日本の強みを活かしたイノベーションエコシステム S&Ⅱ協議会設立発表会・記念シンポジウムを終えて

 今年7月、科学技術を軸としたオープンイノベーションや研究開発型スタートアップの創造・育成を加速するための自律的なコミュニティ形成を目指して内閣府に設立された、サイエンス&イノベーション・インテグレーション(S&Ⅱ)協議会。
 7月27日に開催されたS&Ⅱ協議会設立発表会・記念シンポジウムでは、サイエンスを軸にするスタートアップ、スタートアップを支援するアクセラレーターやVC、オープンイノベーションに取組む企業、産学連携に取組む大学などが参加し、日本版イノベーションのエコシステムについて熱心な議論が繰り広げられた。
 S&Ⅱを主導し、シンポジウムにも主催者として参加した前科学技術政策担当大臣の鶴保庸介参議院議員。スタートアップ支援を行い、当日はパネルディスカッションのモデレーターを務めた(株)HEART CATCH代表取締役西村真里子氏。
 お二人に、シンポジウムを振り返りながら、今後、S&Ⅱ協議会の期待される役割を語ってもらった。

高まる「オープンイノベーション」への期待

シンポジウムには500人以上の申し込みがあり、抽選で300人に絞ったのですが、それだけ「オープンイノベーション」というキーワードへの関心の高さを感じました。ベンチャー支援、民間、大学など様々な機関からの参加がありましたが、まずは率直なご感想を聞かせてください。

対談の様子左から角南篤さん、西村真里子さん、鶴保庸介さん 鶴保 まずは、角南先生はじめ多くの方々に感謝を申し上げたいと思います。イノベーションのエコシステムについて、政府、地方自治体、大学、産業界が垣根を越えて議論できる場を作りたいと思いS&Ⅱ協議会を立ち上げました。正直初めての試みなので、成功だったかどうかは分かりません。ただ、終わった後に、「そういう協議会があるんだったら私も参加してみたい」という声を聞けたことは、やってよかったなと思っています。是非、継続してほしい。 西村 私はスタートアップの立場からお話をさせていただきますが、これまでもどのようにスタートアップを成長させるか、や日本発のグローバルベンチャーをつくるにはどうしたらいいか、といった点について個々に企業や投資家の方と議論することはありました。
 ですが、S&Ⅱ協議会のように政府、企業、投資家、大学、ベンチャーが一堂に会して、来場者も含めて一緒にディスカッションする開かれた議論の機会は、これまでになかったと思います。その点では、非常に大きな一歩だったと思っています。
 ただ、本当に多くの関係者が集まった分だけ、まだ粒度が荒い部分がありますよね。まだ始まったばかりということで、その粒度の粗さをポジティブに受けていろんな議論を発生されるのはいいですが、それをどういう形で結び付けるか、もしくは拡散していることを現実として認めるか、見極めていく必要を感じます。
鶴保そうですね。S&Ⅱ協議会では実行委員会を立ち上げていますから、S&Ⅱ協議会だからこそできること、役割についてもしっかり議論してもらいたいですね。 西村 それにしても、あそこまで懇親会が盛り上がるとは驚きました。 鶴保 マイクも全然通じないぐらい盛り上がっていましたからね。 西村 イノベーションへの熱をまざまざと感じました。

