特別対談 福田 峰之×角南篤 「官民データ活用推進基本法」が変える社会

 エビデンスに基づく政策形成のためには、国・自治体・企業の持つさまざまなデータが必要となる。日々生まれるデータがつながり、効率よく使えるようになるには、みんなが安心できる指針と基本フレームがなければならない。それが2016年12月に成立、施行された「官民データ活用推進基本法」である。この法案の議員立法に携わられた福田峰之衆議院議員にその意義とねらいを伺った。

「官民データ活用推進基本法」のねらいと背景

福田 峰之さん 角南さっそくですが「官民データ活用推進基本法」(以下、基本法)のねらいについてお話しいただけますか。 福田日本は今後、デジタル経済をしっかりと推進していく必要があります。少子高齢化社会において、経済の生産性を高めて伸びてもらうことが重要です。これからのデジタル・エコノミーのなかで、企業の方々には膨大なデータを駆使した新しいビジネスにチャレンジしてもらいたいんです。同時に、政府は効率的に回転する政府にならないと困ります。そのために有用なのがデータです。つまり、経済と政府、両方の効率化の鍵を握るのがデータです。大量に流通する情報を有効に活用することによって双方とも効率化が可能になります。そのための基盤づくりが今回の基本法なのです。 角南これまで各省で、ITの整備に予算をつけて施策を打ってきたと思いますが、今回あえて基本法を出されたのにはどういう背景があるのでしょうか? 福田 各省それぞれがITを使った新しい経済をやろうとしています。各省どころか、省の中でも、各局各課、ばらばらにやっている状況です。しかし将来を見据えると、少なくとも各システムに蓄積されたデータは統合的に使えるものにならないと意味をなしません。
 そこで、今回の基本法によって、国、地方自治体、あるいは民間企業も含めて、相互にデータを利用できるようにルールを定めて、情報が円滑に流通するようにしましょうというのが大きな目的です。
角南 今後、各省は基本法に照らしあわせて法整備をしていくことになるわけですか。 福田 基本法が通ってすぐ、自民党のIT戦略特命委員会で具体的な方針を各省に向けて発信し始めました。今後は予算的にも政策的にも背中を押していくことになります。 角南 基本法の中で、内閣府のIT戦略本部の下に首相を議長とする「官民データ活用推進戦略会議(以下、官民データ会議)」を設けるとなっています。これはどういった役割ですか。 福田 官民データ会議の役割は主に2つあります。まず、データといってもいろいろなデータがありますから、どこから手をつけるのかという優先順位を決めることです。それから、どういうやり方でやっていくかを定める「官民データ活用推進基本計画」を官民データ会議が中心となって作ります。これを内閣総理大臣のリーダーシップの下で進めていきます。

データ活用で期待される行政の効率化とは

角南 先ほど、この基本法のねらいは経済の活性化と行政の効率化であるとおっしゃいました。我々、科学技術イノベーション政策研究センター(SciREXセンター)は政策研究を教え、研究している組織です。ですから、経済も非常に重要かとは思いますが、本日は後者の行政の方にフォーカスを当ててお聞きしたいと思います。そもそもなぜ、行政の効率化にとってデータの活用が重要だと思われたのですか。 福田 私は現在三期目で自民党行政改革本部(以下、行革本部)の副本部長を務めていますが、一期生のときから、納税者の代表である政治家として、いかに税金を有効に使っていくかが自分の一番やるべきことだと思い、継続して取り組んできました。その経験で、いろいろと感じたことがあるのです。
 端的に申しますと、ある政策が効果的かどうか、政策の優先順位の高低はどうか、適切な予算額はどれくらいかといったことを、もっとデータに基づいて考えたいということです。
 というのも、各省の担当課はそれぞれの施策について定量的な数値目標を立て、アウトプット、アウトカムを明確にし、PDCAを回しています。しかし、そもそも目標設定が正しいのかどうか、あるいは本当に政策効果が出てきているのかどうか、また、それによって政策の優先順位が決められているのかどうかということが、行政改革の事業レビューシートを見てもよくわからないのです。
 本当はもっとお金をつければもっといい効果が出るのにつけられていないこともあるでしょう。逆に、どんなにお金をつけても、いい結果など決して出ないものにまでお金がついていることもある。そういうところを整理しないといけないと気づいたわけです。
 そこで、エビデンスに基づいた政策、エビデンス・ベースド・ポリシー・メイキング(EBPM)を行うことを、基本法のなかに入れました。
角南 なるほど。基本法が成立したことで、新たにどんなことができるようになりますか。 福田 別の場所にあるデータを容易に組み合わせて解析できるようになるので、さまざまな計測が可能になると思います。
 たとえば、今まではデータがばらばらでしたから、エビデンスを出したくても出せないという役所もあったんですよ。40人学級と35人学級について、学校の先生は当時、子供ひとりひとりと接する時間が増えるから、基礎学力、基礎体力が増えると言いましたけど、結果はどうだったでしょうか。40人学級と35人学級の全国学力テストのデータの比較だけでなく、その地域の所得階層によって違うかなど、他のデータとクロスをかけないかぎりわかりません。そういうことをしようとしても、データの横串が刺せるようになっていないとできないわけです。こういったことが今後改善されると思います。

