SciREXと研究者~政策と科学の繋ぎ手たち~ イノベーションの議論を、アートやデザインからみる面白さ
- PROFILE
- 2007年慶應義塾大学文学部西洋史専攻卒業。2009年名古屋大学国際言語文化研究科博士前期課程修了、2012年博士後期課程単位取得退学、2013年博士号取得、一橋大学イノベーション研究センター特任助手、2015年より特任講師。
まず木村さんの専門、関心事についてお伺いします。
学生時代は、歴史学(英国近代史)をベースに、英国の映画・テレビ産業をめぐる政策制度の歴史研究を行っていました。この研究は、カルチュラルスタディーズとメディア産業論(修士、博士)の観点から進めていましたが、ある時期から、研究に使っていた資料の多くに、イノベーションという言葉が多用されるようになりました。英国では、2005年頃から芸術大学や芸術・人文学までが、イノベーションの実現に貢献することを求められるようにもなっています。正直、博士号を取得した後に、新しい分野に挑戦するとは思ってもいませんでしたが、これまでの議論をイノベーションの観点で再考してみたいと考え、一から勉強を始めました。今から四年ほど前の出来事です。
研究としては、これまで学んできたことのうち、なにが既存のイノベーションの議論に貢献できるのか、ということを整理しました。最近では、日本のイノベーションの議論でも、アートやデザインという言葉が聞かれるようになりました。しかし、アートやデザインの観点で行われた研究はほとんど見当たりません。もちろん、「デザイン思考」(Brown 2009)など、デザインの考え方を広く、わかりやすく、実践可能な知識として共有されている方々はいます。しかし、わたしは、アーティストやデザイナーの方々の競争と、彼らの競争資源と言える、鍛えられた知覚に焦点を当てています。言葉で語ることも、形式化することも、とても難しいのですが、知覚を鍛えることは、科学者であれ、技術者であれ、経営者であれ、誰にとっても大切なことだと思います。私自身が、事例で説明するとわかった気になっても、実は理解できていないことが多くあるので、この研究では、できるだけ事例を使わずに、「イメージ」、「知識」、「言語」の構造や機能についての理論を組み合わせて説明するということにこだわってきました。
木村さんがSciREX事業を通して行っている研究について聞かせてください。
SciREXの研究として行なっているのは、デザインイノベーションの研究と、地域イノベーションの研究です。 デザインイノベーションは、英国では、イノベーションに貢献する芸術・人文学研究の重要なテーマの一つです。簡単に説明すると、様々な学問分野の知識と、デザインスキルを使って、社会的課題の解決を目指す実践的な領域です。この春、グラスゴー美術学校(Glasgow School of Art)のInstitute of Design Innovationで、教育現場や修士の学生の最終発表を視察させていただき、所属する研究者らと共同研究に向けた打ち合わせも実施してきました。彼らは、スコットランドの企業や政府機関と組んで様々なプロジェクトを実施しています。私の場合は、概念や理論の整理に時間がかかりましたが、将来的には、このような実践的な研究も目指しています。 地域イノベーションの研究は、九州大学の皆さんと一橋大学の連携プロジェクトとして実施しています。事例研究は、事例の見方次第で明らかにできることも変わってしまうので、私の場合は、昨年、北海道夕張市の事例を使って、まず、見方を考えるという作業に時間をかけました。地方創生は、日本全体の課題なので、ある一つの分野だけではなく、少なくとも、私が知っている分野では矛盾が生じない見方を探し続けてきました。思っていた以上に、大変でした。もちろん、一つの事例だけで見方を開発することもできないので、長野県阿智村や、広島県の企業、宮城県松島町のケースプロジェクトの調査も進めています。
どういった問題関心で今回の研究を始められたのですか?
私が解決したい課題は、英国で「二つの文化」(C.P. Snow 1959)という言葉で語られてきた、科学と技芸、芸術と技術、経済と文化が分断された状態です。いくつかの分野で、同じテーマについての研究が行われても、その成果の内容が矛盾している場合、混乱が生じます。知識は、「知る」という目的のために創られるので、研究分野も、「知る」側の都合で分類され、自動車や電気機器は理系、映画や音楽は文系というように分けられています。しかし、芸術の理論を使って自動車の研究を行うこともできるはずですし、科学技術の進歩なしに、映画や音楽について語ることはできません。私自身、映画を創りたいという想いから研究を始めたこともあり、「知る」ための分類は、実践の場に大きな損失を与えているのではないか、と考えています。この損失をいかにして解決するか。私が研究を通して解決したい課題は、持っている知識の違いによって、見方や考え方が異なるために生じる問題です。
デザイン、アートと政策って結びつかないんですが、どういった関係性があるのでしょうか?
「アート」という言葉を聞くと、絵画や音楽、写真や映画といった特定の何かが連想されることは多いと思います。そして、実際に、絵画や音楽、写真や映画についての知識には、分野、時や場所を超えて普及するアイデアを開発するためのヒントがたくさんあります。このヒントをわかりやすく共有できれば、政策形成にも貢献できることは多いと思います。なぜなら、本来、アートという言葉は、知識を活用した人の行為と、その結果を意味する言葉として使われ始めたからです。
最後に、木村さんの考える「政策のための科学」とは?
これまでSciREXに関わる研究者や政策担当者の皆さんとの交流から多くのことを学びました。同じ研究者、同じ科学技術イノベーションというテーマでも、たくさんの見方があり、考え方があり、その違いと、その理由を考えながら、様々なイベントに参加させていただいています。しかし、科学は、通常は「知る」方法であり、政策は、創られるものです。今後は、この溝を乗り越えるための知識や仕組みについての議論も必要になっていくと思います。