必要なのは挑戦できる環境づくり

そもそも科学技術政策担当大臣としていろいろな課題がある中から、ベンチャーやスタートアップに注目されたのはなぜでしょうか。

対談の様子鶴保庸介さん 鶴保大学改革や交付金改革も大事なんですけれども、それはスタートアップが成長していって社会実装化が進むまでの基礎的インフラですよね。これまでこの国は、そこに注力をしてきたわけですが、残念ながらそのやり方だけでうまくいったとは言えないと思います。規制緩和などをやったとしても、その先に成功が生み出されるまで相当時間がかかるんですね。
 それを日本は待っていられるか。いや、世界は待ってくれるか。その焦りというか危機感が一番大きかったです。もちろんインフラも重要ですが、まずは社会実装した成功体験のようなものがたくさん出てくれば、それを受け入れる社会の側が変わっていくのではないかと思ったんです。
 笑い話のようなんですけど、大臣就任当初は科学技術に関しては素人同然なので、理化学研究所へ何十回も行って、「その研究は何の役に立つんですか?」と何度も聞いていました。要するに、研究って皆さんものすごく情熱を燃やしているのに、素人から見て「これ、何の役に立つのかな」っていう疑問を発したくなるようなものばっかりなんですよ。
 でもその基礎研究が集積して実装化されれば大きなものを生み出すと言われている。だったら、素人だからこそ、研究シーズと社会の受け入れニーズをスピード感をもって結びつけることができれば、エコシステムの好循環が動きだすんじゃないかなというふうに思ったんです。
西村 おっしゃるとおりで、理化学研究所が例に挙がりましたが、大学、企業で研究してる方々のアイディアがどうしたら社会に還元できるのかという課題は、今回のシンポジウムでも感じました。
 新たな研究成果や技術開発が社会に還元されるためには、「これはすごいんだよ」って分かりやすく伝えていく必要性があって、そこには「翻訳者(トランスレーター)」の役割が必要ですよね。
鶴保先ほど言ったとおり研究環境の基礎的インフラを変えていこうとしても時間がかかりすぎる。科学技術の世界は、来年変えるっていったって遅いぐらいです。数か月後、いや数週間後には変わってるぐらいのスピード感でないと。ベンチャーやスタートアップは、たくさんの失敗を重ねながらもスピード感をもって事業化にチャレンジしている。そういったチャレンジの体験が積みあがってくることが、この国には必要なのではないかと思ってるんです。

鶴保議員は大臣の就任当初から、ベンチャー、VC、アクセラレーターなど多くのイノベーターに会ってヒアリングをされてきたかと思います。そういった中で、日本のベンチャー、スタートアップのエコシステムの課題はどこにあると考えられていますか。

鶴保最初は、ニーズと科学技術シーズを直線的に結びつければなんとかなるのではないかと思っていたんです。ところが、そうではなかった。いわゆるベンチャーの「エコシステム」を回していく仕組みが重要なんだと気付きました。一方で、エコシステムの概念はとても抽象的で、何を指すのかというところも含めて、世界中でその国独自のエコシステムを模索している段階です。
 このような中で、今の日本に最も必要なことは、起業へのチャレンジは意義のあることなんだ、という雰囲気を醸成することなんだと思います。そして、社会全体で応援をする態勢をつくり上げていくことですよね。これはもちろん国もやらなければいけないんですが、国だけではうまくいかない。企業、大学、自治体、様々なステークホルダーが一緒になって、エコシステムの構築を目指して行く必要がある。だからこそS&Ⅱ協議会は、まずは国で立ち上げますが最終的に自律的なコミュニティがつくられることを目指しているんです。
対談の様子西村真里子さん 西村 ベンチャー、スタートアップの皆さんは、立ち上げ時から成長過程において、様々な苦労があると思います。一方で、そういった不安や苦労を誰に相談していいかわからない、苦労は自分たちで抱えなきゃいけないと思い込んでいる方も多いんではないでしょうか。成功体験も失敗体験も全てが参考になるはずです。ベンチャー、スタートアップの方の経験が、よりオープンになっていかないといけないですよね。みんなの経験をシェアできる場として、エコシステムがうまく作られているなぁと感じるのは「awabar」です。ABBA LABの小笠原治さんがオーナーをされていますが、スタートアップと投資家、企業の新規事業担当者の交流の場として六本木、福岡など多拠点で展開されています。ビール一杯飲みながら、カジュアルなものから真剣な悩みまで話せる場を利用する方々がもっと増えるとイノベーションの加速は進むかもしれませんね。 鶴保アメリカへ行って成功する人、国内でいい出会いをして成功する人もいる。ベンチャーを育てていくのに1つの正しい方法を突き詰めるのではなく、ベンチャーへのチャレンジを受け入れる雰囲気づくりが一番なのではないかと思っています。

