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2017年03月26日

【世界の大学事情】第4回 「カリフォルニアと公立高等教育の未来」「米国のカーネギー高等教育機関分類:隠れた意義と問題点」「研究における協力と海外への移動」 

SciREX センター: GRIPS 科学技術イノベーション政策研究センター

「世界の大学事情」は、文部科学省「イノベーション経営人材育成システム構築事業」大学トップマネジメント研修で連携をしているボストンカレッジ国際高等教育センター(Boston College Center for International Higher Education)が、定期的に刊行している「International Higher Education」に掲載されている記事を翻訳し、世界の大学事情や、アカデミアを取り巻く主要なトピックを紹介するものです。

その1:『カリフォルニアと公立高等教育の未来』(California and the Future of Public Higher Education)(IHE #82: 2015年秋号
Simon Marginson(ロンドン大学UCLインスティチュート・オブ・エデュケーション国際教育学教授、Higher Education合同編集長)
 
 カリフォルニアは第二次世界大戦以降、近代性の最前線を行く場所であり続けている。新たな社会的トレンドや傾向、緊張といったものは、他の地域に拡大する前にまずカリフォルニアで現れることが少なくない。例えばカリフォルニアは、大学における学生運動(1964年バークレー)、ヒッピーと集産主義的なカウンターカルチャー(1967年、サンフランシスコ)、そして、1978年に州民投票で可決され、州政府の課税や歳出に制限を課したプロポジション13*(住民投票事項13)という形での極めて個人主義的な納税者の反乱を、特別な14年間に生み出してきた。いずれの運動も急激に世界中に広がり、現在もいくつかの点は継続している。また、カリフォルニア発のシリコンバレーとスティーヴ・ジョブスという1980年代と90年代の一大現象は現在も継続している。そして、カリフォルニアの映画・テレビ業界の継続的な影響は言うまでもない。
 また、過去60年間で、高等教育ならびに大学における科学政策やその提供において世界を牽引し、大学教育に関する考え方の進展を先導してきたのもカリフォルニアであった。質の高い公立大学の集中度という点で、カリフォルニアに並ぶ場所はない(例として、カリフォルニア大学バークレー校、カリフォルニア大学ロサンゼルス校、カリフォルニア大学サンディエゴ校等が挙げられる)。これに加え、スタンフォード大学、カリフォルニア工科大学、南カリフォルニア大学といったトップクラスの私立大学もある。カリフォルニアに匹敵すると言えるのは、私学がより大きな役割を果たしているボストン地域だけであるが、全般としてカリフォルニアに後れをとっている。

