Special Interview 科学者は時代とどう向き合うのか? 野依良治×赤池伸一×石橋晶

日本の科学技術の国際的な地位低下が懸念される中、大学や科学者はどのように時代に向き合っていくのか?
研究開発戦略センター(CRDS)センター長を務める野依良治さんに、科学技術イノベーション政策と高等教育政策を担う気鋭の政策担当者2名がお話をうかがった。

「競争」から「協調」「共創」の時代へ

まず野依先生のこれまでのキャリアを振り返りつつ、いまわが国の科学技術を取り巻く環境がどのように変化しているかについてご意見をお聞かせください。

野依良治さん  今日は、まず一科学者としての立場からの思いを述べさせて下さい。私は第二次世界大戦終戦の年に神戸の小学校に入学しました。焼け野原となった街の光景が幼き日の記憶の原点で、我々の世代の教育は焦土と貧困の中から始まりました。そんな私たちに勇気を与えてくれた出来事のひとつが、1949年の湯川秀樹博士のノーベル物理学賞受賞でした。「国破れて科学あり!」。当時、私のような子どもを含む多くの日本人はそんな強烈なメッセージを、湯川先生から受け取ったように思います。  それから10数年経ち、決して恵まれているとはいえない環境でしたが、私は我流で化学研究に取り組み始め、同僚や学生たちの協力を得て、2001年には自分がノーベル化学賞をいただくことになりました。その道程を思い返すたびに、自分が幸運に恵まれたことに感謝しています。また急速に国際化が進んだ時代であり、私自身も海外の研究者と積極的に交流して、多様な人たちと切磋琢磨しながら、自分の研究を広げていきました。同時に、この流れの中で、日本の科学研究の水準は格段に飛躍し、欧州、米国と並ぶ世界の3極の一つを担うようになった、そんな実感がありました。私たち世代を動かしたのは「貧困からの脱却」への社会の強い意志でした。  しかしこれはもう「過去」の話です。20世紀末をピークに日本の科学技術の国際的な地位が目に見えて低下しつつあり、代わりに中国をはじめ新興国がその存在感を大きくしている中、大きな危機感を抱いています。

なぜ科学技術分野で日本の地位低下を招いたとお考えですか?

赤池伸一さん  端的に言えば、行政と教育・研究現場が互いにもたれ合って、必要な環境の改革を怠ってきたからでしょう。21世紀の「グローバル化」の波はわが国の社会環境全体の刷新を促しましたが、大学は旧態依然でほとんど変わっていないというのが私の実感です。特に頼みとする人材養成が不十分です。一方で、科学技術分野では、人類の存続をかけて取り組むべき重要課題が山積しています。たとえば、CO2排出削減目標(COP21)や持続可能な開発目標(SDGs)といったグローバルな課題に対して、科学者の貢献が期待されています。私たちの時代は世界に追いつけ追い越せと、先進国との「競争」に集中しましたが、もはや新たな課題は一国だけでは解決できません。現在では多様な文化と専門的背景を持つ人々が「協調」しながら新しいものを生み出していく、つまり「独創」だけでなく、「共創」の時代を迎えました。  日本の科学研究も一刻も早く、従来の均一集団型活動から、異文化・異分野の人との共創を目指す態勢へと転換を図るべきです。そして、そのリーダーは新時代の空気を敏感に感じ、受容しているミレニアル世代であることは言うまでもありません。教育・研究機関、そしてその指揮をとる行政機関は、思い切って若手支援へ大きくシフトすべきです。若い研究者が、グローバルな社会的課題を解決するために研究を行いたい、そう思える十分な教育とインセンティブ設計が重要です。研究社会、行政ともに価値観のイノベーションが急務です。

「競争」から「協調」への転換によって科学技術がめざすべきものとは何でしょう?

 まず「人類社会の存続」を第一に考えよ!ということです。私は「想像力を働かせて、まだ生まれていない孫や曾孫と真剣に話し合ってみなさい」と言っています。彼らが求めることをやる、嫌がることは絶対やらない、ということです。全人類にとって最も重要な仕事は、生き物としてDNAを継承すること、そして社会的には文化・文明を次代につないでいくことのはずです。未来世代のために自分に何ができるかを真剣に考えている科学技術関係者が、いまどれだけいるのでしょうか?あまりに近視眼的、自己中心的で、倫理観が欠如しています。これでは、「終わりの始まり」です。

大学・大学院制度の抜本改革を実行しよう

価値観のイノベーションや「共創」を踏まえた、これからのわが国の科学技術における教育・研究の課題はどこにあるとお考えでしょうか?

