子どもの貧困対策のための自治体調査オープンデータ化手法の研究

あや 研究代表者 首都大学東京人文社会学部 教授

時代や社会によって変わる「貧困」

 「貧困」というと、食べるものや住むところがないことだと思うかもしれません。しかし、阿部さんは、「そのような肉体的なサバイバルが困難な状態は、『絶対的貧困』とよびます。どこの国でも、どの時代でも変わらないからです。これに対し『相対的貧困』は、時代や社会によって変わります。現代の日本では、子どもなら、学校に行き、友だちと遊び、休みの日には博物館に行ったりしますね。大人なら、仕事や選挙など様々な形で社会に参加します。経済的な理由でこのような普通の生活ができないのが相対的貧困です。日本では、第二次世界大戦後の絶対的貧困が解消された後、貧困はほとんど問題視されなくなりましたが、相対的貧困は1980年代からじわじわと広がっています」と説明します。
では、ある人が相対的貧困なのかどうかは、何によって判断すればいいのでしょう? 実は、国は、1965年を最後に、民主党政権時代の2009年まで貧困率(貧困にある人の割合)の測定を行ってきませんでした。2009年以降は、所得データを基にした相対的貧困率が算出され公表されています。この指標は国際的にも最も一般的な方法なのですが、貧困の測定の専門家である阿部さんは、相対的貧困の指標は所得だけでは不十分だと考え、「剥奪指標」の開発に取り組んできました。例えば、「子どもの年齢にあった本が買えない」といった「剥奪状態」を貧困の指標として、どのような人々の相対的貧困率が高いかを解析し、さらには、貧困層では子どもの健康状態、学力、体力などにどのような影響が現れているかを明らかにしてきたのです。

自治体の社会調査のデータは宝の山

 子どもの貧困が社会問題化する中、2013年に「子どもの貧困対策法」が制定され、2014年に施行されました。この法律では、自治体が子どもの貧困の実態を調査し、貧困対策の計画をつくることが努力目標とされ、沖縄県を皮切りに自治体が次第に調査に取り組むようになりました。阿部さんは2015年に首都大学東京に赴任し、「子ども・若者貧困研究センター」を立ち上げていましたが、2016年、センターは東京都の委託を受け都内の4自治体にて小学5年生、中学2年生、16-17歳を対象とした調査を行いました。
この調査は、子どもへの質問を書いた「子ども票」と、保護者への質問を書いた「保護者票」を用意し、ペアで回収するという方法をとっています。「子どもの調査は、学校の教室で行うのが普通ですが、それだと、例えば、親が正規雇用か非正規雇用かといった家の状況はわかりません。そこで、子どもには自分の成績の評価、自己肯定感、健康状態などを尋ね、保護者には、世帯の構成や雇用形態、所得などの状況を尋ねました。これにより、世帯の状況が子どもにどのような影響を与えているのかを明らかにすることができます」。また、先述の剥奪指標を用いて貧困の子どもの割合を的確に測定し、彼らがどのような状況に置かれているかを明らかにしました。この調査結果は、子どもの貧困対策を自治体が行う際にその根拠となる貴重なエビデンスとなっています。それゆえ、東京都以降に調査を行った自治体の多くは、東京都の調査を見本とするようになっています。このような解析は、研究者だからこそできるものです。
「自治体は様々な社会調査を行いますが、その結果を分析するプロがいるわけではありません。結局、コンサルタント会社に分析を依頼し、単純な集計結果を得るだけです。調査結果は宝の山で、分析すれば、自治体の政策立案の役に立つ知見もたくさん出てくるのに、これはとてももったいないことです」。この問題意識が、阿部さんが今回のプロジェクトを計画した理由です。
「このプロジェクトの目的は2つあります。1つは、多くの自治体の貧困調査の結果を合体してデータベース化し、それを分析して、エビデンスに基づく貧困対策の提言を行うことです。そして、もう1つは、自治体がもつ調査結果をオープンデータ化するしくみをつくり、貴重なデータを使いやすくすることです」。国が行う統計調査のデータは、統計法に基づき、政策研究などの公的な目的であれば、利用することができます。しかし、自治体の調査結果にはこの法律は適用されず、データ開示の際の条例もないところがほとんどです。「自治体には、データの取り扱いの専門家がいない場合が多く、個人情報の含まれているデータの取り扱いにはナーバスです。匿名化の方法もわからないので、開示しないということになりがちなのです」

貧困調査をオープンデータ化の先駆けに

 データベースの合体は2期に分けて行います。第一期については、まず、都道府県レベルを考えており、東京都、長野県、広島県、高知県と協定を結びました。4自治体の合計で、1学年あたり2万組の子ども・保護者ペアのデータの提供を受けており、それらの合体を進めています。「複数の自治体のデータを比較することで、1つの自治体のデータだけからはわからないことが見えてきます。例えば、東京都では中学生が医療費の助成対象になりますが、そうでない自治体もあります。両者を比べることで、医療費助成が貧困中学生の健康にどういう便益をもたらしているかがわかってきます」。
プロジェクトでは、こうしたエビデンスをもとに、各自治体の担当者とともに子どもの貧困対策を検討し、政策提言を行います。政策提言にあたっては、プロジェクトに参加している家計・就労、医療・保健、教育の専門家が、それぞれの視点からデータの解析を行い、しっかりしたエビデンスを得ることにしています。

プロジェクト全容図

 現在は、第二期の自治体と協定を結ぶべく、交渉を重ねているところです。提供を受けたデータを効率的に分析し、現場の政策立案に役立つものにするため、多くの研究者の参画を求めています。また、その成果を、データを提供していただいた自治体にきちんと伝えることが必須であり、阿部さんたちも説明を尽くす努力をしています。
「このプロジェクトでは、エビデンスに基づく政策提言を自治体にお返しすることで、自治体の皆さんにデータの分析の意義を実感していただき、オープンデータ化への流れをつくりたいのです。もちろん、データの取り扱いについて、私たちのもっているノウハウは自治体にお教えします」。2019年3月時点で、貧困調査を行った自治体は都道府県単位で20にのぼりますが、阿部さんの夢はそのすべてのデータを合体してナショナルデータベースとすることです。
さらに、「貧困調査以外の社会調査の結果も同様にデータベース化されれば、多くの分野の研究者がそれを利用して研究し、政策提言を行うことができるでしょう」と阿部さんは熱く語ります。このプロジェクトの期間は3年間ですが、それに込められた意味はとても大きいのです。このプロジェクトが、社会調査のオープンデータ化の大きな流れにつながるのか、注目されます。

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