日本社会が大きな変革期を迎える中、科学技術イノベーションや研究活動を引き続き発展させるには何が必要か。「第5期科学技術基本計画」の立案者のひとりである原山優子氏を囲み、若手研究者と現役行政官が現場で直面する課題を語りあい、解決に向けた本音の議論をおこなった。
延長線上にない次の社会への対応
小山田われわれ SciREXセンターでは、科学技術イノベーション政策を進める上で、政策側と研究現場の架け橋になって、やりとりをうまくプロモーションすることが、とりわけ重要と考えています。まずは原山さん、「第5期科学技術基本計画」を立案された際の問題意識とポイントをお話しいただけますか。
原山 優子さん
原山はい。まず、これまでの延長線上で産業を語る、あるいは科学技術を語るということはできないだろうというのがすべての議論の立脚点でした。なぜなら、これから情報化がさらに進み、もののつくり方、生活のしかたがドラスティックに変わっていくからです。
その結果到達した最も大きなメッセージが第2章で、未来の価値創出のためにアイデアと行動力をもった人たちがチャレンジできるしくみをつくりたいということです。
もうひとつのポイントは人材育成です。基本計画では、未来の社会を象徴的に「Society 5.0」と呼び、AI、IoT、ビッグデータなど情報技術が鍵となって変革が進むと考えています。どう変化するかは分かりませんが、今後さらに変化していく社会の中で、技術によって可能性がどんどん広がっていく。それを使いこなすような発想をもった人材力の強化が肝心で、そのために何をすべきかを書いたのが第4章です。
何しろ人材だけは強くしておかないと、適応力、対応力が続きません。知識とアイデアをもった人材。起業家精神も欲しい。英語でまとめるとすると、エクセレンスということになります。また、そもそものサイエンスの基盤が弱くなったら、中長期的には先細りになるわけで、やはりバランス感を持った投資をしなくてはいけないということも考えました。
小山田これまでの延長線上にはない次の社会が Society 5.0ということで、次々に起こる変化に対応するには、しっかりした人材の基盤が決定的だということですね。
現場のパワーを削がず、自由な発想を伸ばすために
小山田 和仁さん
小山田ではその Society 5.0 で基本計画に AI などの情報技術分野が大きく盛り込まれていますが、まずは情報の研究をされている住井さん、どう思われますか。
住井正直、情報系の研究者として、AI などを支援していただけるのはすごくありがたいことではありますが、AI、AI といわれても、政府がこういう社会にしたいといったようには社会はなかなか変わらないと思います。
やや皮肉な言い方になってしまうのですが、 AI に力を入れるのは5年のスパンならいいですが、さらにその先、例えば、20年後の社会をどうするかということを念頭において、こういうシナリオで進めますというのは、うまくいかないと思います。今こうなるなんて、20年前、情報の研究者の誰も思っていなかったわけですので。
では、国が何をすべきかというと、一歩引いたところにいて邪魔をしない、というのが大事ではないでしょうか。
原山すごくクリティカルなところを指摘なさっていると思います。強調しておかなければならないのは、情報分野を中心に社会が変わっていくことは確かですが、では A、B、C、D、 という風に具体的なスペックを書けるか、というと書けません。書けるものだったら、これまでの延長になってしまうわけです。相反することになります。
ですから、なかなか説明しにくいところですが、基本計画の考え方は、我々の持っている科学技術の総力を結集したときに可能となる社会は何かということを「皆さんと一緒に」見つけていきましょうということなんです。
単純に拠点をつくってお金をつければいいという話ではなくて、勝手にやる人たちを泳がせることも大事です。拠点は目に見えやすいですから、つい拠点化を目指す施策になってしまいがちですけれども、同時に泳がせる、可能性を広めるといった分散的なアプローチを活かした仕掛けをつくらないと、幾らお金を使っても、なかなかいい結果は出てこないと思います。逆に、お金という縛りが効いてしまって自由な発想がなくなり、挑戦的なことができなくなるというような悪循環は絶対に避けなければなりません。
住井 英二郎さん
住井分かりました。そのときのポイントのひとつは、組織の大きさだと思うんです。
大規模なものをトップダウンでやろうとすると、どうしても末端のところでは、上から降ってきた仕事をこなすだけになってしまう。ですから小さい組織、研究室単位で、できるだけ柔軟かつ機動的に動けるようにしたほうがいいと思います。
原山これは、すごく強いメッセージです。日本の組織経営・組織運営の仕方というのは、大学も企業も役所も、世の中が変わってもこれまでと変わっていない部分が多くあり、小回りのきく機動性、柔軟性、対応性がうまく埋め込まれていないと思います。
でも、大企業でも、うまく知恵を絞れば小規模の固まりとして動かすことはできます。例えばグーグルは、大企業となった今日でも、そういうパワーをつぶさないためにはどうしたらいいか、試行錯誤で一生懸命やっています。そういう努力を、大学も企業も政府機関もしていくべきだと思います。現場の自由度と発想力を活用できるようなやり方は何がいいのか、いいやり方をぜひ一緒に考えていきたい。