 科学技術は文明の礎であるにもかかわらず、わが国では中長期のグランドデザインが描けていないことが大きな問題です。日本の科学界は高度な専門性を偏重し、社会への視点や、人間としての普遍的な価値観をおざなりにしてきたのではないか?……私はそんな疑問を抱いています。まずは将来の科学技術研究に関わる骨太の設計が必要です。それを実行し、支えていく世界水準の行政執行能力と大学のマネージメント力、そして研究者個人の活力を育んでいかなければなりません。このまま成り行き任せでは日本の将来は危うい……。しかしこの危機こそが改革のチャンスでもあります。科学技術研究の本質に立ち返って、「延命策」ではなく、ゼロベースからの「抜本改革」を目指してほしい。教育・研究への国費の投入は、未来に向けた「投資」であって、「コスト」に止まってはならないのです。科学は必ず進歩します。ですから、成熟した研究分野への配分を多少減らしてでも、未踏の分野に挑む若者たちの可能性と柔軟な思考に投資すべきです。

教育・研究機関としての大学が制度疲労を来しているということでしょうか?

 ええ、一言でいえば将来を見据えた学術・科学技術研究と、それを担う人材育成の整合性がまったくとれていません。特に大学院における伝統的な研究分野による縦割り教育・研究の弊害は深刻です。最近ではようやく改善され始めたようですが、教授が手がける研究テーマを、准教授、助教、大学院生が下請けして継いでいく……特定研究分野に後継者を囲い込む徒弟制度的な大学院教育の構図では、グローバル化に適応しイノベーションを望む社会の要請に、全く応えられません。未踏の科学技術に夢を抱く若者を不幸にするだけです。近年、ゲノム編集研究や人工知能、量子コンピュータなどの台頭する分野で、日本が遅れをとったのは、この制度欠陥に原因があると考えています。国際的にみると「異形」と言わざるを得ないこうした大学院制度の抜本的改革なくしては、科学技術研究のみならず、国力の国際的地位の凋落は避けがたいでしょう。

 行政官のみなさんには、大学執行部と協力して若い研究者が自由な研究に取り組める世界水準の教育環境への抜本改革に、気概を持って取り組んでいただきたい。それが日本の科学技術を再生させる唯一の方法です。

野依先生は抜本的改革の先に、どのような大学像をイメージされていますか?

石橋晶さん  憲法23条が謳う「学問の自由」に則り、真の「自立」と「自律」を旨とする活力あふれる教育・研究機関です。各国立大学がその先鞭を付けるために必要なのは、学長の自己決定権限です。個々の研究者の「学問の自由」を尊重しながらも、大学としての教育・研究目標を10 ~15年のスパンで内外に提示して、広く一般社会の理解を得られるような、開かれた大学を目指してほしい……。ここで学長は目標に応じた組織編制権、人事権や予算配分権を行使すべきです。そのためには健全な経営基盤が不可欠で、学術責任者=学長と経営責任者=理事長を分けたほうがいいかもしれません。大学はその個性に応じて最適な学長、理事長を国内外から招聘することも考えるべきでしょう。このような発言をすると国内ではまだ抵抗が多いのですが、文部科学省のみなさんはご存じの通り海外では全く珍しいことではありません。さらに国際社会の存在感を増す中国などと比べても、日本の国公立大学の学長に海外学位取得者の割合が低いことを大いに懸念しています。グローバル社会での協調を目指す大学のマネージメントに海外経験と国際的な人脈は不可欠だと思うからです。  先ほど「共創」という言葉を使いましたが、高い目標を掲げる世界トップレベルの研究の多くは、同質の人間を集めた〝グループ〟ではなく、異文化・異分野の人たちを集めた多様性豊かな”チーム”から生まれます。行政のみなさんはよく「All Japan」という言葉を使われますが、はっきりいってその言葉はもう古い(笑)。日本人だけでできることはごく限られる。これからの研究者は世界中に学びに出かけて「異」と出会い、また世界中の才能との共同作業といった「多様性」の中で成長していくものです。大学の中にこのような国際的な「頭脳循環」の流れを創り出すためには、リーダーに豊富な海外経験と幅広い人脈がなければ難しいことは当然です。  大学院生の処遇は早急に改善しなければなりません。「大学院生無くして、科学論文なし」です。彼らが自立して教育・研究に従事できるよう、少なくとも月額20万円の給付金制度を整備していただきたい。加えて、博士号取得者のキャリアも真剣に開拓しなければなりません。そのためには、大学はアカデミアだけではなく、産業界、非営利、政府機関はじめ、様々なセクターにリーダーを供給すべく教育すべきです。また、外国で武者修行してきた「優れた」博士研究員たちが、直ちに独立して研究できる環境も用意しなければなりません。

