政策のための科学オープンフォーラム「エビデンスから考える未来社会への戦略とシナリオ」が、1月24、25両日、東京都内で開催された。科学的なプロセスに基づく「政策のための科学」を、日本国内でどのように展開させるか。行政、国会、科学界、メディアなど、多様な領域の関係者約300人が、会場のイイノ・カンファレンスセンターに集まり、2日間、熱のこもった討論が続いた。人口減少やエネルギー問題、科学技術イノベーションの急速な変化、という現実を前に、霞が関の縦割り構造と、第六感に頼りがちな政治プロセスの中では、最新の科学的知見が政策決定に十分活かされないという危惧が、現実のものとなっている。行政官と研究者の間をつなぐ新たな“プラットフォームづくり”は、状況打開に向けた画期的なもので、日本が世界の中で持続的な繁栄を確保するために、科学的根拠(エビデンス)に基づく国家戦略とシナリオづくりの重要さを改めて明示した。
小出 重幸(こいで しげゆき)
日本科学技術ジャーナリスト会議会長
領域を超えた日本初のフォーラムで感じた参加者共通の問題意識と価値観
政策決定の不透明性、不合理性を見直し、改善へ向けた試みは、これまでも研究や技術領域ごと、あるいは省庁の担当部局などで展開されてきた。今回のフォーラムは、文部科学省、厚生労働省、経済産業省など主要官庁の行政官と、自然科学、政策研究など、さまざまな領域の研究者と技術者が一堂に会し、課題解決への道筋を考えるという面で、我が国ではこれまで例を見ない取り組みとなった。
全体の議論を通して印象に残ったキーワードは、「Post Truth(ポスト・トルース)」だった。科学的、客観的事実を乗り越えて、感情や個人の志向が政策を決定してしまう状況を表し、EU離脱を決定した英国の国民投票、米国の大統領選などを通して、2016年の流行語になった。日本でも、医療薬の薬価を決めるプロセスの課題や、狂牛病対策に導入され、不合理性を指摘されながら13年間廃止できなかった肉牛の「全頭検査」問題など、具体例には事欠かない。ところが、情報通信技術(ICT)対応、地球環境・エネルギー問題、科学や技術のイノベーションをどう進めるかといった課題に対して、世界の中での日本の針路を明確にするためには、従来のような政策決定、行政のあり方では立ち行かない。科学的な根拠に基づき、オープンな議論の中で、多くの人を納得させられる政策決定の仕組みを築かなければならない、根本的なリノベーション(改革)が避けられない――こうした思いは、参加者の大半に共通していた。それぞれのステークホルダー(関係者)が、「同じ問題意識、価値観を持っている」ことを再確認したことが、フォーラムの大きな収穫だった。
それでは、どのようなプロセスを経てゆけばよいのか。
2日間のフォーラムでは、それぞれのセッションで、現状把握と、課題抽出、改革の方向……などのテーマに正対する討論が展開された。集約された価値観、問題意識に基づいて改革をどのように進めるか、そのステップが垣間見えてきた。
「Government3.0」/科学技術顧問の育成/「官民データ活用推進基本法」
フォーラム冒頭の3人の基調講演には、それぞれの視点から、この問題に取り組む視点やメッセージが示された。
白石 隆さん
白石隆・政策研究大学院大学(GRIPS)学長は、日本の風土、文化、行政機構の特質を活かす中で、科学に基づく政策決定システムが構築できるはず、というメッセージで、フォーラムの口火を切った。
日本の現状を、社会、産業、行政の三方向から、歴史的に俯瞰。情報通信技術(ICT)による、社会構造変革に向けた指針として、「Society5.0」があり、また蒸気機関から、電力、コンピューターによる生産ライン制御と進んできた産業革命が、生産技術と情報通信の融合という第4の革新に向き合い、「第4次産業革命」という方向性が示されていること。これらを見た上で、振り返れば日本は、自由主義制度、治安の安定、文化的な成熟、先端的技術と洗練された経済を持つ国家として、世界の中では極めて優れたポジションにあるとした。
