SciREXと研究者 ~政策と科学の繋ぎ手たち~ 目指すべき到達地点は政策の科学とすべきであって、政策のための科学ではない

梶川裕矢
かじかわゆう 東京工業大学環境・社会理工学院准教授
PROFILE
東京大学工学部化学システム工学科卒業、同大学院修士課程及び博士課程修了。博士(工学)。日本学術振興会特別研究員、東京大学大学院工学系研究科助手、助教、特任講師を経て2012年より現職。

まず、梶川さんのご専門、ご関心事についてお伺いします。

 私の現在の専門分野は、技術経営・イノベーション科学です。以前の専門が化学工学ということもあり、エネルギーや材料分野を研究対象とすることが比較的多いですが、大学院で様々な産業領域・職種・職階の社会人に技術経営やイノベーション科学を教えていることや、本務である東京工業大学および兼業先の名古屋大学で研究・産学連携戦略立案業務に携わっていることなどもあり、その時々の要請によって、IoTやAI、医薬品や健康医療情報、持続可能性や社会イノベーションといった幅広い領域を対象に研究しています。

梶川さんが現在、SciREX事業を通して行っている研究について聞かせてください。

 今回の研究プロジェクト[1]では、政策過程において、どのようなエビデンスが、収集・作成・活用されているか、また、組織内で政策立案時の文脈やエビデンスがどのように継承されているのかを調査し、政策におけるエビデンスのあるべき姿を提案していきたいと考えています。  私は、これまでSciREXに関わる中で、データ分析やシミュレーション等のエビデンスを作る科学に比べて、エビデンスとして活用する知見や仕組み、科学が不足しているのではないかと感じてきました。エビデンスというと数値化されたデータのことを思い浮かべるかもしれませんが、実際の政策の現場では、客観的事実やデータだけでなく、上位の政策や他国の政策および動向、ステークホルダーの判断等が政策実施のためのエビデンスとして参照されています。また、エビデンスは政策を推進する根拠として使われるため、政策や組織と無関係には存在しません。政策や組織を取り巻く環境や条件、文脈に大きく影響されます。エビデンスに意図やバイアスが入り込み、政策を大きく歪めてしまう、政策が望ましい効果を生まない場合もあるでしょう。担当者が異動になり、当初の目的や文脈、エビデンスが十分に組織内で共有されず、舵取りが難しくなるといったことも生じていると思われます。  本プロジェクトでは、そのような政策とエビデンスの複雑な関係性を明らかにすることに取り組みます。ポイントは、現状の政策過程に対する記述的分析と、理論研究による規範的研究の両面から研究することで、これにより、現状を単に追認するのではなく、あるべきエビデンスやその活用の姿を提示していきたいと考えています。

政策研究の難しさはどういったところにあるのでしょうか。また、楽しさは?

 難しさですが、様々な人や組織、それらが埋め込まれた社会を対象とすること、事象の発生時期も過去から現在、想定する未来、かつ、それら異時点の間の行為の連鎖や、継承しつつ変化する文脈や文化を対象とするという社会科学にしばしば共通する難しさを挙げられると思います。政策研究に特有の難しさとしては、政策の曖昧性、特に政策目標の多義性と多層性を挙げることが出来るのではないでしょうか。

 政策目標の多義性ですが、これが企業研究であれば、企業の持続可能性や収益性、それらへの貢献を経営の良し悪しの評価指標として用いることが可能でしょう。いささか単純に過ぎるかもしれませんが、視点を一つに定めることで、個々の研究成果や知見を統合しやすいし、目的も明確となります。しかし、政策研究ではその政策目標がまず多義的ですし、複数の政策や施策、プログラムやプロジェクトが多層に積み重なり互いの関係性がみえづらい。また、政策や施策の建前と本音が違う場合もあり、公開情報だけで分析するのは困難な場合があります。

 しかし、そのような難しさの裏返しが楽しさとなる面もあると思います。異なる立場や価値観が複雑に錯綜する中で、多面的に物事を捉える、それ自体が研究者としての自分自身のこれまでの認識やその枠組みを刷新していくという知的営みとしての科学の楽しさが一つある。もう一つ、政策は当然、実社会と関わる。影響範囲も広範です。それ故の複雑さから生じる困難さはあるとしても、よりよい社会を築いていくことに直接的・間接的に関わっていくという行動する科学としての楽しさ、やりがいがあると思います。

梶川さんの考える「政策のための科学」とは?

 政策の科学を、政策の「ための」科学とすることについてまず考える必要があると思います。ジョゼフ=ナイが指摘している[2]ように、科学と政策の間には離れ過ぎず近すぎない、一定程度の距離感が必要です。以前、杉山昌広さん(現:東京大学政策ビジョン研究センター准教授)と一緒に書いた解説を引用すると、「科学はその時の世相や政治的なタイミングに合わせ意見を歪めることなく、中立的な立場で信頼に足る理論やデータ、言説を提示するよう努めるべきである。他方、政治や行政に携わる者は、「政策の科学」が進展するにつれ、より多くの客観的な評価にさらされ、政策を立案し実施するためにより多くのエビデンスの提示を求められるようになるであろう。科学の側も単に知的好奇心を満足させるための研究ではなく、学術的に卓越し、かつ、政策に実質的に貢献し得る研究と成果が求められるであろう。そのような緊張関係を伴った連携こそが、「政策の科学」の進展と活用、ならびに優れた政策や施策の実現を後押しすると考えられる」[3]。この考えは今でも変わっていません。

 もちろん、現在のSciREXの状況を鑑みると、政策の「ための」科学を強調することが必要であるということに私は同意します。そう思うからこそ、上述の政策過程におけるエビデンス記述・解釈に関する調査研究を実施しているわけです。しかし、目指すべき到達地点は政策の科学とすべきであって、政策のための科学ではないと私は考えています。

 これは、政策の科学を、政策やその現場と無関係に存在させるべきとか、政策を非難するのがミッションであるということではもちろんありません。依って立つ基盤は他の科学がそうであるように弁証法の正反合という考え方です。つまり政策の正しさを擁護するのではなく、徹底的に批判的に考える、それにより、正しい部分とそうでない部分がより明確になるし、新たな政策やその実施に繋がるのだと思います。

  1. [1]本研究プロジェクト「政策過程におけるエビデンス記述・解釈に関する調査研究」は、2016年度JST・RISTEX「科学技術イノベーション政策のための科学 研究開発プログラム」で採択されています。
  2. [2]J.S. Nye Jr., Bridging the Gap between Theory and Policy, Political Psychology, 29(4), 593‒693(2008)
  3. [3]杉山昌広、梶川裕矢、「国会に対する科学的助言の必要性―政策の科学の実質的な活用のために―」、研究 技術 計画、27、226-240 (2012)