素晴らしきカリフォルニアマスタープラン
 
もしかするとそれ以上に驚くに値することは、現在のカリフォルニアが非常に資本主義的なイデオロギーを特徴とする州であるにも関わらず、高等教育への社会的アクセスに関する公的計画ならびに公的理念においても、世界をリードしてきたということである。この点に関する最も輝かしい成果と言えるのが、1960年のマスタープランである。このマスタープランは、9校(現在は10校)の研究大学で構成される公立機構であるカリフォルニア大学システムの当時の学長であったクラーク・カー(Clark Kerr)によって主導され、教育機会の拡大を求める大衆からの圧力を認識していた州議会と知事によって承認された。
 当時、カリフォルニア州における高等教育人口の割合は全米で最上位であった。マスタープランは、高等教育システムの量的拡大を継続しながら、最高の質を有する研究大学を維持していくための青写真であった。そして、この基盤となったのが、その後数多く参照されるようになる、機能分化型による高等教育提供の原理であった。 
 マスタープランでは、州が資金を拠出することによって授業料を低く抑え、大学への高いアクセスを実現するというモデルを重視していた。学生の高等教育参加へのコストを制限する手段として、2年制のカリフォルニアコミュニティカレッジ(California Community College)に学生の増加分の多くを振り分け、カリフォルニア大学(University of California)の研究集約型キャンパスへの入学は、高校の新規卒業者の上位12.5%のみに制限し、4年制のカリフォルニア州立大学(California State University)をその間に置くという方式が取られた。この3分割スキームは現在に至るまで継続している。他の多くの国では大学生の半数以上が研究大学に入学可能であるが、カリフォルニアでは、この極めて高度に階層化された入学システムは上位大学への入学に関する障壁を生み出した。しかし、コミュニティカレッジから、より上位のカリフォルニア州立大学またはカリフォルニア大学へ比較的多くの学生が編入することによって、その障壁が相殺されることが意図された。
 カリフォルニアマスタープランの際立った特徴は、それぞれの使命を入念に区分した三層式の高等教育セクターが創出されたことだけではない。カリフォルニア州立大学とコミュニティカレッジセクターにおける当初の使命からの遊離についての圧力が不可避であったにも関わらず、この三層方式が極めて継続性に優れているという事実もまた重要な特長である。このマスタープランは、誕生して間もないころから、最上位の大学群における卓越性と、下位の大学群における高等教育への普遍的なアクセスを組み合わせたメカニズムとして国内外で歓迎された。例えば、1990年代後半以降の中国における高等教育の異例の変革の一部は、カリフォルニアの例に倣ったものである。
 全般的に見て、マスタープランの卓越性に関する部分は極めて有効に機能してきた。上海交通大学の世界大学学術ランキングによると、カリフォルニア大学システムのうち7校が世界の研究大学のトップ50に、また、9校がトップ150に名を連ねている。しかし、カリフォルニア大学バークレー校、ロサンゼルス校、サンディエゴ校は、特に2008年の不況に起因する州の投入資金の削減以降は、トップクラスの研究者の陣容という点で、スタンフォード大学やハーバード大学と比較して、以前ほどの力はないかもしれない。それでも研究成果を見ればこの3校は今もなお傑出した結果を挙げている。
これと比べて、より持続の困難性が明らかになったのは、マスタープランにおける大学へのアクセスに関わる部分である。この件に関する記録を見ると、良い点と悪い点が確実に混在している。
 
ゆらぐ社会的公正
 カリフォルニア大学のエリート校は、入学に関しては比較的平等である。カリフォルニア大学において高等教育を受ける者のうち、貧困家庭出身の学生や高等教育第一世代である学生の割合は、スタンフォードやハーバードといった私立大学と比較すると高くなっている。低収入家庭出身の学生の数は、カリフォルニア大学バークレー校、ロサンゼルス校のそれぞれにおいて、米国のアイビー・リーグの大学の全体の合計を上回っている。さらに、バークレー校の学部学生の40%が授業料を免除されており、65%は金銭的補助を受けており、卒業生の半数が債務を負わずに卒業する。高等教育全体において授業料が急激に高騰しつつある米国において、この数字はきわめて異例である。世界のトップ10の大学で、バークレーほど入学しやすい大学は他にはない。とはいえ、バークレーの学生は、経済状態に関わらず、学業面で非常に優れた成績であるということは追記しなくてはならない。
 だが、その社会的公正への貢献は、米国における極めて平等性を欠く教育システムという大海の中においては、一滴の水に過ぎない。Suzanne Mettlerの発表したデータによると、2011年に米国では世帯収入が上位4分の1に属する層では、20代前半までに大学を卒業する者が71%となり、1970年の40%から大幅に増加した。一方、世帯収入が下位4分の1の層でも卒業率は増えているが、6%から10%への増加に止まった。世帯収入が下から2番目の層では、11%から15%までしか増加していない。言い換えると、人口全体の下位半分の層の大部分が高等教育から締め出されており、高等教育へのさらなる入学率の増加を制限すると同時に、高等教育がそれまでの社会的不平等を再生産する傾向を助長しているのである。
 カリフォルニアにおける学生のリテンション率(在籍率)は、2012年には78.5%であったが、裕福な地区と貧困地区出身者、および、人種別のコミュニティ間で明確な差が見られ、ラテン系で73.2%、アフリカ系で65.7%の学生が2012年に大学を卒業した。コミュニティカレッジとカリフォルニア州立大学の質も地域ごとにばらつきがあり、それらの大学から上位大学への編入率にも大きな不均衡性が見られた。
 この高等教育へのアクセス面での不振の理由は何であろうか。おそらく原因は、政府の課税や歳出を個人の自由を侵害するものとみなす、という反社会的な理論を「社会的な」理念として重視するという、カリフォルニア州のプロポジション13という非常に特殊な法律である。この提案により、カリフォルニアでは増税が非常に難しくなっており、予算危機が幾度も繰り返されてきた。プロポジション13は現在も有効であり、質の高い公教育へのアクセスの改善の努力を妨げる大きな障害となっている。
2008年からの長引く不況以降、カリフォルニアは、高等教育に関する州の資金の3分の1を削減してきた。そしてあらゆるレベルの高等教育機関が現在、資格のある志望者を門前払いにしている。このような状況は1960年以降初めてである。特筆すべきこととして、コミュニティカレッジは、もはや万人に教育機会を提供しておらず、多くの学生が、その代わりに、卒業率の低さと米国の高等教育の全セクター中でも最大レベルの学生の平均負債額という問題を抱える営利目的の高等教育機関に行かざるを得なくなっている。