一方で、行政システムと、最新の科学や技術との連携の枠組ができていないことを指摘。第一段階の帝国主義、これに続く世界経済戦争に我が国は生き残り、行政は第二段階の国民の福祉を充実させることに成功した。しかし国政の舵取り、その第三段階のタスク、「Government3.0」こそ、ICTなど最新の科学的知見を政策決定に反映させるフレームであるとし、解決への協同作業を進める司令塔の創設を提案した。
その中で、米国などトップダウン型の政策形成とは対称的に、日本では各省庁担当課から個別の政策が展開され、それが全体政策になってゆくボトムアップ型の行政機構を持っているが、この伝統フレームを残しながら、科学者、技術者がその個別政策づくりの背中を押すこと、科学的助言を政策に反映させることこそ、オープンフォーラムと、SciREXセンターの役割ではないかと指摘した。
岸 輝雄さん
岸輝雄・外務大臣科学技術顧問は、2015年、政府の科学技術顧問として初めて外交に参画、科学と政策の結節点としての役割を果たしている。
岸顧問は、政策と科学の融合分野を確立させる要請が、予想していたより早く現実化しているが、それに向けた大学の改革、行政組織改革が、いずれもなかなか進まない現実に言及した。一方で持続的発展を進めるには、科学的実証に基づく政策決定(Evidence-based Policymaking)は国際的に共通のマナーとなっており、科学技術外交の現場では、課題解決はもとより、将来の課題を見つけ、対処法を考えるために不可欠なプロセスになっていることを強調した。
日本でも政策的議論に参画できる科学者、技術者の人材育成は極めて重要な問題だと訴えた。
福田 峰之さん
また特別講演として、福田峰之・衆議院議員は、政治の世界も政策を客観的に評価し、国民に公開する仕組みが求められる時代になっていると指摘。福田議員らのリードにより2016年に議員立法で成立した「官民データ活用推進基本法」の意義とねらいを語った。官民データの公開を規定する同基本法は、行政の効率化、エビデンスに基づく議論の活性化、科学研究・開発への貢献、ICT促進による産業振興という社会改革に、大きな役割を果たすと述べた。
属人的な決定や、声の大きな“大先輩”によって政策が左右される習慣、あるいはSNSなどで拡散したエピソードで政策が動いてしまう状況の改革にも、解決の手がかりを与えると思う、と重要な指摘が加えられた。
福田議員のメッセージは、7ページ以下で詳報するが、今後、行政情報の公開性、透明性が高まり、政策決定に大きな支えになることが示唆された。
文部科学省・厚生労働省・経済産業省 それぞれの取り組み
赤池 伸一さん
本フォーラムでは、パネルセッション、トークライブ、ポスターセッションなど、2日間で計13のセッションが設けられた。ICTと医療政策及び社会との接点の結び方、科学と政策のインターフェースでの科学的助言の役割、科学政策へのビッグデータの活用法、大学での研究リスクマネジメント、地域イノベーション政策においてデザインをどう位置づけるか、など、日本が直面する課題が、さまざまな視点から討論された。
24日のパネルセッション「未来への戦略・シナリオ構築と求められる組織のイノベーション」では、赤池伸一・文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)科学技術予測センター長、榊原毅・厚生労働省生活衛生課長、高木聡・経済産業省総務課長補佐の3人のパネリストが登場。進行役の角南篤・GRIPS教授が、エビデンスに基づく政策決定への取り組みは各省庁でも始まっているものの、省をまたいだ取り組みや議論というレベルでは、なかなか成果が見られない。この状況をどのように打開するか、という討論の課題を示した。
