シリーズ科学的助言Vol.2
SCIENTIFIC ADVICE FOR POLICY MAKING
食品安全分野の科学的助言

 個別の政策分野で科学的助言をする体制や助言の内容が異なっていることについて前回説明があったところです。そして、食品安全分野では、食品安全委員会が科学的助言者という位置づけになるというお話でしたので、今回は食品安全委員会の活動状況をご紹介します。

 食品安全委員会は、2003年に設置された国の機関です。その背景としては、2001年9月の国内初のBSEの発生を契機として、食品安全に係る政策に対する透明性等国の行政の在り方が問われていたことがあります。また、①食品流通の広域化・国際化の進展、②腸管出血性大腸菌O-157やプリオン等の新たな危害要因の出現、③遺伝子組換え等の新たな技術の進展などに的確に対応することも必要となっていました。このようなことを背景に「食品安全基本法」が制定され、食品安全委員会が設置されることとなりました。

食品安全分野におけるリスクアナリシス

 食品安全分野における「リスクアナリシス(Risk Analysis)」は、1980年代から世界食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)の合同食品規格委員会、いわゆるコーデックス委員会で開発されてきたものです。「リスクアナリシス」は、食品安全に係る政策決定を行うための各国政府が採用すべきアプローチとして、その指針が2007年にコーデックス総会で採択されています。この指針では、食品分野におけるリスクアナリシスは、①一貫性があり、②公開性・透明性があり文書化され、③最新の科学的データに基づき適切に評価されるべきとされています。そして、密接に関連する独立した3つの要素、すなわち、リスク管理、リスク評価、リスクコミュニケーションからなる組織系統だった方法で行うべきとされています。

 我が国は、コーデックスの指針が採択される以前の2003年に食品安全委員会を設置しており、世界的にも早くからリスクアナリシスの取組を進めてきたと言えます。なお、欧州では2002年に食品安全に係るリスク評価機関として欧州食品安全機関(EFSA)が設置されています。

食品安全分野の科学的助言の実際

(1)食品安全委員会の活動

 我が国の食品安全委員会はその名の示すとおり、常勤委員4名と非常勤委員3名で構成される委員会で、委員はすべて科学者です。また、この委員会の下に、それぞれのハザードごとに設置されている専門調査会には、外部の有識者として化学物質の毒性学や体内動態の専門家、微生物や公衆衛生の専門家等の200名を超える大学や研究機関の研究者に参加いただいています。これらの専門家の議論をもとにいわゆるリスク評価書をとりまとめて、リスク管理機関である厚生労働省や農林水産省等にお送りしています。毎年200件前後の評価結果を通知しており、累計で2400件を超えます。これらが食品安全分野の科学的助言ということになります。

(2)リスク評価者とリスク管理者との間のコミュニケーションの重要性

 我が国では、透明性の確保を重視する観点から、科学的なリスク評価とリスク管理を組織的に分離しており、科学的なリスク評価は食品安全委員会、規制等のリスク管理は厚生労働省、農林水産省等が行っています。  リスク管理機関とのやりとりは、基本的には諮問文書を受け評価書を返すという文書のやりとりになります。また、リスク管理機関が諮問する場合には公開の食品安全委員会でその内容を説明します。このように、リスク管理とリスク評価を別の組織で対応し、その間のやり取りが文書化され公開されていることにより、透明性が担保されています。  一方、食品安全委員会と厚生労働省や農林水産省は別の組織であり、ともすると意思疎通が不十分となってしまいがちです。食品安全委員会のリスク評価がリスク管理にとって有用な科学的助言となるよう、担当者間で日頃から十分なコミュニケーションを行うことが重要です。

(3)リスク評価における不確実性をどのように伝えるか

 リスク評価は、一般的に、「危害要因特定」(Hazard Identification)、「危害要因判定」(Hazard Characterization)、「ばく露評価」(Exposure Assessment)、「リスク判定」(Risk Characterization)の4つの段階で行われます。それぞれの段階で科学的な証拠をもとに判断しますが、その際には不確実性を考慮する必要があります。

 代表的なのは、農薬等の化学物質の「危害要因判定」ではADIを求めますが、その際動物を用いた毒性試験の結果をヒトへ適用する場合に、その不確実性を考慮して、通常、安全係数100を用いています。データの不足等があれば、その不確実性を考慮しさらに係数を追加することもあります。

 いずれにしても、専門家の科学的な判断の際の不確実性について、評価書の中で適切に表現し、リスク管理者に伝えることが重要です。

最近の動き

 近年コンピューター技術が進展し、膨大なデータや論文情報を活用することが可能となってきています。化学物質の評価では構造が類似した物質の試験結果も活用して毒性を推定する試みが進んでいます。また、3Rの観点からできる限り毒性試験等に使用する動物を少なくすることも重要です。このようなことから、in silicoと称して化学物質の構造等からコンピューターで毒性を予測する方法の開発が進んでいます。食品安全委員会では、昨年4月に評価技術企画ワーキンググループを設置し、海外の評価機関とも情報交換しながら、我が国での活用について検討を進め、本年7月に「化学物質の毒性評価のための(Q)SAR 及びRead across の利用」についての報告書を公表しています。今後は、ベンチマークドー ズ法、食中毒原因微生物の定量評価に資する技術等の評価技術について検討を進めていくこととしています。

 このような評価方法の進展についても、今後ともリスク管理機関と連携して取り組んでいくことが重要となっています。

東條 功
とうじょういさお 食品安全委員会フェロー
PROFILE
東京大学農学部農芸化学科卒、コーネル大学大学院でMS取得、農林水産省等で農業・食料・環境政策等を担当、平成29年7月まで食品安全委員会事務局次長。