今後向かうべき方向
 現在、カリフォルニア大学機構の諸機関は、授業料を大幅に上げるか、アクセスを制限するか、または実質的に教育状況が悪化し教育・社会における不平等が拡大する現状を放置するかという、不可能な選択に直面している。
 はたしてカリフォルニアでは、蔓延する個人主義と財政面でのネオリベラリズムが、今後も公共の利益に対し影響を与え続けるのだろうか。公立高等教育に対する公的なサポートは、今後も引き続き低下し続けるのだろうか。もしくは、カリフォルニア州民たちは、個人に対する教育が万人に対する利益となるということを認識して、高等教育機会の幅広い提供と平等性のための公的なサポートを蘇らせる方法を見つけ出すのだろうか。カリフォルニアが教育システムの公共的使命を復活することができれば、世界に再び影響を及ぼす例となるであろう。そのためにはプロポジション13の撤廃が、適切な出発点となるのではないだろうか。
 
*プロポジション13:住民発案による税の制限に関するカリフォルニア州憲法改正要求
 
※原文はこちらからご覧いただけます。
 
その2:米国のカーネギー高等教育機関分類:隠れた意義と問題点』(The Carnegie Classification of American Higher Education: More—and Less—Than Meets the Eye )(IHE #80: 2015年春号
Philip G. Altbach(ボストンカレッジ国際高等教育センター研究教授・創設センター長)

