社会の大きな構造変化の中で、基礎研究や人材育成といった将来の科学技術イノベーションの基盤づくりをどのように進めていくべきか。文部科学省関係者、大学関係者を迎え、今後、政府や大学が取り組むべき課題について語ってもらった。
つねに新しい学問が生み出される大学に
小山田第5期科学技術基本計画の中に「大変革時代」という言葉があるように、科学技術イノベーションを取り巻く環境は大きく変化しています。まずは上田さん、文部科学省の行政官として中長期の課題について、どうお考えですか。
上田科学技術行政を大まかに言うと、システム改革と研究企画の2つがあると思います。いろいろな施策がありますが、システム改革としていま進行中の大学改革は、長期の科学技術政策を見通したときにも非常に重要な改革だと思っています。
小山田では、まずはその大学改革について話を進めましょう。今後の大学の姿として、どのような点が重要であるとお考えですか?
上田世界を見渡すと、欧米が引き続き存在感を示す一方、新興国の成長は著しい状況です。日本の科学は、そのなかでも輝き続ける存在でなくてはいけないと思います。
もちろん、私たちはそのために必要なリソースや制度を整える必要がありますが、財政健全化や増大する社会保障、少子高齢社会を考えると、国の財政には明らかに制約があります。その中で、科学が輝き続ける存在であるための方途を見出さねばなりません。
上田 光幸さん
鳥谷大学に籍を置く立場から申し上げると、それには、大学で新しい分野や新しい学問が生まれ続ける必要があります。
たとえば、アメリカのある大学では、新しく人を採用するということは、そこに新しい研究分野をつくることだと捉えています。それが学部にとって大事なことだと考えるからです。日本の大学でも、外部からおもしろい研究をやっている若手を積極的に採っている部局はすごく活気づいています。
でも、まだ日本の大学では既存の研究室や講座の後継ぎを採る部局も多いですよね。
上田そうですね。そういう意味でも、世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の拠点は、いい先行例だと思います。当然ながら研究者間できちんと議論が行われることが前提ですけれど、研究組織長に裁量を与えているため、たとえば新しい助教や准教授を採用するときに、部局長が、こういう学問を取り入れるべきだ、とリーダーシップを発揮していると思います。
鳥谷テニュアトラックのポストにしても、決まった定数を各学科に割り振るのでは、大学の強化すべきところを伸ばすことできません。また、どこを強化すべきかは学長レベルでの判断ですが、学科レベルに落ちていったらその学科長が裁量を発揮すべきです。
赤池そのためにさらに必要な考えをさかのぼると、そもそも研究科や大学の戦略がきちんと練られていることが大事ですね。
たとえば、外部資金に関して思うんですが、外部資金は大学にとって麻薬のようなものです。自分たちをどう改革をするかというビジョンを一緒に持ってないと、突然なくなるかも知れない外部資金に頼ったマネジメントになる危険があるからです。そうならないためにも、本体組織の戦略がとても大事なんです。
鳥谷ある先生は、外部資金を取ってきたら取ってきただけ、いろいろな雑務が増え、かといって学内で優遇されるわけでもなく、「頑張れば頑張るほど罰ゲームが増える感じだ」とおっしゃっています。もっときちんと評価をして処遇に反映させ、競争的にしていくべきだと思います。
大学とイノベーション生態系
小山田 和仁さん
小山田さらに大学について議論を進めたいと思います。社会の急速な変化のなかで、大学には新たな役割が強く求められるようになってきていますね。
赤池今後のグローバルなビジネスの中で、イノベーションは不可避だと思います。だからこそ、大学の役割が大きいのです。
たとえば、私がヨーロッパにいたときに、大学は社会のバッファーの役目を果たしていました。景気が悪かったり、経済産業構造が変化したりしているときに、大学が一旦その人たちを受け入れるんです。新しい知識を身につけて、社会に出る準備をさせてくれる大学です。まずはそういう機能を期待したいですね。
鳥谷その点、日本では研究者になってしまうと、ほかに行く道がありません。教授になれるのはピラミッドの頂点にいる一握りの人たちだけですから、別の道に行っても成功できるモデルをどうつくるかがポイントです。やはり私は、日本全体のことを考えても、自分で事業を起こして成功する人たちがたくさん出てくるといいと思います。
上田まったく同感です。心強いことに、最近の若者は以前の若者と違って、ベンチャーに対して抵抗感がないですね。私は2000年のITバブルを経て、日本のIT業界にはイノベーションと
ベンチャーの生態系が存在するようになったと見ています。小さなベンチャーが大きなベンチャーに買収され、起業家が資金を得て、また別の起業家に投資がなされるという好循環が見られます。
今はIT業界が中心かもしれませんが、今後は、もっと資本が必要で先端科学をベースにした分野にイノベーション生態系が少しずつ上方拡大していくと見ています。そうなるよう政策側も後押しすべきと考えます。
小山田実際、大学発ベンチャーは現在どれくらいの規模なのでしょうか。
上田日本の大学発ベンチャーは現在、30数社が株式公開をしていて、その時価総額は、1兆円を超えています。昔はあり得なかった1兆円の富が大学発でつくられていることは、心の糧にすべき事実だと思います。
イノベーションに不可欠な中間人材の活躍
小山田そういう意味でも、大学の役割として、幅広く優秀な人材を生み出すことが期待されますね。
上田ええ。私はよく「中間人材」と言うんですけれど、研究者と社会との接点に立つ方々、第5期科学技術基本計画でいう「知的プロフェッショナル」の活躍が、今後ますます大事になると思います。
