シリーズ科学的助言Vol.1 有本建男×佐藤靖×松尾敬子 科学的助言とは何か SCIENTIFIC ADVICE FOR POLICY MAKING

科学的助言のコンセプト

 科学的助言とは、政府が特定の課題について妥当な政策形成や意思決定をできるよう、科学者(技術者、医師、人文社会科学分野の科学者等を含む)やその集団が専門的な知見に基づく助言を提供することである。現代においては、あらゆる政策分野で科学的助言が重要な役割を果たしている。医療や環境といった分野では自然科学の知見が不可欠であり、財政や外交といった分野では人文社会科学からの寄与が大きくなるが、いずれにしても幅広い学問分野の知見をベースに政策形成がなされる。

 我が国では、各府省が組織レベル・個人レベルの双方において様々な形で科学的助言を得ている。フォーマルな科学的助言の主なメカニズムとして挙げられるのは、総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)や、各府省に置かれている数多くの審議会、そして日本学術会議などである。CSTIは主に科学技術イノベーション政策分野における助言、いわゆるPolicy for Scienceの助言を行うのに対し、各府省の審議会や日本学術会議はあらゆる政策分野に対する助言(Science for Policy)を行っている。

歴史とともに広がりを見せる科学的助言

 科学的助言という概念が一般的に普及するようになったのは、1990年代以降である。それ以前は、医薬品規制・環境規制のリスク評価のあり方等、個別の政策分野について議論されてきた。例えば1 9 8 0年代の米国では、発がん性物質などによる健康や環境に対するリスクが社会問題になり、1983年には全米研究評議会(NRC)がリスク評価とリスク管理の関係を定立している。

 ところが1990年代以降、そうした枠組みは科学と政治・行政とのインターフェースを論じるうえで十分でなくなってきた。BSE問題など広く社会的関心を喚起する出来事が相次ぎ、多くの政策分野でエビデンスに基づく政策形成が求められるようになったためである。加えて、気候変動問題をはじめとする地球規模課題が急増し、分野や国境の壁を越えてより一般的・包括的に科学と政治・行政との関係を論じるために、科学的助言という概念的枠組みの有用性が高まってきた。

 特に2010年代に入ってからは、世界的に科学的助言の重要性が強く認識されるようになってきた。2013年には国連事務総長の科学諮問委員会が設けられている。2015年にはO E C Dが科学的助言に関する報告書「Scientific Advice for Policy Making: The Role and Responsibility of Expert Bodies and Individual Scientists」を公表した。国際科学会議(ICSU)及びEUの支援のもと2016年9月にブリュッセルで開催された「政府に対する科学的助言に関する国際ネットワーク(INGSA)」会議には、70カ国から430名が参加した。こうした中、我が国でも、東日本大震災を契機に科学的助言に対する関心が高まっている。2013年に日本学術会議が「科学者の行動規範 改訂版」を公表し、2015年に外務大臣の科学技術顧問がわが国で初めて任命された。こうした動きを反映して2016年に閣議決定された第5期科学技術基本計画において科学的助言の重要性に関する記述が盛り込まれた。

Science for Policyとしての科学的助言
ーリスク評価とベネフィット評価ー

 では、個別の政策分野における科学的助言とはどのようなものか。医薬品規制・環境規制・食品安全といった個別の政策分野の政策形成の場面では、従来、「リスク評価」と「ベネフィット(便益)評価」といった形で、Science for Policyの科学的助言が行われてきた。いずれの評価に重きが置かれるかは政策分野や助言の目的によって異なっている。

 例えば食品安全分野では、食品安全委員会が科学的な見地から食品のリスク評価を行い、その結果を厚生労働省等に伝える。厚生労働省等では、そのリスク評価の結果を踏まえ、費用対効果等の総合的な観点から必要な行政措置、すなわちリスク管理を行う。一方で、医薬品審査においては、医薬品の副作用のリスクはその効能とのトレードオフにより評価され、リスク評価とベネフィット評価の双方が必要である。また、政策分野によっては、リスク評価よりもベネフィット評価がより重要になるケースもある。例えば科学技術政策分野では、政府による科学技術への投資がどのようなインパクトをもたらすか、どう投資を行えば最も望ましい効果を期待できるかの評価が中心的な課題になる。こう考えると科学的助言には大きく二つの要素があり、一方はリスク評価をベースに規制を行うためのもの、もう一方はベネフィット評価をもとに戦略策定を行うためのものであると捉えることが可能といえるだろう(下図参照)。

個別分野の議論との融合

 前述したように、個別分野の政策では従来からリスク評価やベネフィット評価といった形で科学的助言が実践されてきており、科学と政治・行政との関係についての具体的な知見が蓄積されている。一方で、近年拡大してきている科学的助言という概念と方法は、科学と政策形成に関する分野横断的な一般論を提供できる。いま求められているのは、これら両者の間の意思疎通や情報・知見の共有であるといえるのではないか。特に、リスク評価を行う科学的助言者とリスク管理を担う政策立案・決定者との間の役割分担のあり方や、ビッグデータ分析の台頭を含む科学的助言の形態の変化への対応などについて、各政策分野を比較すると興味深い示唆が得られるのではないかと考えられる。

 本稿の内容に関するより詳細な議論については、小著『科学的助言-21世紀の科学技術と政策形成』(東京大学出版会、2016年)を参照されたい。

有本建男
ありもとたて 政策研究大学院大学教授、SciREXセンター副センター長
科学技術振興機構 研究開発戦略センター 上席フェロー
PROFILE
京都大学大学院理学研究科修士課程修了。科学技術庁政策課長、内閣府大臣官房審議官、文部科学省科学技術・学術政策局長などを経て現職。OECD科学的助言プロジェクト 共同議長を務める。
佐藤 靖
とうやすし 新潟大学 人文社会・教育科学系教授
PROFILE
専門は、科学技術史・科学技術政策。東京大学工学部卒業後、科学技術庁(現文部科学省)を経てペンシルバニア大学科学史・科学社会学科博士課程修了。PhD。
松尾敬子
まつけい 科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー
PROFILE
東京大学大学院理学研究科博士後期課程修了。博士(理学)。
東京大学ERATO研究員、消費者庁を経て現職。主な関心事は、科学技術政策、リスクコミュニケーションなど。