 ルミナ財団ならびにインディアナ大学高等教育センターが、カーネギー教育振興財団から カーネギー高等教育機関分類を引き継ぐことが予定されている。ルミナ財団では、自財団が公表している「学位資格プロフィール」が、2015年版のカーネギー高等教育機関分類の情報源になると発表している。だがこの展開は、米国の高等教育機関の客観的かつ理解しやすいカテゴリー化を行うという、カーネギー分類の元来の意図から一段と遠ざかるものである。
 近年カーネギー教育振興財団は、このカーネギー分類のカテゴリーを複雑化させてきた。これは、カーネギー教育振興財団のその時々の具体的な方針の方向性に合わせるためであった一方、高等教育機関の複雑化を反映するためでもあった。ただし、その結果、米国の高等教育システムの全容と、4,500を超える個々の高等教育機関の役割を理解するための、簡便かつ合理的な正確性と客観性を有する手法としてのカーネギー分類の有用性は低下していた。元々のカーネギー分類は、シンプルさと客観性を兼ね備えており、教育機関を格付けするのではなく、認識しやすいカテゴリーに振り分けるといった素晴らしい利点があった。USニューズ&ワールド・レポートやその他のランキングとは異なり、カーネギー高等教育機関分類では、大学教職員に、競合する大学やカレッジのランク付けを依頼するといった、評判に基づく評価方法は使用していなかった。
 このカーネギー分類の新たなスポンサーとなるルミナ財団が、分類の基本的な方向性をどのように変えるかは明らかではないし、新ディレクターは、2015年版について、根本的に変化はないと述べている。だが、ルミナ財団が、高等教育のアクセス、公平さ、学位の取得率、さらには、全米の学歴・資格の枠組みを新たに設計することを非常に重視していることを考えると、それらが大いに称賛すべき目標であることは確かではあるが、長期的に見ると、カーネギー分類もルミナ財団の政策アジェンダに合致する形式になる可能性が高い。それは、カーネギー財団が提供していた時代の終盤にカーネギー分類に比較的軽微な変化があったことと同様である。
 元々のカーネギー高等教育機関分類は、高等教育機関の役割を明らかにする上で多大な貢献をし、米国および他国の政策立案者や個人が、米国の高等教育の全体像を基本的に理解し、各機関の位置付けを把握することを可能にした。この分類は、国際的に見てもきわめて有用性が高く、米国の多種多様な学術機関に関するロードマップとなっていた。そして米国の研究大学、コミュニティカレッジ、または演劇学校などとの協働に関心のある海外機関は、適切なパートナーを容易に見つけることができた。しかし、この貴重なリソースが失われる可能性が高くなっているのだ。
 
歴史的視点
 カーネギー高等教育機関分類の誕生は、1963年にカリフォルニアマスタープランを策定し、カーネギー高等教育委員会を率いてきた伝説的な人物であるクラーク・カーが、米国における、多様かつ当時急速に拡大していた高等教育機関の状況を把握することを切望した1973年に遡る。カーネギー高等教育機関分類は、大まかに言えば、クラーク・カーが構想していた、異なった目標・ニーズ・学生層に、種類の異なる高等教育機関が応えるという機能分化型の高等教育システムと類似していた。当初の分類には、博士号を授与する大学、総合大学およびカレッジ、リベラルアーツ・カレッジ、2年制のカレッジやその他の教育機関、プロフェッショナルスクールとその他の専門的な機関というわずか5つの機関カテゴリーと、幾つかのサブカテゴリーしか含まれていなかった。
 この分類は高等教育システムをカテゴリー化する最初の試みであったため、それからすぐに影響力を発揮するようになった。政策立案者は、この分類が客観的なデータに基づく教育機関のカテゴリーである点を評価し、そして学術機関のリーダーは、自らの機関の位置付けを理解する上で、この分類が有益であると判断した。分類のシンプルさは利点であり、スポンサーは中立的な立場にあるとして信頼されていた。この分類はランキングではなく、カテゴリー別に機関をアルファベット順にリスト化したものであったが、多くの者が分類を競争の観点から見るようになった。一部の大学は、研究予算が最も大きく最も多くの博士号を授与している機関である「研究大学-I」のサブカテゴリーの機関に加わりたいと願った。そして自校がこのカテゴリーのリストに入ると、大いに喜んだ。同様に、最も選抜の厳しいリベラルアーツ・カレッジは「リベラルアーツ・カレッジ-I」に該当したため、リベラルアーツ・カレッジの多くがこのカテゴリーを目指した。時が経つに連れて、この分類はランキングではないにせよ、少なくとも学術的なステータスについて、一種の非公式な基準となった。
 
