SciREX 架け橋座談会 Vol.4 行政官と考える「変革期の科学技術イノベーション政策」 [総務省] Society 5.0時代のICT発展と日本社会が目指すものとは?

 インターネットやロボット技術、人工知能(AI)などを高度に組み合わせた社会・経済システムの構築に向けて、科学技術イノベーション政策はどこに焦点を当てるべきか。Society 5.0時代のICT(情報通信技術)のもつ可能性と課題、ICT戦略のあり方まで、行政、研究、産業の立場からそれぞれ語ってもらった。

角南「第4次産業革命」とも呼ばれていますが、急速に発展中のICTそのものについても、十分に知られているとは言えません。同時にICTの価値観、データベースの捉え方など、企業内でも現場と経営陣との間で落差があり、行政もどの省庁がイニシアチブを取るのか不明ですよね。農業、医療、交通など様々な領域を巻き込む巨大な“革命”なのですが、こうした問題にどこから手を付けたらよいか、日本の持つ特徴を活かしながらどんな価値観や針路を示すべきなのか、これを議論していきたいと思います。
 私は、総務省の情報通信審議会技術戦略委員会の構成員をしていますが、そこでの論議は他の省庁に比べてもかなり充実している印象でしたので、2016年7月、同審議会がまとめた「新たな情報通信技術戦略の在り方」を手がかりに議論を進めましょう。

「非ICT産業のICT化」をどう進めるか

野崎 雅稔さん 野崎 ICTの役割そのものが、急速に変わってきています。従来の「通信」は人と人を結んできましたが、これからは人、モノと、人工知能が生み出すインテリジェンスを結ぶ役割をICTが果たすようになります。言い換えれば、リアル空間とサイバー空間とを結合する役割を担う時代になってきています。例えば、地図データや画像センサーなど様々な情報・ビッグデータを活用する「自動運転」や、少量多品種のオンデマンド生産、高齢者の介護ロボット、多様な言語のリアルタイム自動翻訳などです。様々な産業における付加価値の源泉がハードウェアからソフトウェアに移行するSociety 5.0時代に対応するため、人材育成を含め、様々な経済活動の新たなプラットフォームを構築することが急務となっています。 栄藤 AIは、あくまでICT技術の表象であり、その可能性と限界を考えておく必要があると思います。「ディープ・ラーニング」など、AI技術の発展は大きいけれども、ICT化された企業が増えた米国や欧州では現在、産業界のさまざまな領域で蓄積されてゆくデータを基に、AIは「最適化の条件を示すためのツール」と冷静に見られている。ICT化によるデータ蓄積こそが産業界、社会全体に大きな変革をもたらすわけで、産業界全体でのICT化を考える必要があります。日本の大手メーカーや金融業界でも、ドキュメントの構造化、ICT化がされていなければいくらAIを投入しても、“最適化”はできないのです。 角南「AI = 夢のロボット・アンドロイド」という前に、まず手当すべき現実があるということですね。 野崎 例えば、サービス業で経営陣がほとんど事務系で、ソフトウェア開発も外部に丸投げしているような場合、自社がどんなデータを持っているかを把握していない、というようなことがあります。サービスからデータ獲得、データによる知能化、知能化によるサービス向上といったプラスの循環を目指す経営陣の意識改革も重要です。総務省では、IoTの電波有効利用も図るため、IoTのユーザ企業の人材育成などが重要な課題だと考えています。 栄藤 国家レベルで社会システムのデジタル化政策を強力に進めるエストニアまでは行かなくても、企業活動のICT化に関する法的基準も必要になると思います。

アメリカの国家戦略からみるICT戦略

加納 敏行さん 加納 国家戦略、という面で米国を振り返ってみます。1969年に米国で開発されたインターネットは、1981年の標準通信規格(TCP/IP)の普及と共に世界に広がり、2008年ころから、コンピューター通信を産業に結びつけようという国家戦略が動き 出します。米国立標準技術研究所(NIST)が中心となって、
 1.医療、エネルギー、交通網の3つを国家優先領域として、ICT化を強力に進める。
 2.これまでの社会的要請にはない領域で、新たなネットの活用領域を開拓する。
――などの具体的な目標を示し、大統領府がイニシアチブをとりました。この2として出てきたのがAIで、脳の機能を活用した新たなAIを創出するプロジェクト(2010-2020年)には、年間100億円を投入しています。昨今、日本の研究開発はニーズベースに偏りがちですが、米国のようにニーズとシーズの両面から、科学と技術開発に取り組む、この思想が大事だと思います。
角南 日本でも、企業と大学、研究機関のネットワークが必要ですね。 加納 2016年にノーベル賞を受賞された大隅良典博士のように、日本では社会的要請や活用法(ニーズ)を念頭に置かない、シーズベースの基礎研究が大切だと思います。同時に、初期段階から企業が国立研究機関や大学の中に入り込んで、研究密度を高める、という連携が欠かせません。 野崎 加納さんの所属するNECは、大阪大学、情報通信研究機構(NICT)などと連携を進めていますね。NICTは大阪大学と脳情報通信研究融合センター(CiNet)を作っていて、ICTと脳科学の融合に関する世界最先端の基礎研究を行っていますが、医療分野でも、慢性疼痛、統合失調症などの客観的診断が可能になるなどという成果が出てきています。 角南 ICTといった国家戦略に対して、米国ではそれをサポートする人材が中枢部にきちんといるんです。オバマ政権のホワイトハウスには、科学的助言、コーディネートをする「科学技術政策局(OSTP)」という組織があり、ジョン・ホルドレンという、優れた顧問、大統領科学技術補佐官がいます。さらにもう一人、ニック・メイナードというすごい人がいて、ITイノベーション担当の科学顧問(Assistant Director for Telecommunications Innovation)でした。国家戦略には、こうしたイニシアチブが欠かせないと思いますね。 加納 OSTPは、米国のテレコムを軸足に、米国として情報通信にどういう投資をしていくべきかという計画を示していました。 角南 ホワイトハウスのような司令塔にそういうことをちゃんとわかっている人がいて、戦略として示せるというところはすごい。10年前にアメリカがスタートしているとすると、もうかなり日本との開きが出ていますね。日本の霞が関も変わらないと……。