代表的な中間人材が技術系のベンチャーキャピタリストやプログラムマネージャー(PM)です。日本でも昔からベンチャーキャピタル業界はありますけど、最近は少しずつ産学連携案件を取り扱うようになっています。そして、私の知る限りでも、技術系のベンチャーキャピタリストで成功されている方が複数いらっしゃいます。
もっと事例が積み重なって広がると良いとは思いますが、実際、その方々はとてもいきいきと仕事をされていますよ。研究者と非常に濃密な科学的ディスカッションをし、目の前で価値が創出され、社会に届くのもわかる。かなり能力やセンスが問われる職業です。
鳥谷若い人が科学技術に精通すると同時に、ビジネスモデルづくりを早いうちに訓練できる機会をつくることも大事かもしれませんね。
上田ええ。優秀な方々が、中間人材として活躍できるような風土をつくっていけたらいいと思っています。ちなみに、文科省から始まった大学発新産業創出プログラム(START)やグローバルアントレプレナー育成促進事業(EDGE)では、大学の研究力を社会的な価値に変えるために、彼らの能力を存分に活かしてもらっています。
研究企画に必要なオープンな議論
小山田さて、ここまで議論した大学改革などのシステム改革は、いわばイノベーション創出のための土壌づくりを意図したものでした。一方で、国が責任をもって長期的に進める研究開発として、とくにどの分野に重点的に取り組むか、すなわち将来に向けての研究企画も重要な課題だと思います。そこで、最後に研究企画について伺いたいと思います。
上田国に多様な科学が存在することが基礎力になりますが、一方で、国民への還元や2020年以降の日本の競争力を考えて重点投資するという議論もしていかねばなりません。適切なものを選ぶためには、ふだんからよくウォッチしていて、足元で科学が大きく進展する可能性を見出したらすぐに取り上げるようなことが非常に重要です。
今ですと、たとえば量子技術分野では、超伝導技術やレーザー技術の進展によって、量子状態を高度に制御できるようになってきています。実際に、カナダのベンチャーは量子コンピュータの一歩手前のようなものを販売しています。量子技術は一例ですが、有望分野を注意深く見ていかねばなりません。
小山田赤池さんの科学技術予測センターも研究企画に向けた情報収集・分析が主要ミッションですね。
赤池 伸一さん
赤池そうです。うちの一番のミッションは、次の研究、企画に結びつくようなものを見つけるということです。ホライゾン・スキャニングといって、いち早く水平線の向こうに見える帆を見つけるイメージです。従来の手法とも組み合わせて情報の収集と解析を行っています。ただ、これがなかなか一筋縄ではいかないのです。
たとえば、AIやロボットについて、政府の措置が遅れたのではないのかということを省の内外から指摘されるのですが、ロボットなんていうのは、学問的に見たら去年だろうが一昨年だろうが、べつに初めて聞く話ではないわけですよね。
結局、事後的には大きなうねりだとわかるんですが、事前にはわかりにくいですので、データの収集とともに専門家の意見を聞き、科学技術と社会の両方の動きの間でフィードバックをかけながら見ていく必要があると思います。
小山田海外を見ていると、どこに重点投資するかという議論に研究者も政治家も行政官も入ってくるので、議論のテーブルが厚いと思います。日本では研究者と行政官によるそういう議論はまだ少ないのが現状です。SciREXセンターではそのような議論の場を作る活動もしていきたいと思っています。
赤池科学技術が自己目的的に大事だからやるのではなく、社会のなかの存在価値が問われる時代に大きく変わりましたね。
知の基盤をつくることが、経済的価値、文化的価値や安全保障、環境保全など、さまざまな社会的価値を生み出すことにつながることを、これまで以上に意識することが大事だと思います。
小山田日本から知識や技術をとったら、いったい何が残るのかという話ですね。
鳥谷 真佐子さん
鳥谷私は、イノベーションには、既存の性能や機能を向上させていくタイプと、クリエイティビティを発揮して新市場を見つけるタイプの二種類があると思います。いまはどちらかというと前者が重視されていますが、後者の発想もこれからの日本には大事だと思います。
どちらにせよ、行政でも大学でも、失敗を恐れずにイノベーティブなものをつくっていく土壌がどんどんできたらいいと思います。
上田加えて、年齢によらず、挑戦する人たちを応援するような社会風土が望ましいですね。わくわくするような科学や、新しい技術を、「あれ、いいね」って言えるような社会風土は、それを育むと思うんです。しかもそれは、研究者、行政官、中間人材、みんなでつくっていくべき文化だと思います。
小山田本日は盛りだくさんのお話を伺うことができました。本当にありがとうございました。
2016年7月/取材:瀧澤美奈子(日本科学技術ジャーナリスト会議理事)
- PROFILE
- 1992年科学技術庁入庁、文科省、在スウェーデン日本国大使館、内閣府等に勤務。科学技術イノベーション政策の経済社会効果、ノーベル賞の研究等に関心がある。学術博士。
- PROFILE
- 医学博士。研究力分析、外部資金申請支援、研究プロジェクトマネージメントなど大学の競争力強化のために幅広く活動。
- PROFILE
- 1997年入省以来、原子力政策、宇宙開発、産学連携・技術移転、基礎研究等を担当。
第3期科学技術基本計画策定では企画立案から閣議決定までを経験。2015年7月より現職。
- PROFILE
- 専門は、科学技術政策。科学技術政策に関する若手ネットワーク「サイエンス・トークス」の委員を務める。