修正と変更
 カーネギー高等教育機関分類のカテゴリーと手法は、米国の高等教育が大きな変遷を遂げた数十年間にわたり、かなり安定した状態を保っていた。2005年にカーネギー教育振興財団は新たな首脳陣を迎え、分類に大幅な変更が導入された。財団首脳陣は、米国の高等教育の現実を鑑みて、手法の再考が必要だと論じた。また、カーネギー財団の焦点も変化したことから、財団の新たな方向性を満たし、財団の方針上の焦点をサポートするように分類を適合させたかったのであろう。カーネギー財団は、基本分類を改訂し、教育プログラム、在籍学生のプロファイル他、新たなカテゴリーを追加した。その結果、分類の複雑性は大幅に増し、時間の経過と共に、カーネギー分類の影響力が弱まっていった。人々は、この新たなカテゴリーは、カーネギー分類の基本的な目的についての混乱を招き、全く関連が無さそうな可変的要素が加えられたと考えた。基本的なシンプルさも損なわれた。そして、実際には、そのカテゴリーが20年以上もカーネギーの分類の語彙には存在していないにも関わらず、未だに人々は「カーネギーの研究大学-I」(最上位の研究大学)という用語に言及している。
 カーネギー高等教育機関分類には、さらに手が加えられる可能性もある。米国連邦政府による、コストと学位取得率に基づいて高等教育機関をランク付けしたいとの希望により、このカーネギー分類に新たな側面がもたらされるかもしれないからである。さらなるジレンマを生み出しているのが、営利目的の高等教育セクターの役割である。このセクターの高等教育機関は、方向性や経営方法が従来の非営利目的の高等教育機関と根本的に異なっている。新規のオンラインによる学位提供機関についても同じことが言える。高等教育界におけるこれらの新たな存在を、はたして分類に含めるべきなのだろうか。こうした要素は、カーネギー分類の、実質を伴わない変更を助長するだろう。とても、良い考えとは言えない。
 
もう一つの転換点
 
これから訪れる時代に、カーネギー分類の歴史において最大の変化がもたらされる可能性が高い。そして新たなスポンサーの最近の発言が将来を暗示するものであるならば、その変化は原形をとどめないほど大きなものとなり、米国の高等教育機関についてのシンプルかつ客観的な、分析的分類を提供するというクラーク・カーの元の構想が本質的に破壊されてしまう可能性が高い。過去数十年にわたり、この分類は、スポンサーであるカーネギー教育振興財団の方針上の目標を満たすよう構築されていた。新スポンサーであるルミナ財団が、自財団のニーズに適合し、自財団のアジェンダを推進するように分類を構築することには疑いの余地はなく、そして結果として、分類の元々の目的との関連性が失われる可能性がある。
 
真に必要なこと
 
クラーク・カーがカーネギー高等教育機関分類を構想して以来40年間にわたり、米国内の4,500を超える高等教育機関についての、明確で合理的な客観性を有した包括的な指針を率先して示そうとする者がこれまでにいなかったのは驚くべきことである。カーが構想した元々のカーネギー高等教育機関分類の基本的な目的と構成を復活させることは、非常に高度な知識がいることでもなければ、並外れて費用のかかることでもない。
 高等教育が複雑になっていることは、もちろん真実である。そこで営利目的のセクターをどう扱うかという問題が生じるが、おそらく、そのための特別なカテゴリーを追加することによって対応がなされるだろう。多くのコミュニティカレッジが現在、4年制の学士号を授与しているが、コミュニティカレッジとしての基本的な目的や組織は本質的に変化していない。また、米国における専門大学の数も増加しており、多くのカレッジや大学が学位その他の教育課程を拡大し多様化させてきた。そして一部の高等教育機関の教育プログラムにおいては、テクノロジーがプログラムの一環としてある程度まで取り入れられるようになり、MOOC(大規模公開オンライン講座)革命は引き続き広がっている。研究の生産性も劇的に上がり、以前より多くの形態で研究報告がなされている。そして少なくとも研究大学セクターにおいては、あらゆる種類の知的財産権が学術機関において、以前よりも中核的なものとなっている。
 それでもなお、説明が若干複雑になるとは言え、高等教育機関の主たる目的と機能についての判断の助けとなることという、元々のカーネギー分類の基本的な要素はほぼ変わらず残ることになる。その鍵となる以下の指標は十分に明確なものである。
・学生数
・学位授与数
・提供される学位の種類
・常勤と非常勤教職員数
・研究と知的財産からの収入
・研究の生産性
・学生のモビリティによって測られる国際化
さらに2~3の指標を加えることも考えられるが、ここでもシンプルさがモットーとなる。
 高等教育機関の種類は、6つのメインカテゴリーと、8つの主要サブカテゴリーでほぼ適切と思われる。高等教育システムにおける複雑性と多様性の増加に対応できるように、この数を若干拡大することもできるだろう。カーネギー財団による分類の変更によりカテゴリーの拡大が生じ、混乱を招いたが、これは部分的には財団の方針と理念的な方向性を反映したためであった。分類の基本的な目的をかなえる最善の方法は、高等教育機関の類型的な分類をできる限りシンプルで明朗なものとすることであろう。
 こうした指標が各教育機関に対する洗練された、または完全な測定手法にはならないであろうこと、そして追加的な定義が必要であることは明らかであるが、合理的なカテゴリー化を可能にする基本情報となる。そこには、近年カーネギー高等教育機関分類に入り込んできた理念的・方針的方向性は存在せず、この分類によって米国の高等教育状況の豊かさと多様性、そして複雑性を説明するという元々の目的へと立ち返らせるのである。
 