重要性増す人文・社会科学分野との協同
江間 有沙さん
小山田もうひとつのポイントとして、技術の進展に伴って社会の価値観が改めて問われる局面が増えるわけですが、AI・ロボット研究者や人文・社会科学研究者と協同研究をされている江間さん、いかがでしょうか。
江間欧米では人文・社会科学の研究科に研究拠点がたち、情報系研究者、哲学者、弁護士などが協同研究をしています。日本でも AI やロボットの ELSI(Ethical Legal and Social Issues の略)の議論が必要と叫ばれていますが、その評価法がおそらくわからないからでしょうか、研究の初期段階からそのような協同研究が行われている拠点はあまりないように思います。
予算や人材の規模は企業が大学を上回る中で、大学の役割とは新しい研究の枠組み、議論の方法論や評価の仕方を提案することだと思います。ですので、私たちの研究グループでは、技術の設計から評価の方法、協同研究体制の在り方を異分野の研究者が集まって議論しています。ただ、いまは大学も変化しており、人材の流動や人文・社会科学分野自体のパイの縮小など、そのような新しい研究がやりやすい状況かというと厳しい面もあります。
現場の声を活かした大学のシステム改革を
林 隆之さん
林いま、大学は改革しようとしているはずなのに、うまく整合性がとれておらず、むしろあらゆるところで疲弊していると感じます。今回、基本計画策定のお手伝いをするときに私がとくに期待したのは、大学改革です。この5年間で今の大学の疲弊状況が変わらなければ日本はつぶれる、というくらいの思いがありました。
小泉大学の研究現場は疲弊していると私も感じています。例えばポスドクや PI ですら、短期的な成果を求められます。とてもイノベーティブな考え方ができる環境ではないんです。原山さんが先ほど言われたように、自由に泳ぎ、いろいろ試せるような基盤をつくっていただきたいです。
原山疲弊感があるというだけでは解決につながらないので、どの部分のスイッチをどう押すと、プラスの方向に向かうかという建設的な議論が必要ですね。財政問題だけなのか、構造問題なのか、それから、大学であれば、研究室の動かし方そのものなのか。
とくに大学は、ボトムアップとトップダウンの複雑な方程式でできていますので、その構造に合った策でないと機能しません。それには、パッチワーク的な施策だけでは、もはや不十分です。中にいる人たちが建設的に、これはこうすべきというデザインを提案していかないと進まないと思います。
小泉 周さん
小泉大学と企業との関係も、既存の考えでは変革が生まれないと思います。大学は自ら身を切る覚悟で大学改革を行い、企業との関係性についても意識改革をしていかないと、結局、イノベーティブな人材は育たないと思います。
というのも、私が懸念しているのは、とくに情報分野で優秀な人材がシリコンバレーのようなところにどんどん流出している現状です。もちろん、世界的に見て人材流動はいいことですが、問題は、なぜ彼らが日本に留まる選択をしなかったかということです。日本にはたとえば、 オープンイノベーションといっても、それを実現するためのデータベース、情報や人材が集まるような基盤が大学にも企業にもないわけです。これでは、仮にいいアイデアがあって、良い人材を育てても先細りだという危機感があります。
江間一方、若いうちに海外に行ってしまうと日本国内に戻れるポストがないということもいろいろな分野で聞きます。日本国内の研究領域が細分化、専門化されていればなおさらです。
私が以前在籍していた京都大学白眉センターは、国内でのネットワークがなかったり、特定の領域に収まらなかったりするような新しく面白い研究も受け入れてくれるので、それをきっかけに帰って来られたという人もいました。そのようなバッファー機能をもった場所をつくるというのも解決策のひとつではないでしょうか。
「局所最適」から「全体最適」へ
小山田さて、ここまでの議論をふまえて、文部科学省の斉藤さん、いかがでしょうか。
斉藤 卓也さん
斉藤今回の基本計画は、現状認識や将来の社会を大局観、歴史観、文化観を入れながらつくっていただいているので非常に参考になります。ただ、基本計画をもとに、アクションプランを誰かがつくっていかければいけないのに、端から見ていると、議論の途中でとまっている印象が強いです。一方で、先ほどから、研究現場ではいろいろ困っている課題があるのに、それもそこでとまっている。その両者を結びつける議論がどこでも行われていないのがいけないと思っています。
なぜそうなっているのかを考えてみますと、役所全体としては、教育や科学技術をすべてカバーしているのですけど、担当者レベルに降りていくと、最終的に自分の目前にある事業や制度だけを見ていて、結局、その事業をどうするかということばかり考えているのです。
要するに、局所最適にはなるけど、全体最適になっていないということでしょう。
林私もいろいろな現場を見ていますが、ほんとうに若い人は優秀です。文科省が打ったさまざまな施策・プログラムで採られている若い人を個々に見ると、じつに優秀ですけれども、ではその人たちが持続してキャリアを積んでいけるようになっているかというと、そうではないんです。