日本版イノベーションのエコシステムの可能性

鶴保議員はドイツ、スイス、イスラエル、そしてアメリカと、サイエンスイノベーションの聖地と言われるようなところも視察されましたが、印象に残ったことはありますか。

鶴保それぞれの国ですばらしい取り組みをされており、学ぶところが大きかったです。印象に残っているのは、スイスのチューリッ匕大学ですね。大学が中心となって、エコシステムを作ろうとしていた。学生は自分たちが研究開発の成果をビジネスにすることで、技術を社会に還元する。いわゆる大学発ベンチャーがとても盛んに行われていました。総長から直接1時間半にもわたってお話を聞き、大変な熱意を感じました。
 また、イスラエルは、国全体でベンチャーを育成する雰囲気がありました。その背景には当然ながら防衛意識がありますよね。AI、航空技術、センサーなど国家の安全保障に関連する技術開発で、ベンチャー、スタートアップの果たす役割は相当大きいという印象です。
 科学技術をコアとしたベンチャーの輩出が盛んな国では、ベンチャーを中心とした一定のコミュティができていました。ベンチャーはそのコミュニティの中で情報交換をしながら成長し、メンターとして後世を育てていく仕組みが出来ている。日本でも徐々にこういった動きが出てきているようなんですが、まだまだだなという印象です。S&Ⅱ協議会では、こういったコミュニティ作りを後押ししたと考えています。
対談の様子角南篤さん 西村 そうですね。確かにそういったコミュニティができはじめているなという実感はあります。ですので、コミュニティづくりをしている人たちにもっとスポットが当たってくると日本も随分変ってきそうですよね。あとは「コミュニティ作り」を意識しなくても良いオープンな環境も出来てくるといいですよね。前職がサンフランシスコ/シリコンバレーの会社だったのですが、会社の垣根を超えて仲間が集まるとピクニックの途中でもみんなで新しい技術について語り合い、ガジェットを検証しあうんです。NDAをガチガチに遵守するだけではなく、オープンにみんなで未来を作り上げる、そういう風潮がもっと日本でも増えていくといいですよね。そこは民間もそうですし、S&Ⅱのように役所もオープンであって欲しいです。 鶴保世界中でものすごいスピードで技術革新が進んでいます。役所も世界中のそういった情報をきちんと収集し、キャッチアップするように努力をしていくべきだと思います。

シンポジウムでは、若い研究者が日本のファンディングシステムについて、トップを目の前にストレートに問題意識をぶつけるという場面がありました。日本の研究環境、スタートアップの環境、改善すべきところはまだまだありそうですね。

対談の様子 西村とても印象的な場面でした。鶴保議員もご自身でスタートアップ業界について、新しい知識をどんどんインストールされてた上で、強い意思をもって今回のS&Ⅱ協議会を設立されたんだと思います。日本の研究環境、スタートアップの環境を変えていくにしても、しっかりと課題意識を持った人が発言していくのって大切ですよね。 鶴保私自身が政界に入ったとき、若かったのもありますが、目に見えない風圧を感じながらも、「自分たちの世代が持っている次なる日本への思いを、どうやって紡いでいけばいいのか」ということを常に考えていました。だから大臣になったとき、大臣室でずっと席を温めてるのではなく、現場を見て、その現場の焦りというか危機感のようなものを共有し、発信していくことが必要なんだと思いました。 西村シンポジウムのとき、オープンイノベーションに議論が及びましたが、大企業の果たす役割というか、責任というか、日本のイノベーション環境が抱える本質にいまひとつ深く切り込めなかったんです。あそこでもう一歩踏み込んで、次につなげていくようなひと言を発信したかったですね。 鶴保覚えてますよ。 西村はい。鶴保さんにその後指摘されて。ですから、政界のスタートアップとしてやってこられた鶴保議員や、壇上から物申した研究者のように、私自身も自分の持つ課題意識をしっかり発信していかなければいけないなという気づきを得ました。「まだできてないよね」とか「おかしいよね」ということを言わなければいけないですね。 鶴保「おかしいよね」、「これはなぜ?」、「これはどうして?」、こういう疑問から始まりますよね。科学技術も日本の研究環境も企業の環境も、積み重ねられた見えない仕組みや制度がある。科学技術という変化が速い領域だからこそその中でイノベーションを起こしていくには、当然だと思われている仕組みや制度に対して、「なぜ?」っていわないといけないことも出て来るんだと思います。まさにベンチャー精神だよね。 西村勇気がいることですが、「なぜ」って言わなきゃいけないですよね。 鶴保勇気はいりますよ!もちろん「生意気だ、あいつは」って言われる可能性もあるし、私もずっとそのリスクは感じていてますよ。だからこそ、成功事例を出していくことが必要なんです。

