データの読み方講座 04 イノベーション指標編 日本のイノベーション活動を把握するには?

伊地知寛博
ともひろ 成城大学社会イノベーション学部長・教授
PROFILE
博士(学術)(東京大学)。専門は科学技術・イノベーション政策論で、OECD等を含め研究開発・イノベーションの測定・評価等に係る諸活動にも従事する。科学技術・学術政策研究所第1研究グループ客員総括主任研究官。

 本講座では、科学技術イノベーションを考える基礎として、重要テーマ後とに、どのようなデータがあるか、そのデータから何が言えるのか、どのような限界があるかについて、専門家が解説する。第4回は、日本の「イノベーション指標」を取り上げる。

 国のイノベーション・システムについてより良く理解し、科学技術イノベーション政策の適確な推進を図る上で、企業によるイノベーションの実現やイノベーション活動の状況を把握することが重要である。多くの国・地域において、イノベーションに関して測定が行われ、その結果に基づいて作成される指標が活用されるようになってきている。本稿では、イノベーションに関する指標を利用する際に留意すべき点について、国際比較上の観点も含めて述べていく。

統計調査としてのイノベーション調査と指針としての『オスロ・マニュアル』

 世界各国において共通したイノベーションに関する指標の情報源となっているのは、イノベーションに関する統計調査である。我が国では、政府統計の一つである「全国イノベーション調査」(文部科学省科学技術・学術政策研究所実施)1がこれに当たる。イノベーション測定において国際比較可能性を確保するために、OECDとEurostat(欧州委員会統計総局)との合同により『オスロ・マニュアル』という指針2が策定されている。
 各国・地域は、この指針を参照しつつ、各々において調査方法論を設定し、調査票を作成して実施している。たとえば、EU(欧州連合)メンバー国を含むEEA(欧州経済領域)締結国では、共同体イノベーション調査(CIS)3として、各国による共通利用が期待される中核的な質問票や調査方法論が策定されているが4、EUメンバー国によってはさらに工夫等も加えられ実施されている5。非EUのOECDメンバー国でも、非EU非OECDメンバー国でも、各国の状況に応じて、また、より良い測定を企図して調査を実施しており、そのために細かな点で異なる部分もある。また、近年のイノベーション活動の変容や各国における調査に係る経験等を踏まえて、現在、指針の改訂作業も行われている。このように、イノベーションに関する測定は、OECD等により指標の開発も進められ、世界的に見て継続して発展が図られている領域である6

「イノベーション」の実現と「イノベーション活動」の実施の違い

 さて、イノベーション調査に基づく指標を活用する際に最初の留意点は、「イノベーション」の実現と「イノベーション活動」の実施という概念の区別であろう。

 イノベーションの実現とは、参照期間(ほとんどの国では、現在、3年間としている)中において、自社にとって新たなプロダクトやプロセス等を導入ないし実行したかどうかを指す。たとえば、参照期間の間に、少なくとも自社にとって7新たなプロダクト(製品又はサービス)を市場に導入することを、プロダクト・イノベーション(の実現)といい、同様に、新たな(製品の製造やサービスの提供に係る)プロセスを自社内において実行することを、プロセス・イノベーション(の実現)という。

 これに対して、イノベーション活動の実施とは、イノベーションの実現に至った又は至ることを意図した活動の実施を指す。研究開発活動のほか、イノベーションの実現のための、社外からの機器等や知識等の獲得、人材訓練、マーケティング活動、デザイン活動などが含まれる。そのため、プロダクトの数が限られており、イノベーションの実現に長期間を要するような場合には、ある参照期間にイノベーション活動を実施していても、イノベーションが実現していないということが生じ得る。

表やグラフ上の「イノベーション」=調査票上の「イノベーション」ではない?

 ところで、『オスロ・マニュアル』では、国際比較可能性を確保するためにイノベーションやイノベーション活動の定義が示されている。しかし「イノベーション」に対して回答者ごとに異なる解釈であれば、同一国内であったとしてもその精度は定性的に粗いものとなる。そこで、調査票の質問文では、イノベーションという語を直接的には用いず、回答者間で質問文に対する解釈のずれが生じないように工夫されている(図表1参照)。回答者にイノベーションという用語やそれが示す概念についての理解をできる限り要請しない。したがって、図や表の指標の名称としてイノベーションが用いられていたとしても、そのことが即ち、回答者間によるイノベーションについての理解の相違に起因するものであると短絡的に考えてはならない。それでもなお、先導的な国々では、回答者がイノベーション等についてどのように認知しているのかについて、インタビュー等を通じてエビデンスを収集・分析している。

