SciREXサマーキャンプ

SciREXサマーキャンプ9テーマに分かれて政策づくりに挑む、一人ひとりが大きく成長した3日間に

8月28日(火)から30日(木)までの3日間、政策研究大学院大学で、SciREXサマーキャンプが行われました。このサマーキャンプは、科学技術イノベーション政策における「政策のための科学」推進事業(SciREX事業)の総合拠点である政策研究大学院大学に、同じくSciREX事業の拠点である東京大学、一橋大学、大阪大学、京都大学、九州大学の学生が一堂に会して毎年行われています。
7回目となる今回は、新たに拠点外の学生を募集し、学生とスタッフ合わせて133名という過去最大の規模で実施されました。今年も学生たちは、参加テーマに関する政策づくりを通して、貴重な経験をしました。

①「基本計画」グループ

目標10年後の第8期科学技術基本計画策定のためのエビデンスを構築する。

②「大学」グループ

目標2030年の日本の大学像と需要を予測する。/最優秀賞を受賞。

③「エネルギー」グループ

目標2030年のエネルギーミックスを考える。/エネルギーに関して、納得のいく議論ができたという声がメンバーから聞かれた。

④「宇宙」グループ

目標2025年以降の宇宙政策を考える。/政策でも夢を語ることは大事という主張を展開。政策担当者賞を受賞。

⑤「医療」グループ

目標エビデンスに基づいた持続可能な医療政策を考える。/終末医療の在り方を議論した。的確に分担してスムーズに作業を進めていた。

⑥「ELSI」グループ

目標新たなバイオテクノロジーを社会に導入する際に発生する倫理的・法的・社会的・政策的問題を検討する。/ベスト・プレゼン賞と教職員賞の2賞を受賞。

⑦「子どもの安心」グループ

目標児童虐待の根絶に対して科学技術ができることを検討する。/学生4名と少人数だったが、いいチームワークを築いていた。

⑧「SDGs」グループ

目標どうしたら科学技術イノベーションがSDGsに貢献できるのかを検討する。/具体的には、洪水時の高齢者避難支援について考察し、学生賞を受賞した。

⑨「データ」グループ

目標データドリブンな戦略立案をめざす。/ひたすらデータを解析する3日間だった。教職員賞を受賞。

エビデンスに基づく政策立案をめざして

 8月28日(火)午後1時。SciREX サマーキャンプに参加する学生たちが、東京・六本木にある政策研究大学院大学(GRIPS)に続々と集まりました。開会式では、SciREXセンターの有本建男副センター長が学生たちを歓迎。さらに「科学の方法論や価値観が急激に変化している時代にあって、科学と社会、科学と政治行政の接点がうまくいっていません。それを解決する方法論や仕組みづくり、人材養成が求められているのです」と科学技術政策における問題を語りました(写真1)。文部科学省の中澤恵太氏からはSciREX事業の説明があり、学生たちは、本サマーキャンプでは「エビデンスに基づく政策立案」をめざして議論するのだと課題を再確認していました。

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写真1:開会の挨拶をする有本副センター長(左)とSciREX事業を説明する中澤氏。

続いて行われた全体セッションでは、「自動運転」を社会実装するプロセスを通して、科学技術政策が実際にどのように推し進められていくものなのか具体的に学びました(写真2)。こうして3日間のサマーキャンプが始まりました。

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写真2:基調講演の後、赤木康宏 名古屋大学 未来社会創造機構 特任教授、中川由賀 中川法律経営事務所 弁護士、安部勝也 国土交通省道路局道路交通管理課ITS推進室 室長、森川高行 名古屋大学 未来社会創造機構 教授をパネリストに、平岡敏洋 名古屋大学 未来社会創造機構 特任教授をモデレーター、有本建男 SciREXセンター副センター長をコメンテーターとしてパネルディスカッションを行った。

