オープンサイエンス・リレーエッセー ファンディング エージェンシー(FA)からみるオープンサイエンス
~インフラの整備から、未来像をもった具体的で現実的な議論へ~

小賀坂 康志さん
がさやす 国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)知識基盤情報部長
PROFILE
2008年まで名古屋大学助教としてX線天文学研究に従事。
JSTに入職後、科学技術振興調整費、A-STEP、再生医療、CREST、さきがけ等のファンディング事業を経て、2015年10月より現職で情報事業を担当。

1 サイエンスのあり方を根底から変える可能性

 最近、職場で「オープンサイエンス」を説明する機会が増えました。「オープンサイエンスは科学研究開発のあり方の一つだが、行政の場で実際に議論されているのはオープンアクセスとデータシェアリングのことだ」と説明するようにしています。実際、データシェアリングはいわば共有のためのインフラ論・ポリシー論ですし、オープンアクセスはジャーナル問題も混在し、論点が必ずしも明確ではありません。私はこれを「狭義のオープンサイエンス」と呼んでいます。しかし狭義ではあっても、ファンディング エージェンシー(以下FA)にとって、オープンサイエンスは10年に一度の一大事と言えます。前回のこのエッセイに林さんが書かれていたように、これはサイエンスのあり方をがらりと変える可能性を秘めています。

2 オープンサイエンスの潮流と可能性

 我々がオープンサイエンスについて考えるときに論点となるのは、例えば研究データはどこまでオープンにするのかということです。具体的には公開・共有の範囲(どこまでの内容をどの範囲の者に公開するのか)と、公開の時期(データの発生後いつから公開するか)です。いろいろな考え方がありますが、「研究成果は誰のものか」を軸に考えると理解しやすいと思います。つまり、「誤った公開の仕方は所有者の権利を侵害する」から「正しくしなければならない」というわけです。
 データは研究者の所有物であると考えた場合、権利の侵害とは、研究成果を他者に奪われるということです。つまり、後発の研究者が公開されたデータを使って研究し、データを創出した研究者に先んじて研究結果を発表する、すなわち「横取り」です。なぜこれが問題かと言うと、データの取得には知恵も時間も経費も必要なので、それを用いて成果を創出する優先権は元の研究者にあるはずだ、と考えられるからです。
 論文ではこういうことは起こりません。公表すれば成果は著者のものであり、後発の研究者が似たような研究で新規性を主張すれば批判されます。先行研究は論文が引用されることで敬意が払われます。つまり「お作法」ができているのです。単純な比較はできないかも知れませんが、データについてもこうした「お作法」が確立されることが望まれます。
 次に、「公的研究資金を投じた研究の成果は公共の資産である」とする考え方もあります。この場合、成果の所有者は国であると考えます。すると、日本が他国に対して不利な立場に立たされるような公開はよろしくないとの考えから、公開を制限することになります。特に研究データは、現時点ではどのような価値創造につながるか未知であり、取扱は注意を要します。

3 考えるべき研究者へのインセンティブ

 以上、例としてデータシェアリングについて議論を展開しましたが、この他にも解決すべき課題があります。研究者へのインセンティブ問題、つまり研究者の受容性を高めることは大きな課題です。なぜならオープンサイエンスを推進する当事者は研究者だからです。このことを考えるときに私は、ある研究者の意見を思い出します。「人は大義では動かない。その人のビジネス(日々の仕事)のフローに落とし込んでこそ受容される。仕事をする中で自然と成されていくような仕組みでなければならない」。私は常に、この言葉に引き戻されます。

4 行政における取組みと、SciREXへの貢献

 さて、オープンサイエンスの議論は、ますます世界的に高まりを見せています。最近では、本年5月のG7つくば・茨城科学技術大臣会合のコミュニケにて「オープンサイエンス」が取り上げられ、その推進が謳われると共に、会合では、そのための国際WGの設置も合意されたとのことです。
 科学技術振興機構(JST)においても取組みを始めています。遡って2013年には、FAとしては他にさきがけてオープンアクセス方針を策定しました。2015年には、様々な研究分野の研究者を招いてデータシェアリングについての勉強会を開催しました。さらに本年3月には研究データ共有に関する国際会議RDA(Research Data Alliance)の総会を東京に誘致し、アジアで初めて開催しました。
 データシェアリングについてはさらに、JSTが運営するファンディング事業において、データ管理計画(DMP)策定やデータ登録などの導入を検討しています。日頃研究者に相対している立場としては、研究者の受容性を高めることを第一に考えています。前述したように、研究者が不利益を被るような公開の仕方は許容できません。研究分野による違いも大きいはずです。研究者と対話・試行しつつ、検討を進めているところです。
 また、オープンサイエンスの重要なコンセプトの一つに、情報の流通促進・自由化、すなわち既存の枠組みからの解放があると思います。研究成果情報が「解放」されることで、新たな利用の可能性が拓かれます。SciREXとの関連で言えば、これまではいわゆる「科学技術情報」を用いた分析が主であったところ、ここに研究成果そのもの(論文やデータ)が加わることで、さらに深く広範な分析が可能になるのではないでしょうか。これに関してもJSTでは、様々な科学技術情報に研究データ・研究論文を加え、それぞれが相互に関連付けされた形で提供することを計画しています(オープンサイエンスプラットフォーム構想)。

5 未来に向けて、オープンサイエンスを推進するために

 冒頭で述べたように、現在議論されているのは、いわゆるインフラ整備に属する取組みです。しかし状況は世界的にも同様ではないでしょうか。つまり、世界中の誰も、「オープンサイエンス」でどのような未来が拓かれるか確固たるイメージを持てないまま、しかし時代の潮流に乗り遅れることを恐れて、「何かできること」をしているに過ぎないのではないでしょうか。
 今はそのような議論で良いかも知れませんが、そろそろ我々はこのような状態から脱し、どのように「オープンサイエンス」を行うのか、正面から議論すべきかも知れません。なぜ巨大科学ではオープンな研究参画が常識になったのか?個人研究の分野ではオープンサイエンスは困難なのか? オープンなサイエンスはどのようなメリットがあるのか? 概念論や教条主義的な議論ではなく、具体的かつ現実的にどうなのか?
 私たちはこうした疑問に答えて行く必要があると思います。