SciREXとエビデンスに基づく政策形成:これまでとこれから

あかいけしんいち 文部科学省科学技術・学術政策局企画評価課分析官
PROFILE
1992年科学技術庁入庁、文部科学省、在スウェーデン日本国大使館、内閣府、JST・CRDS、一橋大学イノベーション研究センター等に勤務。学術博士。

エビデンスベースの政策形成の歴史的背景

 現実の政策形成の合理性と透明性を高めようとする試みは古くから行われている。例えば、米国では1960年代にPPBS (Planning Programming Budgeting System)が試行され、その後も各国で政策評価等を通じた政策形成プロセスを変革するための取組が行われてきた。

 昨今の取組の契機は、2005年にマーバーガー米国大統領科学補佐官(当時)が提唱し、SciSIP (Science of Science and Innovation Policy)等による研究助成やデータ整備が開始されたことにある。また、欧州では、技術の事前評価やフォーサイトといった、社会的な側面を取り入れた政策形成プロセスに関する取組が行われてきている。

 わが国では、これまでも政策評価体系の導入や政策研究機関の設置等が行われてきたが、民主党政権の「仕分け」や第4期科学技術基本計画の検討の中で、政府研究開発投資の投資効果の正当性について強く説明責任が求められた。このような状況の中で、JST※1・CRDS※2は「科学技術イノベーション政策の科学」の構築に向けた提言を行った。これは、「新たな政策の科学の発展」と「政策形成プロセスの改革」の共進化を目指すものであり、単なる経済モデルの開発だけで無く、政策形成プロセスの変革のための活動や、政策形成における透明性の確保なども含む概念である。

SciREX事業スタート

 このような背景の下で、文部科学省は2011年度よりSciREX事業を開始した。本事業は、当初、下図のように構成され、文部科学省に設置された推進委員会が統括をするとともに、JST・CRDSが事業全体の俯瞰構造化を行うという設計であった。

※1 科学技術振興機構
※2 科学技術振興機構研究開発戦略センター
※3 科学技術振興機構社会技術研究開発センター
※4 科学技術・学術政策研究所
※5 経済産業研究所
※6 経済社会総合研究所

成果を一体化し、政策形成の実務にむすびつけるために

 2015年度には、事業開始後3年を経て、事業の各サブプログラムの評価及び事業全体の評価が行われた。ここでは、事業全体に対する高い評価が与えられるとともに、個々の研究成果や人的ネットワークが構築されているものの、これらをシステムとして一体化し現実の政策実務に適用することが課題である旨が指摘された。また、政策形成への貢献、多様性や長期的視点の重要性等が指摘されている。

 これを受け、推進委員会は、①事業全体のガバナンスの再設計(推進委員会の助言機能と統括機能の分離)、②SciREXセンターを中心とした拠点間・機関間連携、公募型研究開発プログラムの推進、③コア・カリキュラムの確立等を内容とするアクションプランを策定した。

現実の政策形成プロセスへの貢献

 政策課題対応型調査研究等により、政府研究開発投資の経済成長及び全要素生産性(TFP)への寄与に関する分析を行い、「財政制度等審議会の『財政計画等に関する建議』に対する文部科学省としての考え方」の参考資料として活用された他、平成27年版科学技術白書に引用された。また、複数の経済モデルによる政府研究開発投資の経済効果や情報技術の実現の経済社会的影響などの分析結果を提供し、第5期科学技術基本計画の検討に活用されている。その他、公募型研究開発プログラムで支援した対話型パブリックコメント手法が「夢ビジョン」の課題発掘に活用されている。

人材育成・人的ネットワークの構築

 基盤的研究・人材育成拠点の修了生が出始めたところであり、官公庁やマスメディアに就職し、今後の活躍が見込まれる。また、公募型研究開発プログラムや拠点を経験した研究者が、継続して関係する分野の研究機関に就職する例も見られるなど、人的なネットワークの深化が認められる。SciREXに関係する経営学、政治学、科学計量学、科学技術政策論等の専門家が、文部科学省総合政策特別委員会や総合科学技術会議基本計画専門調査会における第5期科学技術基本計画の検討に多数参画している。

「政策形成」と「政策の科学」の共進化に向けて

「科学技術イノベーション政策の科学」の構想からの5年余りを経て、政策担当者と研究者は思考様式や時間軸が大きく異なるものの、お互いの違いに関する理解は進んできた。SciREXセンターでは、中堅クラスの現役行政官がポストを超えて、各プロジェクトの課題設定、関係者へのアクセス、アウトリーチ等を支援する政策リエゾン・ネットワークを発足させた。また、若い世代を中心に、行政府自らが独占的に政策形成をするというモデルから、多くのステークホルダーをインボルブしながら政策形成をしていくという、新たな動きもある。

 SciREXのこれまで取組は、現実の政策への貢献という面から更なる努力も必要であり、また、学術的にも理論的基礎を追求する必要がある。SciREXは、NISTEP、CRDS、RIETI※5 、ESRI※6等のシンクタンクやアカデミーとともに、新たな政策形成プロセスの一翼を担う重要な役割を負っている。政策担当者と研究者が違いを理解しつつ、相互に敬意を持って進めていくことが重要であると考える。