9グループに分かれて議論開始

写真写真3:“現在の日本の科学技術政策で課題と感じていること”を出し合い、横軸に現在と2030年を、縦軸に社会と基礎研究を置いたグラフに配置した。基礎研究の危機、労働人口の減少、格差拡大、学会存続の危機などが見られる。  28日16時半から、9つグループ(詳細は右枠内)に分かれ、「エビデンスに基づいた具体的で新しい政策づくり」に向けて議論を開始しました。
 各グループとも、自分たちのテーマが抱える課題を把握することからスタートしました。「子どもの安心」グループでは、科学技術が児童虐待防止に貢献できることを探るために、まず文部科学省の工藤氏から「児童虐待の実態と対策」について聞き、さらに理化学研究所脳神経科学研究センターの白石優子氏を招いて「子育てと脳の関係」について話してもらいました。
 「エネルギー」グループは、最初に筑波大学の鈴木研悟先生指導の下で電源選択ゲームを行いました。ゲームでは一人ひとりに、政府、環境NPO、消費者団体、製造業協会などの役割が割り当てられ、それぞれの立場でどの電源を選択すべきか主張しました。最終的にグループ内の意見が一致しなければ、発電所を建設できないので、電力不足にならないためには、互いの合意が必要です。立場の違う誰もが納得する電源を選ぶ難しさを、身をもって体験しました。
 「基本計画」グループは、修士1年生から博士1年生までの学生6名に、ファシリテーター1名、サポート2名、行政官アドバイザー1名の合計10名から成るグループです。学生たちの専門分野は、公共政策や経営学から化学、バイオまで多岐にわたります。そこで初日のグループワークでは、まず、互いの考えを知る目的も兼ねて、現在の日本の科学技術政策で課題と感じていることを出し合い、グラフに配置しました(写真3)。また、翌日訪問する内閣府で聞くべきことを、「現在ある課題のうち10年後も課題となっていることは何か」、「10年後に新たに生じている課題は何か」、「政策決定において、現状どのようなデータやエビデンスが活用されているのか」などと決めて、2日目からの本格的な議論に備えました。

科学技術基本計画がつくられる現場を訪問

写真写真4:科学技術イノベーション会議の上山氏の話に聞き入る「基本計画」グループのメンバーたち  「基本計画」グループが取り組む「科学技術基本計画」は、1996年から5年ごとに策定されている我が国の科学技術政策です。現在、進行中の第5期基本計画には、日本および世界が将来にわたり持続的に発展していくために、「日本がめざす国の姿」が描かれ、そこで推進していくべき科学技術政策が約50ページにわたって記載されています。「基本計画」グループの目標は、今から10年後の第8期基本計画を策定するために必要なエビデンスを提案することです。
 グループワーク2日目となる29日の午前中には、科学技術基本計画を策定している、科学技術イノベーション会議の一員である上山隆大氏の話を聞くため、内閣府を訪れました(写真4)。上山氏からは、科学技術基本計画が元々米国などの外圧によって基礎研究に力を入れることを目的に策定されたこと。それが時代とともに変化し、第4期以降、イノベーションの創出を重視するようになっていることが語られました。また、現在は第6期基本計画の議論が始まったばかりで、少し遠い第8期を見据えて逆算的に考えてはいないとのことでした。基本計画策定の現場では、10年後は“考えられていない”ということに学生たちは驚いたと同時に、自分たちが挑んでいる課題の大きさに気づかされたようでした。
 一方で、上山氏はすでに国を超えた大企業が台頭しているように、2020年のオリンピック以降、日本はさらなるグローバル化を遂げ、国家観を改めて問い直すべき時代に突入しているのではないかと指摘されました。10年後を考えるには、もっと大きな社会の潮流を捉えなくてはならないのだと、この後の議論に影響する新たな視点がもたらされました。