赤池氏は、同研究所が進めてきた、科学と技術の未来予測分析の取組を紹介しつつ、情報のオープン化、データサイエンス、ビッグデータ応用、行政の意思決定への支援などのプロセスがさらに進むと評価。自治体・行政関係者と、科学技術専門家が同じテーブルで将来戦略を検討するワークショップの開催などローカルなレベルでの取組の必要性を指摘した。
高木 聡さん
榊原氏は、高齢化と財源不足の課題を抱える日本の医療制度を抜本的に再構築する政策提言「保健医療2035」(2015年)について紹介した。行政官、臨床医、研究者、民間企業の専門家など、平均年齢42歳という、若く、多彩な陣容で大臣直属の検討チームを召集、「20年後の健康長寿国」を維持するにはどうすべきか、従来の枠組みや制約にとらわれず、改革すべき方向を包括的に提示している。
行政パラダイムの転換、データに基づく客観的な評価法、総合的診療の拡充――など課題解決に向けて、研究、医療機関、地域のネットワークデータなどを統合して評価する「オープンな情報基盤」の構築や、ビッグデータを活用した治療・診断法の開発、データ共有による診療・ケアの確立などの路程標を示した。実現には司令塔役が欠かせないとする榊原氏は、保健医療政策を総合的に評価、助言する補佐官(Chief Medical Advisor)」の設置、世界各国とのコミュニケーションをはかり、国際情勢に対応するグローバル戦略官の創設など、具体的なプロセスを明らかにした。
経産省でも2016年初頭から若手行政官中心の活動がスタートしており、高木氏は、次官と若手の未来戦略プロジェクト「21世紀からの日本への問いかけ」を紹介した。これは、日本経済、国家戦略の中長期的・構造的な課題を克服するため、日本の文化・価値観などを前提として、大局的なアプローチで手がかりを得ようとしたもの。自然・人文両科学領域を統合評価する編集工房の松岡正剛氏など、50人を超える国内外の文化人、科学者、企業人、ジャーナリストなどにインタビューし、歴史、哲学など幅広い領域を俯瞰しながら作り上げた、課題抽出プロジェクトだ。
グローバル化、均一化のという世界的潮流の中で、日本の暗黙知、固有性を維持するには、英語力、ICTへの対応力、分析能力と同時に、自然観を身につけ、多様な価値観を吸収できる柔軟性を持つ創造的な人材の育成が何よりも重要だと位置づけている。
討論では、「得をした高齢者世代 VS 割りを食っている若年世代」、という対立視点があり、若い世代の喪失感につながっている、解決への糸口はないか、という質問、また、官庁では縦割り組織の弊害が解決できないが、これをどう克服するか、などの問いが発せられた。
高木氏は、「政策の効果が現れてくる頃には現役を離れている行政官が、その時代にまで影響を与える政策を決めている現在の仕組みが、社会システムの改革が進まない理由。20年後の政策を示すのは、その時期に政策推進の中心的な役割を果たす世代が担うべきで、若手が政策を進めてゆく、という行政スタイルが広がれば、世代間の意識対立も解消の方向に進むのではないか」と、提案した。
赤池氏は、データに基づく政策立案への動きの一方で、無謬性を求められる行政官には、データを不用意に公開したくない、反発・逆作用が怖い、という気持ちも根強い。データを示すだけでなく、それを政治家にきちんと届け、エビデンスを理解してもらうためのコミュニケーションが欠かせない、という現実的課題を提示した。
討論を総括して角南教授は、「Government3.0」に向けて、データを示すだけではなく、問題がどこにあってどの方向に進むのか、政策決定者が社会に、エビデンスの根底にある背景・思想をきちんと示す必要があることを強調。「その面でメディアの役割も大きい。今回の討論で、行政と科学界がオープンな議論ができるプラットフォームがいかに重要かも、理解されたと思う。イノベーションを進めるため、こうした試みを積み重ねて行こう」と呼びかけた。
政策のための科学の発展に向けて 現場の課題と試行錯誤
