データの読み方講座02 -人材編 “人材” データの本質に迫るには

富澤 宏之さん
とみざわひろゆき 文部科学省科学技術・学術政策研究所第2研究グループ総括主任研究官
PROFILE
専門分野は科学技術政策研究、科学技術指標の開発、科学計量学。
日本科学技術情報センターを経て1989年より科学技術政策研究所に勤務、2015年より現職。この間、経済協力開発機構(OECD)科学技術産業局主席行政官(2007~2010年)。

 本講座では、科学技術イノベーション政策を考える基礎として、重要テーマごとに、どのようなデータがあるか、そのデータから何が言えるのか、どのような限界があるかについて、専門家が解説する。第2回は、日本の「人材」データを取り上げる。

“研究者”と“科学技術人材”とは?

 科学技術統計において、“研究者”と“科学技術人材”とは全く異なる概念である、という話から始めたい。もちろん、研究は科学技術活動の一部であるので、“研究者”は全て“科学技術人材”に含まれるであろう。しかし、それでは、両者の差分(“研究者”以外の“科学技術人材”)は、どのような人たちを指すのだろうか。また、そもそも、統計において“研究者”と“科学技術人材”とは、どのような人たちを指しているのであろうか。

 このような問いから「データの読み方講座-人材編」を始めたのは、科学技術イノベーション政策に関する議論において、対象範囲が曖昧なまま“人材”のデータが用いられている場合も多いと感じるためである。特に“研究者”と“科学技術人材”の関係に関する混乱はしばしば見受けられる。こういった点を明確にすることが、人材に関する“データの読み方”の最も基本であると筆者は考えている。

基本的なデータとその対象範囲

 “研究者”のデータの対象範囲を考えてみよう。総務省統計局の「科学技術研究調査報告」によると、日本の“研究者”の総数(実数)は、2015年3月31日現在で約92万6700人である。その内訳と対象範囲を表1に簡単に示した。“研究者”に大学の教員が含まれることは、一般的な“研究者”のイメージとかけ離れていないであろう。しかし、例えば、企業の研究所ではない部署で新製品の開発に従事する人が原則的にこの数に含まれることは、必ずしも広く認識されていない。“研究者”の詳しい定義は省略するが、研究開発統計の国際的な基準等を示しているフラスカティ・マニュアルでは、研究論文を発表するような人たちだけでなく、“研究開発(Research and experimental development)”を実施する人(ただし、技能者や支援スタッフは除く)が“研究者(Researchers)”とされている。
 次に、“科学技術人材”について見てみよう。しかし、実は、その総数を示すデータは、日本には存在しないのである。“科学技術人材”という概念やデータが必要とされていないわけではないだろう。“科学技術人材”という語は、科学技術イノベーション政策の議論においてしばしば登場するのであるから。そして、世界的には、科学技術イノベーション政策における人材の議論は、“科学技術人材”に該当する対象をテーマとしている事が多いのである。

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表1 「研究者」の総数と内訳及びそれぞれの対象範囲
組織 人数(実数) 対象範囲
総数 926,671 大学(短期大学を除く)の課程を修了した者、又はこれと同等以上の専門知識を有する者で、特定のテーマを持って研究している者。研究とは、事物・機能・現象等について新しい知識を得るために、又は既存の知識の新しい活用の道を開くために行われる創造的な努力及び探求をいう。
企業 560,466 研究を兼務する者、社外(外部)からの出向者を含む。研究業務には「製品及び生産・製造工程等に関する開発や技術的改善を図るために行われる活動」も含む。
非営利団体 10,567 同上
公的機関 34,067 同上
大学等 321,571 教員、大学院博士課程の在籍者、医局員、その他の研究員の合計。兼務者(学外からの研究者)を含む。

出典:総務省統計局「科学技術研究調査報告(2015)」

“科学技術人材”の概念と欧米におけるデータの整備状況

 それでは、世界的に用いられている“科学技術人材”の概念は、どのようなものであろうか。OECDの科学技術関係の統計に関するマニュアル類の一つであるキャンベラ・マニュアルは、“Human Resources devoted to Science and Technology(HRST)”という概念を体系的に示している。これを単純に日本語に訳すと「科学技術人材」となるが、この日本語から想像されるより、はるかに広い概念である。具体的には、科学技術分野の高等教育の課程を修了した人は全てHRSTに含まれる。また、それに加えて、そのような教育資格を必要とする科学技術関係の職に就いている人が含まれる。後者には、例えば、大学の文学部を卒業してシステム・エンジニアの職に就いている人が含まれることになる。
 欧州では、キャンベラ・マニュアルに準拠したデータの整備が進められており、また、米国においては、キャンベラ・マニュアルに直接的に準拠しているわけではないものの、高等教育機関で科学技術の教育を受けた人材や科学技術に関する職に就いている人の大規模な統計が作成されている。この米国の人材統計は、本質的に、キャンベラ・マニュアルに示された科学技術人材と同様の概念に基づいていると言える。

データが存在しないことによる問題点

 日本で“科学技術人材”についてのデータが整備されていないことに関して、特に懸念すべきことは、本来は議論すべき重要な問題が、データが無いがために取り上げられていない可能性である。また、“科学技術人材”は、様々な政策領域に関係しているはずだが、無自覚的に対象を“研究者”に絞ってしまうことにより、政策上の議論が研究開発政策の枠に留まってしまう恐れもある。このことは、政策の部分最適化の問題を引き起こしているのではないかという懸念につながる。
 イノベーションや知識社会を担う人材として、どのような人材が必要であるのかという問い自体が重要な政策課題であり、今後、必要な人材像を議論する上で、“科学技術人材” や“高度専門人材”といった広い概念に基づいて考えていくことが重要であるが、データの整備は、それと一体として取り組まれるべきことではないだろうか。

本質に迫るための“データの読み方”

 “データの読み方”に話を戻そう。あるデータが示された時、それをよく理解するためには、そのデータがどのようにして作成されたのかを知ることが重要である。そのためには、統計調査の調査票を見ることや、調査対象が何であるかを確認すること、といったことが重要である。このことは全てのデータについて言えるかもしれないが、とりわけ“人材”に関するデータの場合、これによってデータの背後にある“人材像”を適切に把握できるかどうかが左右されるのである。
 もうひとつ挙げておきたいのは、あるデータを、他のデータと関連付けて考えることである。例えば、ポスドクについてのデータが示された際には、大学院博士課程の在籍者数や毎年の修了者数と比較し、あるいはポスドクを雇用する側である大学や公的研究機関の研究者の数を参照することが役に立つ。そうすることにより、単純な総数であっても、その数値は活き活きとした情報となるのである。そのためにも、先ほどまで述べてきたような大きな枠組みのもとで“人材”のデータを捉えることが重要である。

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