※原文はこちらからご覧いただけます。

その3:研究における協力と海外への移動』(Research Collaboration and Global Migration)(IHE #72: 2013年夏号)
Gali Halevi(エルゼビア(Elsevier)・ニューヨーク支社インフォメトリック・リサーチ・グループ所属)
Henk F. Moed(エルゼビア本社(オランダ・アムステルダム)インフォメトリック・リサーチ・グループ所属)

 本研究では、科学者の国際共著の状況ならびに他国への物理的な移動の諸傾向を比較する。国際共著についての分析は、国内ならびに世界規模での科学ネットワークの形成を追跡する方法として、長年使用されてきた。しかし最近は、研究者の国から国への物理的な移動についての関心の高まりを受けて、その把握のために、著者の所属の追跡や分析が行われるようになっている。特定の論文の著者の地理的な位置を分析する、あるいは大量の論文を調査することで、世界規模での共著と協力のネットワークを特定することが可能である。国際共著とは対照的に、研究者の海外への移動は、国際共同研究の形成のみならず、国の社会・経済的な構造にも影響を及ぼす。その国の科学コミュニティの長所と短所について、ならびに、国家が研究者の移動によって頭脳流出に悩まされているか、または発展を享受しているかという点について、研究者の国際移動の傾向は、政策立案者やプログラム責任者にとって潜在的に役に立つものとなりうる。
 
国際移動と国際共著の要因
 我々の最近の研究では、20,000を超える査読論文を含む多領域にわたるデータベースを調査し、選ばれた17の国、すなわちエジプト、イラン、マレーシア、パキスタン、ルーマニア、ポルトガル、ドイツ、イタリア、オランダ、英国、ブラジル、中国、インド、米国、オーストラリア、日本、タイにおける国際共著パターンと科学者の国際移動を分析した。2011年の出版物の集積を分析し、2001年から2010年にキャリアをスタートさせた著者を含めることで、さまざまな国家間での移動の程度を追跡することが可能になった。
 この研究では、研究者の国際共著と国際移動のパターンの違いを把握することができた。この結果から、言語の共通性と地理的近接性は、国際共著よりも国際移動に関して強力な要因となっていることが明らかである。さらに、政治的緊張が及ぼす影響については、国際共著よりも国際移動に対する影響の方が少ないと思われる。このことは、例えばイランと米国、インドもしくはパキスタン、そして中国と台湾といった国や地域の間では、国際共著の割合が比較的少なく、国際移動の割合が比較的多いことにも表れている。
 米国と中国はいずれも、研究者の興味深い海外移動パターンのユニークな事例である。米国の著者は、英国、イタリア、オランダといった欧州の研究大国の研究者と比べると海外移動がより少ない傾向にある。その理由として考えられるのは、米国自体のサイズが大きく、研究者が米国を離れることなく米国内の別の機関へと移れるだけの優秀な研究機関が米国内に豊富に存在することが挙げられる。これに加えて、我々の分析では、国際共著の程度と比較すると、現在米国で活動している若い研究者のうち相対的に多くの人々が、以前はインドとイランで活動していたことが明らかになっている。
 
