究の重要性は近年益々高まっていますが、それらの全てがうまくいっているとは言えない現状です。このアンケートは、それぞれの学術分野の文化を相互理解することで、分野横断的な研究を促進することを目的としています。アンケート項目は、研究分野のキーワードと学問に対する価値観に関する91の項目を含んおり、例えば、研究の意義に関する質問では、「学術的新発見こそにある(Yes or No)、「社会に役立てこそである(Yes or No)」といった質問になります。また、研究者に対して研究キーワードを5つ回答させ、研究キーワードが一致する研究者同士を結ぶことでネットワークを構築し、そこからコミュニティを抽出しました。コミュニティとは、ネットワーク分析の用語で、密集した部分ネットワークを指します。次に、学問に対する価値観に対して主成分分析を行い、9つの文化指標を抽出しました。

 図1は、その可視化結果です。ネットワーク上には共通したキーワードでつながったコミュニティがいくつか形成され、それぞれのコミュニティで文化指標に特徴が見られます。これにより、科研費の細目などで定義される既存の学術分野とは異なった、研究者の実態に即した学術分野を定義できる可能性を示唆しています。まだ調査は継続していますので、興味を持たれた方は是非、https://survey2015.symposium-hp.jp からご回答ください!


図 1学術分野の文化比較大調査アンケートの可視化結果

 もう一つの研究は、大規模な震災後の科学コミュニケーションについて、Twitterデータの解析を通じて、より良い情報発信のあり方を考えるというものです。2011年の福島第一原子力発電所事故の直後、低線量放射線の健康影響について様々な情報が錯綜し、多くの住民が混乱に陥りました。当時、Twitterなどのインターネット上でも科学的な根拠に基づいた情報発信を行っていた専門家がいたのですが、それを上回る量のデマに近いような情報に押し流されてしまいました。そのような背景のもと、放射線などに関連したキーワードを含む約1億件のツイートデータを手に入れ、有効な科学コミュニケーションについて検討しています。

 図2は、そのデータの可視化結果の一例です。可視化結果から、情報拡散において少数のインフルエンサーが大きな影響を持っており、なおかつ、それらのインフルエンサーはいくつかのグループに分断され、グループ間の情報の行き来が非常に少ないことが明らかになりました。自分のようなコンピュータサイエンスの専門家だけではなく、疫学者や放射線物理学者、福島県の病院に勤めている医者といった分野横断的なグループで研究に取り組んでいます。それらのデータの可視化を通じて、共同研究者らが事故当時に感じていた問題意識がデータによって裏付けられるようになってきました。


図 2 福島第一原子力発電所事故後のツイッターにおける情報拡散状況の可視化結果

Q 「意思決定支援技術」の政策決定への有用性

 初期のOR(Operations Research)研究[1]は、第二次世界大戦当時の軍事的関心から行われていましたが、研究が進み、政策分野を含む様々な意思決定の問題が取り扱われるようになりました。政策分析では、AHP(Analytic Hierarchy Process:階層分析法)やDEA(Data Envelopment Analysis:包絡分析法)などのOR分野で研究された方法が用いられます。しかしながら、多くの場合、理論上の最適な判断と現実に下される判断の間にはギャップがあります。現実的な意思決定の問題でも理論上の最適解を得られる場合は多いのですが、現実社会ではそれを実行しようと思うと様々な障壁が出てきます。それは、複雑な現実社会に対して理論のモデルが単純すぎるという要因も当然ありますが、最終的に意思決定を行う人間側のプロセスの問題も小さくありません。どれだけ理論が優れていても、人が変わらなければ良い意思決定はできないのです。

 データ可視化には人の行動変容を促すという側面があります。効果的な意思決定を支援していくには、OR研究のような理論的側面からだけでなく、意思決定を行う人間側からのアプローチも必要であり、理論と意思決定の現実の間をつなぐのに重要な役割を果たせるのが、データの可視化ではないかと考えています。一方で、同じデータだとしても伝え方によって人々の受け取り方は変わる点には注意が必要ですが。近年では単にデータの分析結果を見るだけではなく、自分で分析をして可視化図を作るといった参加型の可視化についての研究も進んでおり、参加型の可視化では、そのテーマに対してより当事者意識を持てるといったことも知られています。最近注目されているAR(拡張現実)やVR(バーチャルリアリティ)を用いた没入型の可視化も、人々の行動変容により大きな影響を持ちます。可視化方面でも様々な新しい技術が登場しています。良いエビデンスが得られたとしても、それで政策、延いては社会を動かしていくためには情報の提示方法にもより一層の工夫が必要となっていくのではないでしょうか。

[1]限られた資源を有効に利用して目的を最大限に達成するための意思決定を、数学的・科学的に行う手法。