SciREX columu 2016年に試される日本の科学技術外交

 三重県の伊勢志摩で5月26日からG7主要国首脳会議(サミット)が開催された。1975年にサミットが始まって以来、6回目の議長国を務める日本にとって、今回のサミットは、「科学技術外交」を通じて積極的平和主義を世界にアピールする重要な場となった。また、G7サミットに先立ち5月15 ~ 17日に開催された、「茨城・つくば科学技術大臣会合」では、海洋観測における国際協力や、高齢化社会の課題解決につながる医療介護ロボットなど日本の強みが紹介され、我が国の科学技術外交に注目が集まった。今年は、サミットに続いて、第6回アフリカ開発会議(TICAD Ⅵ )や北極に関する科学技術大臣会合など日本の科学技術にとって重要な国際舞台が目白押しである。

 我が国において、科学技術と外交を結びつける「科学技術外交」は、サミットにおいて科学技術大臣会合を設けることを提唱したことから始まる。2008年の洞爺湖サミットでは、初めて科学技術大臣会合が開催され、また同年、総合科学技術会議は、科学技術外交の展開の重要性について提言を出している。その後、昨年9月には岸田文雄外務大臣の下に科学技術顧問が設置され、初代顧問には、岸輝雄東京大学名誉教授が就任した。さらに、科学技術顧問を支えるため、17人の有識者で構成された科学技術外交推進会議も発足し、G7サミットや TICAD などに向けて、日本の科学技術の強みをどのような分野で打ち出せるかといった、具体的な戦略について議論を重ねている。

 つくばで開催された科学技術大臣会合では、冒頭、「第5期科学技術基本計画」で掲げている Society 5.0 について解説があり、4つの個別課題と2つの分野横断的課題が話し合われた。個別課題、分野横断的課題は以下のとおりである。

G7科学技術大臣会合のアジェンダ

個別課題

  1. ① グローバル・ヘルス
  2. ② 女性の活躍と次世代を担う人材の育成
  3. ③ 海洋の未来
  4. ④ クリーン・エネルギー

分野横断的課題

  1. ① インクルーシブ・イノベーション
  2. ② オープン・サイエンス

 個別課題のうち「海洋の未来」などは、前回のドイツ会合からのフォローアップも兼ねているが、すべてのテーマにおいて日本の強みと優位性を念頭に、ホスト国としてリーダーシップを発揮できるようアジェンダ設定からディスカッションの運びまで準備を進めてきた。当日は、「グローバル・ヘルス」のセッションで、山海嘉之氏(サイバーダイン株式会社創業者兼CEO)が、医療ロボット開発を例に基調講演を行った。また「海洋の未来」のセッションでは、白山義久氏(海洋研究開発機構(JAMSTEC)理事)が、日本の海洋観測の国際協力体制への取り組みより、SDG14(国連加盟国による合意文書「持続可能な開発目標」14:海洋と海洋資源を持続可能な開発に向けて保全し、持続可能な形で利用する)などの世界共通課題を解決することの重要性について話をした。

 つくばのコミュニケで打ち出された人類共通の課題や、科学技術イノベーションが牽引する Soceity 5.0 に象徴される新しいIoT 社会は、その後の伊勢志摩サミットでの地球環境問題や保健医療をはじめ、世界経済の持続的成長に係る議論などにもつながった。また、つくばのコミュニケでは理工系女子、いわゆる「リケジョ」の活躍についても盛り込まれ、これも伊勢志摩サミットでの女性活躍の議論につながった。当初、安倍晋三首相が言っていた「G7サミットでは日本の文化や伝統に加え、ハイテクやイノベーションといった、日本ならではの魅力を世界に発信したい」という目標は、日本の科学技術を生かした外交を展開したことで実現したといえるだろう。

角南 篤  一方で、今年夏にナイロビで開催されるTICAD Ⅵ も重要な科学技術外交の舞台である。TICAD はこれまで5年ごとに開催されていたが、今回から3年ごとに開催されることになった。また、これまでは日本国内で開催してきたが、今回は初めてアフリカ・ケニアで開催することが決まった。アフリカ開発支援において日本の存在感が相対的に低下しつつある中、科学技術イノベーションを活かした積極的平和主義外交により、その存在感を回復したいというのが狙いだ。感染症をはじめ、さまざまな課題を抱えるアフリカの開発支援においても、科学技術外交が果たす役割は大きい。保健医療や人材育成の分野で日本が培ってきた研究開発能力を開発途上国の課題解決に活かすことは、「顔の見える積極的平和主義」を推進する上で大きな意味を持っていることは間違いない。  もう一つ、日本の科学技術外交の場として、最近世界が注目する北極をめぐる問題がある。昨年10月に「我が国の北極政策」が閣議決定されてから、我が国では北極外交を精力的に展開している。北極外交においても、日本の科学技術イノベーションによる貢献が最も重要であると認識されている。今年3月、米国政府は、急速に進んでいる北極の環境変化に対応するため、今年夏に各国の科学技術大臣を招聘し会議を開催すると発表した。わが国の科学技術外交の格好の見せ場になるかもしれない。

なみあつし 政策研究大学院大学副学長・教授
PROFILE
専門は、科学・産業技術政策論、公共政策論、科学技術と外交。コロンビア大学で政治学博士号(Ph.D.)取得。
2015年11月、内閣府参与(科学技術・イノベーション政策担当)に就任。2016年4月より現職。
その他、文部科学省科学技術・学術審議会委員、外務省科学技術外交推進会議委員、内閣府総合科学技術・イノベーション会議基本計画専門調査会委員など。