科学技術政策担当大臣を振り返って

科学技術担当大臣としての1年を振り返って、達成感ややり残したことなどを聞かせてください。

対談の様子 鶴保私は科学技術の専門家でも理科系の出身者でもない。ましてや、いままでその分野を担当した政治的経験もないまったくの素人です。何をしたらいいのか模索しながらも、多くの研究者、スタートアップ、アクセラレーターの方々とお会いしていく中で、現場の方々が抱えているジレンマを感じ取る機会が多くありました。
 彼ら彼女たちの声に寄り添うには、役所のフィルターを通じて話を聞くのではなく、現場の方と直接やり取りをしたほうがいいと考えたわけです。果たしてそれがよかったかどうかわかりませんが、私としては、この科学技術政策担当大臣というポストは、現場とつながってる大臣でなくてはならないと考えています。
 それからもうひとつ、内閣府の方には他省庁からの出向の方も多いのですが、出身母体を見ながらではなく、司令塔としてのプライドをもって仕事していただきたい。内閣府の司令塔としての機能をどう改善していくかを含めて、今後も議論はしていきたいなと思っています。

科学技術イノベーション官民投資拡大イニシアティブの具体化に向けた取組みとして「鶴保プラン」も出されましたが、今後の活動はどのように考えていますか。

鶴保これからどの分野で仕事をすることになったとしても、日本の活力を呼び戻そうとしたときに、イノベーションは避けて通れないと思います。この1年間、そのためのエコシステムづくりに携わってきたという自負もあります。
 ですので、今後は、例えば道路などのインフラ整備のためにドローンを使用した新しい修正技術を実用化するとか、医療の分野で新技術の実装であるとか、より出口に近い科学技術に関わっていければと考えています。現場の人たちの話に一個一個寄り添っていきながら。
西村初めて大臣室で鶴保議員とお話をしたときに、そのオープンな環境と、外の世界を見て現場の声を聞きながら課題を発見されるという姿勢にとても刺激を受けたのを覚えています。
 ですから、今後も一緒にお仕事をしていきたいですし、また鶴保議員にもいろんな方に現場を見てもらいたいですね。
鶴保ありがとうございます。まずはS&Ⅱ協議会の運営をしっかりと定着させていくことが大事ですね。 対談の様子左から角南篤さん、西村真里子さん、鶴保庸介さん

参議院議員、前科学技術政策担当大臣 つるようすけ
PROFILE
平成10年7月第18回参議院議員選挙で初当選。参議院議員、当選4回。
内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策、クールジャパン戦略、知的財産戦略、科学技術政策、宇宙政策)、情報通信技術政策担当を務める。
株式会社HEART CATCH 代表取締役、プロデューサー 西にしむら
PROFILE
IBMでエンジニア、Adobe Systemsにてマーケティングマネージャー、デジタルクリエイティブカンパニー(株)バスキュールにてプロデューサー従事後、2014年株式会社HEART CATCH設立。
テクノロジー×デザイン×マーケティングを強みにプロデュース業や編集、ベンチャー向けのメンターを行う。Mistletoe株式会社フェロー、SENSORS.jp編集長。
司会・進行 政策研究大学院大学副学長・教授、SciREXセンター副センター長 なみあつし
PROFILE
Ph.D(政治学/コロンビア大学)。専門は、科学・産業技術政策論、公共政策論。
科学技術と外交。内閣府参与(科学技術・イノベーション政策担当)。