グローバル化、ICTプラスOT、日本の強みとは?

角南 ICTの話も、AIの話もそうですが、国家戦略であると同時に世界共通の課題というようにも見えてきます。日本の戦略として考えたとき、どんな方向を目指さなければならないのでしょうか。 栄藤 稔さん 栄藤 先端研究の世界は、グローバル化が進んでいるので日本の独自性を示すのは難しいですね。一方で、ICTと各産業が持つ技術を結びつけることができれば、それは日本の強みになると思っています。問題はそれをどうやるか。「IoT(Internet of Things)」は、社会や生活の中の「もの」すべてに通信機能を持たせて交信する先端技術ですが、私はこのIoT技術の根幹は、「OT」(運用技術、Operational Technology)と、ICTの統合だと思います。この運用技術は、製造業、農業、食品加工業など、それぞれにある。たとえば、コンビニの弁当がきれいに揃っているなどは、人間が担っているOTですが、これは順次、ロボット、IoTに任せてゆくことができます。ところが日本では、ICT部分は大手システム業者の担当で、OT企業のOTマネジメントと、うまくリンクしていない例が多いのです。
 米国では労働者の流動性が高いので、システム技術者が漸次、企業内に増えて行き、経営にも携わるという統合が自然に進みますが、日本の場合、両者の専門性が統合されにくい。システム技術者はあくまで経営の外側に置かれ、デジタル化を推進しシステムを理解して開発、運用にも責任を持つ経営者、真の「チーフ・インフォメーション・オフィサー CIO(Chief Information Officer)」が育っていないのです。
野崎 この点、世界に取り残されているのではないかと心配です。例えば総務省のベンチャー支援プログラム(I-Challenge!)で、トマトの糖度を測定するセンサーと水遣りなどの栽培プログラムを組み合わせた安価なシステムで、誰でも甘いトマトを育てて最適なときに出荷できるサービスを開発しているベンチャー企業を支援しました。これはICTとOTによる農業の高度化を目指したものです。 角南 「ICT プラス OT」というプロジェクトでは、役所の所管ごとに対応していては、進められないこともあるでしょう。 野崎 以前ICTは、他の技術開発分野を支えるための横串技術に思われていました。しかし、IoT/BD/AI時代では、「AI」と「データ」と「プラットフォーム」を制するものが勝つというゲームチェンジが多様な産業で起きる可能性があり、様々な分野でICT化が喫緊の課題となっています。一方で、産業のICT化は、国際標準化、オープンクローズ戦略等が一層重要になります。関係省庁と連携して、ICT産業での我々の経験を他の分野に活かしていきたいと考えています。