海外から学長を招聘する国立大学法人はまだありませんが、京都大学などで講座制を廃止するなど、教育・研究環境には世界標準を意識した新しい動きも出てきています。

 まったく不十分です。大切なことなのでもう一度言いますが、大学改革はゼロベースで考え直す、「生まれ変わる」ことが重要で、老体の延命策ではダメなのです。科学技術イノベーション政策や大学改革に関わっていらっしゃる文部科学省の方々は、個人としては見識も高く、極めて優秀な人材が多い。しかし、その知恵が全体のシステムとして政策としてうまく活かされていない。財源不足とともに部局による縦割りの弊害があるかもしれないが、もう20年も続く言い訳は通用しません。科学技術イノベーション政策に限れば、米国やドイツはもちろん、中国にも意志力で負けています。どうか自らの政策の実効性に責任を持って、30歳代の若者たちにバトンを渡せるような世界水準の科学技術行政を実施していただきたい。

SciReX(政策のための科学)は、エビデンスに基づく政策形成を目指して、政策形成のあり方を変革しようとするプログラムです。最後に若手の行政官や研究者に向けたメッセージをいただけますでしょうか?

 私自身もJST・CRDSのセンター長としてエビデンスベースの政策形成の一翼を担っています。ここで言う「エビデンス」とは何か?政策とは未来社会を創り出すためのものです。狭義の「エビデンス」は、あくまでも過去の事象に過ぎません。もちろんビッグデータ解析などによる未来予測は、広義の「エビデンス」として、大きな期待が持てます。しかし、不確実な未来を他に先駆けて見通すためには、さらに「インテリジェンス」も必要です。先見の明ある人材を養成するためにも、異分野や海外など「異との出会い」は欠かせません。

 私自身、長年にわたり文部科学省の科学技術イノベーション政策に関わりながら力及ばず、悔しさと責任を強く感じています。どうか若い世代の行政官の方々には、科学技術の未来を託すために思い切った施策を実行していただきたい。今日は厳しいことも申し上げましたが、志あるみなさんの活躍を大いに期待しています。

インタビューを終えて

縦割りの弊害を指摘されてきた行政も、近年は徐々に変わりつつあります。私たちは科学技術の未来を担う気概ある若き研究者たちがカギを握っていると思います。野依先生の危機感あふれるご提言を活かし、エビデンスとインテリジェンスを踏まえた政策を打ち出していきたいと思います。

赤池伸一

まもなく世界最高水準の教育・研究活動を推進する「指定国立大学法人」制度がスタートし、各大学が10~15年スパンの構想を打ち出していくことになります。今回、野依先生のお話をうかがい、今後も大学や研究者との対話を大切にしながら「自己決定権」をもつ大学としての改革を思い切って前に進めていかなければという決意を新たにしました。

石橋晶

よりりょう 国立研究開発法人
科学技術振興機構 研究開発戦略センター
センター長
PROFILE
1963年京都大学大学院工学研究科工業化学専攻修士課程修了。工学博士。「キラル触媒による不斉反応の研究」が評価され2001年にノーベル化学賞を受賞。
あかいけしんいち インタビュアー 文部科学省 科学技術・学術政策研究所
科学技術予測センターセンター長
いしばしあき インタビュアー 文部科学省 高等教育局 国立大学法人支援課
国立大学戦略室長
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