図表1 調査票におけるイノベーションの実現の当否に関する質問文の例
図表1
出典:第4回「全国イノベーション調査」調査票、文部科学省科学技術・学術政策研究所。

企業を単位として表示される指標に係る留意点

図表2 プロダクト・イノベーション又はプロセス・イノベーション実現企業の割合
図表2
データ源:OECD、OECD Innovation Indicators 2015
註:ほとんどの国について、参照期間は2010年–2012年である
 現行のイノベーション指標の中では、1企業を1単位として取り扱い、企業数に基づく割合等として表示される多くの指標についても留意が必要である8。というのも、企業の範疇や産業構造が国ごとに異なり、また、1企業といってもその規模は千差万別であるからである。ここで、企業規模については、統計では国際的には従業者数を用いることが一般的である9  企業の規模が大きいほど、その事業活動の範囲が広いことが容易に想定される。イノベーションの実現の当否を見てみると、企業規模が大きいとイノベーション実現企業の割合は高い傾向がある。他方、企業数では、規模の小さい企業が圧倒的に多くなる。そのため、1企業を1単位とすると、その全体は規模の小さい企業群の状況をかなり表していることとなる(図表2参照)。それゆえ、たとえば、国全体の企業(たとえば、従業者数10人以上の企業)に占めるプロダクト・イノベーション実現企業の割合が少ないからといって、その国の経済全体においてイノベーションの果たす役割が小さいとか劣っているという見方は適切ではない。  それでも、企業を単位とする表示には意味がある。我が国におけるプロダクト及び/又はプロセス・イノベーション実現企業の割合は26%(2009年度—2011年度)である。このことは、これらの企業が国全体においては相対的少数者であることを示唆している。行政において企業を対象とした施策を実施する場合、この相対的少数者という点に留意しないと、イノベーションの推進や環境整備に真に焦点を置いたものとはならないことも懸念される10  イノベーションに関する指標のより良い活用に向けて、測定対象である国全体の企業のありようについて認識し、指標の情報源となっている統計調査の調査方法論や調査票等を踏まえて、指標が表す意味への理解を高める一助となるようであれば幸いである。

  1. 最新の統計調査は,2012年度–2014年度を参照期間としており,その結果は,以下から利用可能である:
    文部科学省科学技術・学術政策研究所, 2016, 「第4回全国イノベーション調査統計報告」, 『NISTEP REPORT』, No.170, 東京:文部科学省科学技術・学術政策研究所, doi: http://doi.org/10.15108/nr170.
  2. OECD and Eurostat, 2005, Oslo Manual: Guidelines for Collecting and Interpreting Innovation Data, third edition, Paris: OECD Publishing.
  3. ここでの「共同体」は,EUの前身であった「欧州共同体」を指す.
  4. EEAに係る法令上,各国は欧州委員会に対して所定の指標についてデータを報告する義務を負っていることから,各国における統計調査では,調査客体(企業)に報告義務を課しているところがほとんどである.
  5. たとえば,ドイツでは,中核的な質問票等の策定やEEAに係る法令上の観点から他国では2年ごとに実施されている統計調査が,他国とは異なり以前より独自に,毎年,そして調査客体を固定するパネル調査として実施されるという特徴を有する.
  6. OECDにおいて,各国で実施された統計調査の結果を踏まえて,イノベーションに関して,たとえば,以下の報告書で国際比較可能な形で結果が公表されている:
    OECD, 2015, OECD Science, Technology and Industry Scoreboard 2015: Innovation for growth and society, Paris: OECD Publishing.
  7. 我が国においては,一般に“イノベーション”というと,新規性の度合いが強いものが想起されやすいが,『オスロ・マニュアル』では,新規性の程度については段階が設定されており,最低限度は,(すでに他社により同種のプロダクトが市場に導入等をされていたとしても)「自社にとって新しい」ものとされている.
  8. 研究開発へのインプットに関する測定の場合には,研究開発支出額や研究開発従事者数といった,国全体について母集団推定された定量的データであれば,国全体の状況を表すことができており,これとは異なっている.なお,イノベーション活動へのインプットについても,研究開発と同様に,イノベーション支出額を測定することが続けられてきている.
  9. 我が国では,企業規模を表すことの一つに,資本金額が用いられてきているが,企業規模として資本金を捉えることは我が国固有のものであって,国際比較可能ではない.
  10. プロダクト・イノベーション実現企業に絞れば,その中において新規性の度合いの強い,市場にとって新しいプロダクト・イノベーション実現企業の割合は,他国と比較してさほど違いはない.このことは,我が国のプロダクト・イノベーション実現企業が,全体として他国に比して劣後しているわけではないことを示唆している.
ページの先頭へ