リレーエッセー オープンサイエンス時代のSciREXの可能性 ~科学研究の新しい変化に政策はどのように対応することになるか~

1 ウェブがもたらす社会変革の理想と現実

 1992年に日本で最初の web サイトが高エネルギー加速器研究機構(KEK)で誕生し、翌1993年にはMosaicと呼ばれるウェブブラウザーが公開された頃、まだ大学の一部等利用者が少なかったウェブのユーザー、いわゆるアーリーアダプターは、情報流通基盤が根底から変わる仕組みを前にして、その無限の可能性を感じ取って様々な新しい社会を夢想した。特に紙や物流(郵送)による情報伝達の必要性が原理的にはなくなることは、誰しも容易に想像がついた。

 しかし現実はそう簡単ではなかった。現在も紙のメディアはなくなってはおらず、また、情報流通の電子化は、PDFという紙面を生かしたフォーマットが現れて社会に受け入れられることによって推し進められ、依然としてウェブ上で大きな存在を示している。一方で、1990年代前半から始まった学術ウェブジャーナルも、2010年代に入って本格的に紙面や紙のビジネスモデルからの脱却を図っているようにも見える。このような緩やかな変革の中、公的資金による研究成果に対する自由なアクセスや再利用に関する運動も1990年代から繰り返され、今現在、オープンサイエンス政策として注目を浴びている。

2 オープンサイエンスの潮流と可能性

Open Access to Open Data and Open Science  情報流通の変革による科学研究の在り方の変化を政策的にみれば、学術ジャーナルの電子化ならびにオープンアクセスという研究論文を中心とした研究成果への自由なアクセスと再利用を促すことから始まったと言える。これは大学等研究機関の図書館と学会や商業系を含む出版者、そして研究助成団体を中心に取り組まれてきた。現在は、オープンサイエンスによって、研究データをよりオープンに活用することで研究やイノベーションを加速させること、あるいは研究費の効率的活用や研究公正へ対応することに焦点が当てられている。その一方で、研究データの利活用は、研究者間の研究成果の互恵的な活用の観点から古くから取り組まれており、データベース政策の延長として捉えることもできる。さらに研究成果のオープン化が進むことによって、市民を含む幅広い関係者が研究成果に関わることができ、最近では市民の中でも科学に興味を持つ者が積極的に科学研究に取り組んでいる事例も増えてきた。オープンサイエンスは、「今より研究成果を広く共有」することで生み出される「新しい可能性」を探っている。

3 SciREX の可能性:共創型の科学技術政策プラットフォーム作りとその先の「研究文化」

林 和弘  オープンサイエンスが目指すものは、単に研究データ等成果の共有を進めることや、より広いステークホルダーの巻き込みを促すことだけではない。研究成果のある意味一部を集大成として出版する作法、あるいは市民に科学の情報を一方向に与えるという関係からシフトし、研究の初期段階から多様なステークホルダーとの双方向のやり取りを繰り返し「共創する」ことで、新しい「研究文化」を生み出すことになる。そして、その新しい文化構築を前提とした研究システム、プラットフォームの開発がICT技術の変革とともに進化し、時間をかけて社会に受容されていくことが予想される。これまでのような専門家の知見や大所高所からの理念による限定的な活動に止まらず、幅広いステークホルダーがリアルタイムで協働し、時に変化の兆しを幅広く検出して議論を繰り返す共創活動によって新しい「研究文化」が醸成されることになる。それは、17世紀に生まれた学術ジャーナルが350年ほどかけて現在の地位を築き、学術ジャーナルへの出版を軸とした研究者社会のエコシステムが醸成されたことを繰り返すことになるであろう。科学技術政策をより科学的に立案するために始まった SciREX も、情報基盤整備や手法論の模索など、その本来の目的のスタートラインに立ったに過ぎないという見方もできる。このような見方は決して否定的なものではない。むしろ、本誌の読者を含む関係者は、科学技術政策立案を科学的にアプローチするアーリーアダプターとして、大学等の研究機関や行政機関がしかるべき見識を持ち、どのように将来に繋げていくか、また今できる具体的な行動は何かについて真剣に考え、時に楽しむことができるのである。

4 Society 5.0 指向の「研究文化」の醸成と政策作りに向けて

 折しも、「第5期科学技術基本計画」では、Society 5.0 という言葉を掲げており、社会の変化がより早く進む中、科学技術がどのように役立つのか、そして、そのための政策作りはどうあるべきかが改めて問い直されている。このような将来のビジョンを踏まえて、科学技術政策の新しい立案手法を開発するには、当面は、多様なステークホルダーの対話と行動変容が必要である。そして、その繰り返しの中に、先の新しい「研究文化」が生まれることは想像に難くない。冒頭述べたように、ここ20年の動きだけを見ても、革新は時に時間をかけて社会と人との対話の繰り返しによって進行する。SciREX のプラットフォームが既存の枠組みを生かすことで対話の場として役割を果たし、時に積極的にステークホルダーの再構成を行いながら、オープンサイエンスの可能性がもたらす新しい「研究文化」と新しいステークホルダー像を生み出していく場となることが期待される。そしてその文化が構築されると共に、その研究文化に即した科学技術政策立案の手法が開発されることになるであろう。

※図の出典:
「国際的動向を踏まえたオープンサイエンスに関する検討会」報告書:我が国におけるオープンサイエンス推進のあり方について ~サイエンスの新たな飛躍の時代の幕開け~
(一部作成者(筆者)による修正あり)

*本リレーエッセイでは今後3回にわたって、大学、研究機関、企業などの視点からオープンサイエンスについて深く掘り下げていきます。

はやしかずひろ 文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)科学技術予測センター上席研究官
PROFILE
専門は、学術情報流通、オープンサイエンス、オープンアクセス、科学技術予測
1995年頃からの学術電子ジャーナルの開発をきっかけに学術情報流通や科学研究の変革に関心を持ち、現在は科学技術政策、オープンサイエンス政策立案に資する調査研究を行っている。
内閣府オープンサイエンスフォローアップ検討会構成員、JST情報事業アドバイザー等を兼任。
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