永続的移動と一時的移動
 分析のもう一つの焦点のベースとなったのが、自国内にとどまる著者、海外に永続的に移住する著者、そして海外に一時的に移動するが自国に戻る著者の割合である。自国にとどまる著者の割合が最も大きかったのは米国、次いで中国である。永続的に移住する著者の割合はそれよりもはるかに小さく、その多くがドイツとオランダの著者であり、次いで米国とイタリアの著者であった。永続的に移住する可能性が最も低いのは中国の著者である。理由として、中国の科学者は、その専門性の不足とは対照的に、国内では豊富なリソースが与えられることが考えられる。この点において、中国の科学者は、特定の分野での専門知識を得るために他国に移動するが、自身のキャリアの実践と発展のために自国に戻ると考えられる。また、一時的に海外に移動して後に自国に戻る著者の数は、最も割合が少ないことも判明した。永続的に移住する著者の割合と、一時的な移動の後に自国に戻る著者の割合を比較すると、頭脳流出が起きている国と、自国のインフラを発展させている過程にある国とを明確に区別することができる。イラン、タイ、マレーシア、パキスタンといった国では、海外に一時的に移動した後に帰国する研究者の人数が多いとみられる。こうしたタイプの移動は、その国の専門家の技能レベルとインフラの発展を支えており、このような行き来の数は増加傾向にある。その対極にあるのが、米国、日本、インド、ドイツといった、異なる国に永続的に移住する研究者数が比較的多いと思われる国だ。その中間にあるのが、中国、ブラジル、オーストラリアなどの、自国を出て外国で働いた後で戻って来る者と永続的に自国を出てしまう者の数が均衡している国である。
 
科学政策に及ぼす影響
 この分析は、既存の傾向を追跡したものであるが、国際移動と国際共同研究のパターンによって、他国に移動する研究者が、自身の研究業績をどの程度向上させるかという点について考察する手法としても役立つ可能性がある。数年前にオランダのライデン大学で行われた研究者の業績に関するケーススタディでは、オランダでPh.D.を取得した後に海外の名門大学でポスドクのトレーニングを受けた研究者の方が、オランダにとどまった研究者よりも優れた業績を示したことが判明した。
 研究者の所属についての指標を用いれば、国際共著のパターンを追跡し、そして国内および国際的な科学ネットワークの形成を特定することができる。これに類似した方法で研究者の所属についての指標を用いると、永続的か一時的かを問わず、科学者の他国への実際の物理的移動を追跡する上でも利用できることが明らかになっている。この分析手法を用いれば、国家レベルの政策立案者は、ある国でキャリアを開始し、それから海外に移動して外国の機関でキャリアを継続している研究者を追跡することができる。この情報は、海外に出た研究者を自国に戻るように促すためのプログラムにとって重要な機能を果たしうる。また、この方式で、研究分野ごとに国際移動を追跡することも可能である。例えば、特定の国が、神経科学分野の科学者の海外流出に気付いた場合は、才能ある科学者を自国にとどまらせ頭脳流出を防ぐために、当該分野への投資の増額を決定することも可能なのだ。さらにこのタイプの分析によって、世界各地での、卓越した研究拠点(センター・オブ・エクセレンス)の形成状況を把握することもできるのである。
 
※原文はこちらからご覧いただけます。

<翻訳者>新見有紀子(政策研究大学院大学客員研究員、一橋大学講師)

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