実現可能でありながら、ワクワクできる長期的ビジョンを打ち立てるには

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写真5:学生たちと真剣に議論する岸本氏
 GRIPSに戻ってから昼までの間は、理化学研究所(理研)の岸本充氏を迎えて、「理研の歴史と将来構想」と、同氏が所属する「“未来戦略室”の役割」について聞きました(写真5)。1917年に“我が国の産業の発展に資する”ことを目的にスタートした理研は、その後、特殊法人化するなど時代とともに有り様を変えてきました。こうした理研の柔軟な対応は、今回「基本計画」グループが向き合う課題に大いに参考になりそうです。
 特に1986年には、人事や組織が硬直化していることが問題となり、国際フロンティア研究システムを設立。外部人材を受け入れ7つの客員研究部門を設けたことは、当時画期的だったといいます。こうして時代とともに変化を遂げてきた理研でさえも、日本が基礎基盤研究から課題解決型研究へと軸足を移しつつある今、その役割が変化してきているといいます。
 現状を踏まえ理研では、従来から策定している研究の中長期計画とは別に、100年後の未来社会の可能性を描くための組織“未来戦略室”を立ち上げました。ここでは世界を俯瞰的に捉える“夢を語る専門家”を育成しており、彼らは“未来社会のテーマ”と“未来のテクノロジー”をマッチングさせ、“未来社会のビジョン”を考え出しています。“こうありたい”と願う未来社会からのバックキャストと、現在を起点に未来へ向かう流れを統合させることで、夢を実現させるシナリオを思い描けるといいます。しかもそれが100年後という、思いのほか遠い未来を想定している点に驚かされました。ただ、この夢の議論は、現在のテクノロジーを基にした技術の発展に基づいているので、実現不可能な夢物語ではない点が重要です。こうした未来像から研究者は自分たちの研究の価値に気付き、それを経営陣が支援するという構図をめざしているといいます。
 また、岸本氏には、昨日出し合った、自分たちが考える日本の科学技術政策の課題を見てもらい、この後の議論へのアドバイスを求めました。「10年後どうなるかを想像するか、こうしたいという希望を思い描くか、いずれにしてもシナリオを考え、そのために必要なエビデンスが何なのかを考えてみては?」といわれましたが、学生たちにとって“どうなるか”を想像するのは簡単ではありません。また、“こうしたい”という未来を思い描くには、それぞれのメンバーが考えていることが違い過ぎて、6人は暗礁に乗り上げてしまったようでした。

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まだまだディスカッションが足りない

 こうした状況で、中間報告を迎えました(写真6)。自分たちが出し合った科学技術政策の課題に、ヒアリングで挙がった論点を加え、川喜田二郎氏考案のKJ法を用いて網羅的に課題の抽出を行いました。また、学生だけが挙げた論点、ヒアリングのみで挙がった論点、学生とヒアリングの両方で挙がった論点の3つに分けて、明日の最終報告までに議論を深めていくと発表しました。
 会場の教員からは「テーマに“エビデンス”とあるが、何をエビデンスにするのか具体的に見えない」、「2030年が見えるシナリオをつくるべきではないか」、「議論の前提が“正しいのか”と問い直すクリティカルシンキングをする必要があるのではないか」、「大きなテーマなのだからもっと大胆に向き合ったらどうか」などの厳しい意見が出されました。未だ確たる方向性が見えない中で、2030年を見据えたシナリオをつくり、その実現に向けて必要なエビデンスとは何かを考えるには、残された時間ではとても足りそうにありません。しかし、メンバーからは「ディスカッションやな!」という力強い声が聞こえてきました。

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写真6:中間報告。左上から、「データ」、「大学」、「医療」、「エネルギー」の各グループ