イノベーション創出に向けた日本の在り方

角南 次世代の育成ということを考えると、ソフトウェア関連プロジェクトのイベント「ハッカソン」のようなプログラムをもっと活用できないか、という意見があります。米国ではこうした人材育成の仕組みが活発に動いています。日本でも、若い技術者、起業家が活躍する場ができないかと思うのですが……。 栄藤 企業の売却、合併、いわゆるM&Aが日常となっているシリコンバレーなどと、企業と人材の流動性が少ない日本の産業界とは、その状況は決定的に違います。ただ日本には、M&Aを進める方向以外の方法があると思います。
 それは、R&Dのアウトソース化です。これまで大企業の中央研究所が行っていた研究開発を新興のハイテク産業に委託する。例としては、「プリファード・ネットワークス(Preferred Networks)」とか、「パークシャ (PKSHA) テクノロジー」というベンチャー企業が挙げられると思います。いろいろな大企業からの依頼を受けながら、知識の集約化を図る形で、新たなハイテク産業が成長していく。大企業の人材の流動性の低さを、外部のベンチャーにカバーさせるような仕組み、というのが日本の方法かもしれません。
加納 米国政府のシンポジウム等では必ず、ブレークアウトセッションというのがあって、大企業の人たちがテーマを与えて、学生やベンチャーの人たちがアイディアを持ち寄ります。セッションが終わると最終提案をまとめ、政府はその提案に点数をつけて投資をする。こういった中からベンチャーが幾つか生まれています。大手企業がそこに投資してベンチャー支援をしていくという仕組みが、政府のプロジェクトの中でも回り始めている。
 もう一つ印象深いのは、提案を募集すると、600件から1,000件ぐらい集まる。採用されるのは30件ぐらいしかないのですが、有識者らが全体を見て、この提案とこれを組み合わせろとか、コンサルティングして提案者にきちっと示すのです。落ちてもリカバリーショットが打てる仕組みができ上がっている、これはすごいなと思います。
角南 総務省にはハッカソンのような取組みはあるのでしょうか。 野崎 雅稔さん 野崎 「I-Challenge! 」というベンチャー企業の新技術によるビジネス創出を支援するプログラムがあります。また、大いなる可能性がある野心的な技術課題に挑戦する独創的な個人を支援する「異能vation」というプログラムもあります。日本のベンチャー企業には、社会課題や自らの問題意識からベンチャーを立ち上げた人が多くいます。御自身のつらい経験から、IoTにより健常者の病気の予兆を見つけたり、介護負担の軽減に取り組まれている方もいます。女性の視点でベンチャーを起業されている方も多いです。こうした自分たちの思いを手がかりに社会に貢献するために起業したベンチャー企業を受委託によって大企業がサポートするのも、日本のあり方のような気がします。

Society 5.0時代のICT社会に向けた今後の課題

栄藤 長期的に見れば教育の問題、ソフトウェア人材をどう育成してゆくかが課題です。ソフトウェアを一度でも作ったことがある人は、たとえば農家、医師、弁護士になったとしても、システムというものに容易に思いを馳せることができます。「ソフトウェア・マインドを持った人間をつくる」、ICTの普及とは、そう言うことだと思います。AIの夢、ポエムにだまされない層を増やすことで、ICT社会への底上げができると思っています。 加納 私はオープン・システムをどうつくるかが課題だと思います。ICT社会ではものづくりでも、作るための道具としてのソフトウェアやデータに、世界共通の価値が生まれてくる。こういったオープン化の流れに対して、日本の経営陣は理解が少ないと感じています。自分のサイロの中に閉じこもるのではなく、同業種内でどういうデータを共有して、企業同士をつなぎ、産業全体のビジネスの成長力にしていくのか、そんな発想が重要になってくると思います。 対談の様子 野崎 そうした意味で、ICTの各領域にまたがって、かつ統合的、継続的にこの問題をフォローしながら、政策の方向性を示せる人材が必要です。大学をはじめ、民間の方にも政府の中核アドバイザーとして、科学技術イノベーション政策を引っ張っていただきたいと思います。 角南ICTへの対応は、科学技術だけでなく、農業、医療、産業、交通、通信、教育政策など、まさに国家戦略そのものですね。政府に統合的な科学的・技術的助言をする、「科学技術顧問・助言グループ」の重要さも浮き彫りになりました。解決に向けて、人材育成、連携、オープン化などのキーワードがでましたが、この問題をめぐる様々な課題を俯瞰的に示すことができたと思います。今日はどうもありがとうございました。 2016年12月/取材:小出重幸(日本科学技術ジャーナリスト会議会長)

ざきまさとし 総務省情報通信国際戦略局技術政策課長
PROFILE
1989年郵政省入省。
2009年総合通信基盤局電波部電波政策課電波利用料企画室長、2010年総合通信基盤局電気通信事業部電気通信技術システム課長、2012年情報流通行政局放送技術課長を経て現職。
ICT分野の技術開発戦略の策定等に従事。
とうみのる NTTドコモ執行役員、イノベーション統括部長
株式会社みらい翻訳 代表取締役社長
大阪大学サイバーメディアセンター 招聘教授
PROFILE
松下電器株式会社から2000年よりNTTドコモに転じ、
米国DOCOMO Innovations Inc.、DOCOMO Capital Inc.社長を経て、2014年より現職。
機械翻訳の新規事業である株式会社みらい翻訳 代表取締役社長を兼務。
今年7月までNTTドコモ・ベンチャーズの社長を兼務。工学博士(大阪大)。
のうとしゆき 日本電気株式会社中央研究所主席技術主幹
大阪大学工学院情報科学研究科教授
大阪大学NECブレインインスパイヤードコンピューティング協働研究所副所長
PROFILE
大阪大学工学部卒、日本電気株式会社入社後、第一伝送通信事業部技術部長、システムプラットフォーム研究所所長を経て現職。
同社の技術戦略の策定等に従事。
なみあつし 政策研究大学院大学副学長・教授
PROFILE
専門は、科学・産業技術政策論、公共政策論、科学技術と外交。コロンビア大学で政治学博士号(Ph.D.)取得。
2015年11月、内閣府参与(科学技術・イノベーション政策担当)に就任。
2016年4月より現職。その他、文部科学省科学技術・学術審議会委員、外務省科学技術外交推進会議委員、内閣府総合科学技術・イノベーション会議基本計画専門調査会委員など。