25日のパネルセッション「政策のための科学の発展に向けて」では、岩渕秀樹・文部科学省国際企画室長、狩野光伸・岡山大学大学院教授(日本学術会議若手アカデミー副代表)、富澤宏之・NISTEP総括主任研官、梶川裕矢・東京工業大学准教授、小山田和仁・SciREXセンタープログラムマネジャー補佐の5人が登壇した。
このパネルでも、イノベーションを進めるための人材育成、人工知能(AI)の活用の可能性、大学と企業、行政の連携システムなどが、テーマとなった。
「NISTEPには、役所内のさまざまなセクションから<この政策の効果を裏付けるデータがほしい>など多くの要請がある」、「行政官のキャパシティが不足しており、多くの領域の専門家の助言が不可欠」という、若手行政官が直面する現場の課題が示された。一方で、こうした助言を担える組織がない、他分野の人材と連携が進んでいない問題も明らかにされ、「残念ながら、大臣の意思決定を支えるプロセスで、SciREXセンターがまだ参画できていない」――などの指摘もあった。こうした中で、行政の現場では、<要は(政策を)やるか、やらないかだ……>という乱暴な二元論に対峙せざるを得ない場面もあり、ステップを踏んだ政策決定をどのように進めたら良いか、多くの試行錯誤や意見を聴くことができた。
さまざまなデータの評価、読み取り、洞察する総合能力をもつ人材の養成、相手に理解してもらうためのコミュニケーション能力向上、などの課題が多くの参加者から提示された。狩野教授が、“他領域との情報の交換”という作業を重ねる中で研究者、行政官などの思考力、意思決定力が培われる、という体験を示し、今回のフォーラムのような交流の場の維持を求めた。
こうした討論を受けて有本建男・GRIPS教授は、「政策のための科学」というシステムづくりに取り組んできた経過を語り、「各省庁の若手行政官も、政策をすすめる上で同じ価値観を持ち、共通の課題を抱えていることが、2日間のセッションでお互いに確認できたと思う。こうしたプラットフォームを継続させることが根本的な解決力になる」とのメッセージを投げ、オープンフォーラムの方向性を示した。
領域を超えて議論できるプラットフォームづくりと、科学的助言を活かせる仕組みを
今回のオープンフォーラムでは、エビデンスに基づく政策決定に貢献する科学的助言者の役割りも、セッションの中で取り上げられた。科学による社会的課題解決が期待される一方で、行政や政策決定の現場に科学的助言を受け止める仕組みがない、これが共通の危機感になっているためか、フォーラムには多くの領域の研究者も参集した。
政府の研究開発投資や人材供給の制約のなかで、社会構造をどのように組み換え、科学的評価を踏まえた政策をいかに進めるか、これに向けて2日間、率直な討論が展開されたが、「議論できるプラットフォームがないと、Post Truth に引きずられて判断されるという恐れ」が、幾度も指摘された。一方で、そうはいっても日本の政治、官僚機構は変わらないのではないか……という疑念も、参加者一人ひとりの胸に去来したはずだ。
黒田昌裕・慶應義塾大学名誉教授は、「問題解決には10年、15年という時間が必要かもしれないが、まず、自然科学、人文科学との交流が必要。これまで経済学者には、科学の捉え方を学ぶ習慣すらなかった。たとえば、生産性向上、効率化、産業構造改革、経済活性化、それぞれに科学、技術に資金投下したらどのくらいの経済効果があるのか、そんな評価手法も開発しなければならない。まず、領域を超えた人たちが集まり、議論し、交流する場が必要だ」と最後に締めた。
困難な状況の中でも解決の方向を見出そうとする、さまざまな専門家によって成立した今回のプラットフォームづくりは、重要な橋頭堡になることは間違いない。さらに、エビデンスに基づく政策形成の必要性を、国会、行政、科学界、市民へと広げる必要がある。ようやく始まったプラットフォームづくり、実現へのステップを継続してフォローして行きたい。