政策づくりの苦しさを体験した3日間

 最終日は、各グループ、午前9時には集まって最終発表会に向けて発表用資料を作成したり、最後の議論を行ったりしていました。一時は意見が集約できない状況に、みんなが苛立って口論になってしまったという「基本計画」グループも、昨日は午前0時頃までで話し合いを終え、朝には自分たちが至った結論をどう発表するか話し合っていました。
 午後1時、「基本計画」グループが最終発表を行いました(写真7)。まず、自分たちの意見とヒアリングの両方で挙がった論点が「グローバル化」「大学と企業、市民の関係」「研究力の定義」だと紹介。そのうち、グローバル化を時代の流れと捉えて、それが急速に進む場合と、緩やかに進む場合の2つのシナリオを考えたと発表しました。グローバル化が急速に進むシナリオでは、外国人留学生をどう処遇していくかや、日本人の英語教育への対策が求められますが、緩やかに進むシナリオでは、少子高齢化の中で日本人若手研究者をどう育てていくかや、日本が世界に取り残されないための対策が必要になってくることを指摘しました。両シナリオで対策が異なるということは、すなわちグローバル化の速度を読み誤れば、間違った対策を打つ可能性があることを暗示しています。
 さらに、これらのシナリオが「研究力を維持しなくてはならない」という前提で議論されているとして、今のような研究力が2030年にも重要であり続けるのか、それとも新たな研究力の定義が求められるのかという問題を提起し、発表を締めくくりました。
 すべてを終え、グループのファシリテーターを務めたGRIPSの林隆之教授からは「3日間、皆さんが右往左往しているのは見て取れましたが、できるだけ介入しないようにしていました。今日は素晴らしい発表ができたと思います。基本計画は非常に大きな政策なので、どのような課題があるのか、その中で重要なものはどれで、課題間の関係はどうなっているかを捉えるのは容易ではありません。それを、これだけの短期間で、しかもバックグラウンドの違う人たちと議論しなくてはならないのですから、大変だったと思います。しかし、これが正に内閣府で行われている議論なのだと感じました。お疲れ様でした」とねぎらいの言葉がかけられました。
 一方、「基本計画」グループの学生たちからは「こんなにダイバーシティ溢れる状況で、一つの目標に向かって議論するのは始めてで、みんなの意見をまとめるのがとても大変でした」、「私は理系で、普段、政策について考えることがないのでとても貴重な機会でした」、「自分が正しいと思っている理論でも、分野が違うと理解してもらえないことがあるんですね。妥協ではないですが、価値観が広がったと思います」といった声が聞かれ、それぞれ、この3日間で得るものがあったようです。また、拠点外から参加した学生の一人は「サイエンス・コミュニケーション論を専攻していますが、この3日間は正直しんどかったです。でも、このサマーキャンプで考え方の近い人にも出会うことができました。新しい人のネットワークができて嬉しく思っています」と話し、かけがえのない仲間ができたようでした。

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写真7:最終発表会。左上から「大学」、「ELSI」、「SDGs」の各グループ

最優秀賞は「大学」グループに

 最優秀賞を受賞したのは、「2030年の日本の大学像と需要の予測」に取り組んだ「大学」グループでした(写真8)。2030年の社会状況を「18歳人口が減少し、AIをはじめとしたテクノロジーの発達によって人間はより高度なスキルを身につけなくてはならなくなっている」と予測し、その時、大学は、どうなっていなくてはならないかと議論を展開しました。そして「留学生や社会人学生を受け入れる柔軟な体制をつくり、プロフェッショナルスキルを身につけられる場になっていなければならない」と結論づけました。
 結論に至るためのデータとしては、18歳人口の将来推計や大学数の推移といった既存のものを集めるだけでなく、留学生や社会人学生が大学に何を期待しているかを知るために、サマーキャンプに参加している学生を対象に実際にアンケート調査を行うなど、自分たちでエビデンスをつくるという積極的な姿勢が見られました。
 メンバーたちは、「グループに留学生がいたので、海外から見た日本の大学という視点も含めて、幅広い議論ができました」、「エビデンスを元に議論しろといわれても、そもそもどのようなデータが必要で、それをどこで入手できるのかわからなくて苦労しました」、「いろいろな意見のメンバーがいて、いったん発散させた議論をまとめるのが大変でしたが、その分いい内容になったと思っています」、「日本についてたくさん学べました。とてもいい訓練になりました」とサマーキャンプに参加した感想を話しました。
 多くの学生が、“政策立案の難しさ”を知るとともに、真剣に仲間と話し合うことで“視野が開かれる”という貴重な経験をしたようでした。

最優秀賞「大学」グループ

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ベスト・プレゼン賞/教職員賞「ELSI」グループ

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政策担当者賞「宇宙」グループ

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教職員賞「データ」グループ

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学生賞「SDGs」グループ

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