行政事業レビューシートと組み合わせ、すべての事業をエビデンス・ベースドに

角南 篤さん 角南 では、具体的に行政のやり方を変えていくプロセスについてはどうお考えですか。 福田 まだ行革本部で決めたわけではないですので、以下は私の思いですが、予算の段階と実際に事業を行っている段階、そして事業終了後という3段階でデータが活用できるようになるといいと思います。
 まず予算段階ですが、ある担当課が施策を立案し予算化するとしたら、データ解析に基づいた予測と整合する政策目標が記されている必要があります。
 具体的には、毎年8月に概算要求が出ると、我々は10、11月の2カ月間で概算要求の中身を行政事業レビューシートでチェックしています。これからのレビューシートにはエビデンスデータの添付を必須のものにすることによって、エビデンスに基づいて施策が計画されているかどうかをここで確認したいと思います。
 次に実際に事業が行われている段階では、狙い通りに数値が上がっているのかどうか、予測がずれていないかどうかが見えてきます。PDCAです。自民党の総務会承認によって、私たち行革本部がPDCAの事業チェックをやることになっていますので、ここでもデータに基づいてPDCAが回っているかを確認したいと思います。
 最後に事業が終了したら、その施策についてつくられたデータは処分するのではなくて、そのまま蓄積していただこうと思っています。具体的には、行政事業レビューシートにデータを載せて管理するのです。
 以上のことはすべて行革本部の範疇でできることです。5,000の事業があったら、5,000事業のEBPMがあって、エビデンスがしっかりと載っているイメージです。
角南 なるほど。この件に関して、行政官に期待することはありますか? 福田 行政官の方々は省内発議しやすくなるはずです。たとえ若い人であっても、「私、こういうふうにしたらいいと思うんですけど、なぜならば・・・」と、データに基づいて発議がしやすくなると思うんです。
 それによって、役所の中の議論が活性化されるのではないかと思いますし、ぜひそうしてもらいたいですね。大変期待しています。

データ活用で政治プロセスを変えられるか

福田 峰之さん 角南 さらにお聞きしますが、行政だけでなく、政治プロセスまでもこの基本法によって変わりますか。つまり、最終的な政策の優先順位を決めるプロセスがエビデンスによって行われるようになるのでしょうか。 福田 今までは、ある政策を支持する議員の人数が多いとか、経験豊富な先輩議員が「こういう方向だ」と言うと、そういう方向に流れていった歴史もあります。
 これからも、それはゼロにはならないと思います。ですが、私たちは今度、データがあれば、「それはなぜですか」と問いやすくなります。議論の幅が広がると思います。
 それでもやはり政治ですから、そのときの大きな流れがあります。データから見て優先順位が真ん中のものがつねに一番になることは限りません。それが政治なんです。それはいいんです。ですが、その政治課題が、効果としては真ん中だけれども、今の世の中の判断としてはここに持ってくるんだ、ということが明確になればいいわけです。
角南 私が日本の政治の姿として期待するのは、国会の役割と立法能力の強化です。そういった観点からもこの基本法の果たす役割に対して期待しています。 福田 そうですね。それから、角南先生のような政策研究の皆さんとの会話も共通化されると思うんですよ。今まではみんな自分の思いを語ってしまって、双方の主張が平行線のまま話が終わるということもありがちだったでしょう。
 今後は、政策研究している人、あるいは企業家も同じ土俵の上で議論ができるようになっていくと思います。その上で、政治的判断はあってしかるべきです。それまでだめだというのは、おかしい。民主主義のなかでは政治的判断がゼロになる必要はないですから、そこは両方とも成り立つのではないかと私は思っています。
角南 エビデンスをベースにした議論は、さらに発展していきそうですね。 福田 税金がいかに使われているかというのは、今も行政事業レビューシートが公開されていますので、国民の皆さんの誰もが見られるんですよ。ただ、いまは行政事業レビューシートを見て、目標設定が正しいとか、いいとか、悪いとか、そういう判断はできません。それをわかりやすくするためには、ちゃんとデータを活用する必要があります。
 ですから、今度は、それを見た人が、「なるほど、目標設定はこういうデータに基づいてやっているんだ」となるはずです。まずはこれで一歩前進です。わかりやすくするというのが次の一歩になります。
角南 国民の政治や政策に対する議論に対しての貢献も期待されていますか。 福田 ええ、もちろんです。国民の皆さんも、ひらめきやアイデアを思いついたら、今度はそのひらめきが正しいかどうかをデータで確認して提案してもらえると、すごくありがたいです。ゼミの学生やシンクタンク、その他いろいろな人たちに、こういうデータをもとに私たち行革本部に提案してもらう、なんていうのはすごくありがたいです。 角南 よくわかりました。ありがとうございました。 2016年12月/取材:瀧澤美奈子(日本科学技術ジャーナリスト会議理事)

ふくみねゆき 衆議院議員、前内閣府大臣補佐官
自由民主党 知的財産戦略調査会 常任幹事 兼 コンテンツ小委員会 事務局長
PROFILE
神奈川県第8選挙区(横浜市緑区・青葉区)衆議院議員。
2015年3月にマイナンバー制度担当の内閣府大臣補佐官に就任。
自民党IT戦略特命委員会事務局長としてサイバーセキュリティ基本法の制定をはじめ官民データ活用推進基本法の成立に尽力。
なみあつし 政策研究大学院大学副学長・教授
PROFILE
専門は、科学・産業技術政策論、公共政策論、科学技術と外交。コロンビア大学で政治学博士号(Ph.D.)取得。
2015年11月、内閣府参与(科学技術・イノベーション政策担当)に就任。
2016年4月より現職。