今回の基本計画にも、テニュアトラック、クロスアポイントメントなど人材関連の施策がいろいろあるのですが、一つ一つは非常に小さくて、それが全て展開しないと動かない。ですから、ロジックチャートのようなものをつくって、全てが有機的に展開するようになっているか、よく確認する必要があると思います。
左から、小泉さん、住井さん、江間さん
原山今、ロジックチャートという話を出してくださいました。じつは、この基本計画をつくる前の段階から、日本は個別解の集合体であって、それイコール全体解にはなってないという議論がありました。そこで、今年から試みとしてロジックチャートを作って政策をフォローしていくことにしています。
斉藤それで整理すれば見えてくるものがあると思います。極論すると、基本計画に盛り込まれた施策を全ては実現できないと思うんですよ。資源が限られているから。
林施策ひとつひとつをロジックチャートのなかで位置づけて、ロジックが明確でないものは、書いてあってもやらない、という結論に至るべきだと思います。
現場と政策の架け橋としての SciREX
左から、林さん、斉藤さん、原山さん
住井もうひとつ大事なのは、ピラミッド的に、例えば、大学の要求は全て学長を通してとか、国立大学協会を通してとか、文科省を通してとかやっていると、失礼ですけど、ゆがみが生じてしまって、声の大きい方の要求が通るということにもなるので、なるべく現場の生の声を拾っていただきたいと思います。
小山田米国の科学アカデミーのような組織では、現場の実情を踏まえてじっくり議論を行って、報告書を出していますね。学術会議の若手アカデミーはどうですか。
住井最近は文科省のいろいろな方と本音レベルでお話しできるようになっています。文科省の政策を実際に決定するような立場にあるような方と、きちんと本音のコミュニケーションをとっていくのがとても重要だと思うのです。
ただ、時間は有限ですので、あまりそちらに本腰を入れると、本業の研究に影響してしまいます。最近では若手アカデミーのメンバーの負担が問題になりつつあります。
小山田さん
斉藤同じようなことが文科省の中にもあって、みんな目前の仕事に追われているため、正直、なかなかそういうことに時間を割けないのです。
研究コミュニティも役所もそうですけど、こういう活動でちゃんと横につながって大局的に議論をして、ある程度時間をかけてしっかりとしたものをつくることに価値がある、長い目で見ればこっちのほうがいいということを、みんなで共有できないものかと思います。さまざまな場所でそういった交流が活発になることが大切だと思いますが、SciREX にもぜひそういう場としての機能を期待したいです。
原山私ももっと現場の人たちの声を聞いていきたいと思います。日本はさらに変わるポテンシャルを持つ国だと思っています。これを変えたい、こんなやり方ではなく、これも試すべきだということをどんどん言ってもらって、そこから突破口をつくっていきたいと思います。
小山田今日の座談会で少し議論をしただけでも、いくつも重要な点が見えてきたわけですから、対話が本当に大切だと改めて感じました。SciREXセンターでは、これからも問題意識を持っている現場の方々の生の声に耳を傾け、積極的に発信する活動を継続していきたいと思います。本日はありがとうございました。
2016年4月/取材:瀧澤美奈子(日本科学技術ジャーナリスト会議理事)
- PROFILE
- 医師、医学博士。専門は、神経生理学。
米ハーバード大学医学部・マサチューセッツ総合病院・ハワード・ヒューズ医学研究所のリチャード・マスランド教授に師事。
2010年、文部科学大臣表彰(科学技術賞・理解増進部門)受賞。2013年10月より現職。
- PROFILE
- 専門は、情報学基礎、ソフトウェア。東京大学助手、ペンシルバニア大学研究員、東北大学助教授等を歴任。2014年より現職。
日本学術振興会賞、日本IBM科学賞、マイクロソフトリサーチ日本情報学研究賞など受賞。
- PROFILE
- 専門は、科学技術社会論。2012年~2015年京都大学白眉センター特定助教。2015年4月より現職。
2014年より人工知能と社会の関係について考えるAIR(Acceptable Intelligence with Responsibility)研究会を有志とともに開始。
- PROFILE
- 専門は、科学技術政策論、科学計量学、大学評価、研究評価。
1996年、東京大学 教養学部 教養学科第一(科学史及び科学哲学分科)卒、2001年、東京大学 総合文化研究科 広域科学専攻修了。2016年より現職。
- PROFILE
- 1995年、科学技術庁入庁。在豪州日本大使館一等書記官(科学アタッシェ)、文部科学省科学技術・学術政策局 政策科学推進室長、科学技術改革タスクフォース戦略室長等を歴任。
研究現場の声を政策に反映するためのさまざまな活動やネットワーク作りのために幅広く活動。
- PROFILE
- 教育学博士、経済学博士。専門は、高等教育政策、科学技術政策、イノベーション政策。ジュネーブ大学助教授、東北大学大学院工学研究科教授、経済協力開発機構(OECD)科学技術産業局次長を歴任。2013年より現職。
- PROFILE
- 専門は、科学技術政策。SciREXセンターで複数の政策研究プロジェクトを担当。
その他、科学技術政策に関する若手ネットワーク「サイエンス・トークス」の委員も務める。